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おまけ。

 

 ガチャリ、と玄関扉を開けて出てきた男は酷く憔悴していた。


 訪ねた二人は男のその姿に驚いた。かつて戦場で大怪我を負って帰ってきた時でもこんな事は無かった。

 珍しい物を見た、あるいは、滑稽なほど変わったものだ、と二人は思った。そして、それほどに事態は危ういのかと気を引き締める。

 頼れる二人を認識した男の目がギラリとした。


「ガイス!義姉さん!ファニーを助けてくれ!!」


 少し前に、ダーナット家にライザーから手紙が届いた。速達と判の押されたそれは、ファニーが原因不明の病気にかかったという内容だった。焦っていたのか手紙の内容は要領を得ないもので、おまけに字も汚かった。仕事柄あり得ない。

 とりあえずと、医療の心得のある直ぐに動ける二人が様子を確認するためにダーナット家を発った。

 普通郵便は二週間、速達なら十日。二人が移動に要したのは一週間。手紙を出してから十六日で現れた助けに、ライザーはすがりついた。


「「あ……」」


 が。

 強面男に迫られた二人は、条件反射でライザーに()()当て身を喰らわせてしまった。

 顔を見合わせた二人は気絶したライザーを玄関に放置し、強行軍で埃だらけのマントを脱ぎ置き、聞いていた間取りを頼りにファニーの元寝室へ向かう。原因の解らない病気を移してはいけないと、ファニーの強い希望で寝室を分けたらしい。


「ファニー、起きている? リリィだけど、入るわよ」

「お久しぶりです。ガイスです。お加減を確認に来ました」


 ノックをして声を掛けると小さな声で返事があった。起きていたことにほっとして扉をゆっくり開ける。病気の時は大きな音がやたらと気になるものだ。先程ライザーの倒れた音は無かった事にする。

 一応医療用のマスクをしてから部屋に入る。

 ベッドに横になったまま、げっそりと青い顔をしたファニーがこちらを向く。その様相にライザーがおかしくなるのも無理はないとリリィとガイスは目を合わせた。


「ご無沙汰してます……リリィお義姉さん……ガイスさん……こんな格好ですみません」

 消え入りそうな声を聞きながら、ガイスはドア脇に立ち、リリィはベッド脇に移動する。

「いいのよそのままで。ちょっと触診させてね」

 そうしてリリィはファニーに触れつつ、問診には時々ガイスも加わった。



 一通り診察を済ませ二人が結論を擦り合わせていると、ドタドタと足音が近づいてきた。

 コココココと器用に小さくドアを連打して、ライザーがそっとドアを開ける。


「ああ、やっぱりいた。夢かと思った」

「すみません、坊っちゃん。あまりの剣幕につい殴ってしまいました」

「ごめんね、ライザー」

「いや、俺も余裕が無くてすまない。ファニー、具合はどうだ?何か食べられるか?」


 気絶するほど殴られた事を流して妻を気遣うライザーに、やはり珍しい物を見た気分になる二人。前に会ったときよりも痩せたファニーを見れば、仕方のないことと納得もする。

 とりあえずの診断結果をリリィが告げると、ライザーとファニーは目を丸くした。

「「……え?」」

「うん、妊娠してる」

「ファニー様のこの状態は悪阻(つわり)ですね。食事をろくに取られていないようなので、まあ、少し酷いですが、同じ様になる女性は何人か見たことがありますので、まず間違いはないでしょう」

「「え……?」」

 夫婦が目を合わせて、また二人を見る。

「まあまあ酷い状態だし、薬はちゃんとしたお医者にきちんと診察してもらってから処方された方がいいわね。持って来た薬に妊婦用はないのよ。病気じゃないと言っても基本的には無理はしない方がいいわ」


 また見つめ合う夫婦。

 そしてリリィとガイスはにっこりと続ける。


「妊娠おめでとう、ファニー、ライザー」

「おめでとうございます。ファニーさん、坊っちゃん。商会にはそう報告しますね」


 ライザーさん、そう呟いた時にはファニーの涙は溢れていた。

 良かった、良かった、病気じゃなかった、放心したようなライザーはそう呟いてファニーをそっと抱きしめた。そして、ありがとうと泣いた。


「そういう事だからライザー、ファニーを連れて日の光を浴びておいで。その間に布団を干すわ」

「では私は台所を片しましょう。お茶を淹れたら呼びますから。二人で日向ぼっこでもしていて下さい」


 部屋を追い出された夫婦は大人しく、呼ばれるまで庭で日向ぼっこをした。ファニーの顔色はまだまだ青いが、調子を崩してから久しぶりの心からの笑顔だ。それを見たライザーの表情も柔らかい。


 リリィはファニーの布団を干すと、ついでとばかりに客間とライザーの布団も干した。

 ガイスは、割と綺麗だった流し台を片し、その流れで掃除を始めた。リリィが布団を干し終えてからは二人で分担しながら部屋の掃除をする。

 洗濯はまめにしていたようで、シワシワの服がライザーの衣装ダンスに入っていた。眉をしかめたガイスがアイロンの準備をし、あっと言う間に掛け終える。

 掃除があらかた終わると、リリィがお土産にと持ってきたおやつを準備し、ガイスが足りない食料を買い出しに出る。


「ファニー、ライザー、お茶の準備ができたわよ。入っておいで」

 ライザーはファニーを歩かせてなるものかと言わんばかりに横抱きにしたまま歩き回る。

「坊っちゃん、少しファニーさんも運動は必要です。そんなに過保護にしていたら、出産の時の体力が無くなってしまいますよ」

「だがな~、こんなに青い顔をしたファニーをまだ歩かせたくないんだよ」

「それもそうですね。気分はどうですか?先程よりは顔色が良いですが」

 ガイスがにこりとファニーに聞く。

「はい。まだ体はだるいですが気分は楽です。原因がわかって嬉しいです。……とても嬉しいです」

 ファニーが下腹部を撫でる仕草に、全員がほんわりとする。


「ライザーさん、頑張りますね」

「ほどほどにな。俺ができることは何でもやるから無理はしないでくれよ」

「ではまずキチンと服にアイロンをお掛けなさいませ。あんなシワシワの服で出勤するとは、嫁に恥をかかせますよ」

「あ!あれはその、面倒で……」

「隊長が乱れていては隊員に示しがつかないでしょう」


 実際、隊員たちは隊長の余りの憔悴ぶりに緊張をしっぱなしであった。体だけは丈夫な人間の集まりである。ライザーの求める医師など誰も知らなかったし、この街には居なかったのだ。隊長の様子を見ながら必要事項を伝え、指示をそれぞれ入念に確認しながら処理していた。

 なので、隊長の服の皺など気付いても誰も突っ込まなかった。


「明日出勤した際には皆さんに事情を説明して差し上げて下さいね」

 ファニーの事で大分迷惑を掛けていた自覚はあるので、ライザーは大人しく頷いた。


「そうそう。ガイスと話したのだけど、ファニーが落ち着くまで私たちここでお世話になるわ。よろしくね」

「え、いいのか義姉さん、ウリアスは? ガイスも仕事があるだろう?」

「そのウリアスが私に行けって言ってくれたのよ」

「なにそれウリアス男前!」

「でしょう。ふふん」

「商会から来るだろう誰かと時々交代になるとは思いますが、私たちもファニーさんが心配ですからね。お手伝いをさせて下さい」

「何から何まで……」

「いいのよファニー。どうせなら出産にも立ち会いたいくらいだわ」

「ポンコツ坊っちゃんだけでは心配です」

「ポンコツ言うな」

「おや、自覚がないとは。証明しましたね」

「ガイスは優秀過ぎるのよ。ライザーはポンコツで丁度いいわ」

「……義姉さん」

「真面目一辺倒ならミリエアを抑えるのは無理でしょ」

「あぁ、確かに」

「基準がそこかよ!?」

「アロルトがそうでしょ」

「「あぁ~」」

「いや、ガイスは兄ちゃんの補佐だろ、認めちゃ駄目だろ」

「後任はマルスも付けるつもりでして、今アロルト様に頑張ってもらっています」

「……そこ、絶対おかしいだろ……何で兄ちゃんが頑張るんだよ……」

「アロルト様はほら、何だかんだと面倒が好きですし」

「……好きで尻拭いしてるわけじゃないから……」

「それぐらいやれなくてはこれからの商会も支えていけないわ」

「義姉さん!兄ちゃんを庇って!ハゲちゃう!」

「禿げはアロルトの魅力を損なわない」


 リリィの言葉に男二人が貫かれた。


「ぉ、ぉぉ、義姉さん……!」

「アロルト様の何が尊敬できるかというなら、リリィ様を即断で連れ帰った事ですね……」

「リリィ義姉さん素敵……!」


 そうしてまた、にぎやかな日々が始まるのだった。







中途半端ですが、おまけということで許してください…(。-人-。)

続きの予定が立たないのですが、このまま埋もれそうなので出しちゃいました。

せっかくなので親子になった様子も書きたいので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。


みわかず



ちなみにこの話のプロットを公開

↓↓↓

ファニーの妊娠。つわりがひどい。

ガイスとリリーが来た。

ライザーは心配の余り、ウザイ。


……ウザイって、ひどい(笑) ←

……プロットじゃないし(笑)


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― 新着の感想 ―
[良い点] ステキよォ! とっても濃いストーリーでした。 あざまーす! ╲(´∀`)/
[一言] はじめまして。 ファニーさんが可愛くて、ライザーさんがカッコよくて! 何度も読み返しています。大好きです。 作者様の他の作品も大好きです。
[一言] この話大好きなんで、読めて凄く嬉しいです! いつまでも待ちます!( ≧∀≦)
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