後編
そんなこんなで勇者は帰還した。
いや、私も本気じゃなかったんだ。まさか本当に魔王を退治してくるとは思わなかったんだ。だって普通は思わないでしょう、ごくごく平和な生活を送ってきた、まともな訓練を受けたことがない人間が怪物を倒してくるだなんて。普通思えないでしょう。旅の途中でのたれ死んだと聞かされる方が当然だと思う。
「よくぞ帰ってこられた、勇者殿よ。あなたは世界の救世主だ」
「それは大袈裟です」
何はともあれ、彼のおかげで世界が救われたことに変わりはない。そしてこの世に一人のイケメンが生きて帰って来たことに感謝せねば。
心中を察せられることがないよう大きな猫を体に乗せて、私は父の隣でにこにこと微笑んでいた。
「オレがこうして帰ってこられたのは仲間のおかげです。まずは彼らを労ってあげてください」
「ンもう! そうやって謙虚になってばっかで!」
「そこがカイトの良いところなのですがね」
と、勇者が指し示す先にはいるわいるわ、傭兵として名が売れていた女剣士やら、落ち着いた雰囲気を醸し出している僧侶やら、私と対照の笑みを浮かべている魔術師やら、クールを気取っているエルフやら。
で、出たwwwチート奴wwwwまさか本当にハーレムを築いてくるなんて。これがイケメンの成せる技?wwww
などなど、そんなことを考えながらも、今日こそは猫を手放さないように私はしっかりと首輪の手綱を掴んでいた。
それにしてもすごい面子である。唯一の男性パーティーであるうちの近衛騎手が霞むほどだ。彼もそこそこのイケメンであるのに可哀想である。
「さて、約束の褒美であるが」
王が話を切り出した。勇者もそれを待ち構えていたようで、微妙に顔色が変化した。命を懸けてきたのだから、見返りを期待するのは当然の心理だ。
褒美は何がいいだろうか、宝石か、土地かと王が考え込んでいる間、何かを決意した顔をした勇者が口を開いた。
「アリシア王女をオレにください!」
「え?」
いやだ、聞き間違いかしら。なんてとぼけてみたけれど、この空気から察するに間違いではないようだ。
……な、何を血迷ったことを! それがいわゆる恐怖とやらかわからないが、私の体は震えた。
こっそりと横目で父の顔を窺った。父は苦笑していた。
「世界を救った勇者殿がそこまで言うのならば……」
無理無理無理!
私、高貴な人間だし。王女として生まれた以上は庶民と結婚して贅沢ができなくなるなんて嫌だし。というかまず、ハーレムの一員になんかなりたくない。ぜーったいッ、なりたくない。
それにそれに勇者の背後のハーレム集団が怖い。見て、あの仇を見るような目を。私は猫を窓から放り捨ててやりたい気分になった。
「勝手に召喚されて、魔王退治だとかわけのわからない危険なことを押し付けられて、この世界を憎んで、この世界の人を恨もうと思ったこともありました」
「ちょ、ちょっとカイト!?」
そんなことを口走れば危険因子と見なされて排除されるかもしれないことを彼は理解しているのだろうか。少なくとも彼の仲間は理解しているはずだ。
ゆっくりと、彼の視線が真っ直ぐに私に向かった。
「でもあなただけは違った。あなたと話している時だけは自然と笑顔になれた。好きになって当然だ」
純粋な愛の告白を受けて、私は羞恥で顔が真っ赤になると同時に、彼に対して申し訳なくなった。
誠実な彼と違い、私は彼がこの戦いで死んだとしても仕方ないと思う気でいたのだ。全く傲慢な人間である。だから私は顔がよく、贅沢をさせてくれるだけの男と結ばれるので十分だと考える。
憂鬱な顔の私に、彼はさらなる追い打ちをかけてきた。
「あなただけを一生愛すると誓います!」
何を勘違いしたのか、彼は直球に思いを告げてきた。私に雷のような衝動があったように、彼のハーレムにも同様のものが降っていた。
あまりにも真っ直ぐにな彼に、贅沢の前に、誰か一人に愛されるというのも悪くないかもしれない。なんだかそんな気がしてきた。
何か憑き物が落ちた気分であるが、それだけではどうにも気に食わないので、彼に意趣返しがしたくなった。
「わかりました。ですがその前に勇者様……いえ、カイト様とお呼びするべきですわね。カイト様に一つ、お尋ねしたいことがあるのです」
「はい。答えられることならば何でも答えます」
日本人らしい彼の答えに、私はおかしくなった。笑い出したくなる衝動を目を緩ませるだけに抑え、私は間をもって質問した。
「実は私、少しだけ料理ができるのです。……時にカイト様は、『日本食』はお好きですか?」
その時のカイト様の驚愕の表情は私を満足させるに足るものだった。驚いた顔というのもなかなか乙なものらしい。
──但しイケメンに限る。