『燕子花図屏風』からの衝撃
「なぜ、俺に? そして、この身体に何が宿ったというのか?」
その疑問が、脳裏を支配したのは、美術館の展示室で光琳の『燕子花図屏風』と、その先にあるクリムトの『接吻』を交互に見比べた瞬間だった。
昨日も、湊は、モニターの前でため息をついていた。
画面の中では、無機質なCSSの記述が並んでいる。効率化、最適化、そして離脱率の低下。そんな言葉ばかりが飛び交う会議の後、彼はただの「情報処理装置」になったような気分で帰路についた。
休日、気晴らしに訪れた美術館。
そこで彼は、光琳の『燕子花図』と、クリムトの『接吻』を、ぼんやりと見比べていた。
「……なんだ、これは」
喉から言葉が漏れた。
液晶画面の中で整然と並んでいたはずの要素が、数世紀前の金地の屏風と、ウィーンの画家が描いた黄金の装飾と、完璧に重なり合った。
ノイズだと思っていたものが、あるべき場所に収まり、調和する。
脳の奥で、カチリ、と何かが噛み合う音がした。
湊の視界から、美術館の白い壁が消えた。代わりに、世界を構成する「黄金の設計図」が、網膜に焼き付いた。
(……これが、俺に宿ったのか?)
湊の指先が、無意識のうちに空中に図を描くように動く。彼がエンジニアとして培ってきたスキルと、宗達から連綿と受け継がれてきた「美の系譜」が、今この瞬間、結合した。
金地の背景が、壁から溶け出し、展示室の空気を黄金色に染め上げていく。周囲の観客のざわめきが消え去り、私の鼓動だけが、数百年の時を越えて響くリズムと重なった。
雷に打たれたような衝撃。それは、美術的な感銘などという生易しいものではなかった。
頭の中に、無数の筆の運び、色彩の配合、そして「世界をどう切り取るべきか」という黄金の法則――いわば、この世界の設計図が、奔流となって流れ込んできたのだ。
――あぁ、そうか。 宗達が筆に託し、光琳が洗練させ、クリムトがその装飾の裏に隠した「あの魂」は、今、俺の指先に宿った。
俺は、この黄金の系譜の最新の器として、選ばれてしまったのだ。
――「何が宿ったのか」を知った今、もう二度と、この世界を『ただの風景』として見ることはできない。




