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毒を喰らわば、みどりまで〜花吐く魔女は旦那様を逃さない〜  作者: はるてん


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2話 毒見の唇に、愛は咲く(後編)

「この水差しも安全ですわ。安心してお飲みになって」


 夕食後、魔女はノアの執務室の水差しから寝室の水差しまで毒見をして、そう笑った。


 彼女はずいぶん奇妙なドレスを着ていた。上半身はシャツの形をしているのに、スカートはただの布が前後に垂れているだけのとても奇抜な服。彼女が歩く度、太ももの大部分が露出して侍従たちの視線を奪っていく。一日一緒にいて多少慣れたとはいえ、ノアも視界にそれがあるといつの間にか視線が引き寄せられていた。


「……助かる。今日は早速、助けられた。明日からも頼む」


 労うと深緑の魔女は笑った。


「これが私のお役目ですもの。当然ですわ、旦那様」


 末尾の言葉に契約を思い出してノアは震えた。報酬を、払わなければならない。


「今夜はこれでお別れなのでしょう? 愛する妻に、キスの一つもくれませんの?」


 深緑の魔女はそう言ってノアの腕に触れる。


 ――口づけろと言うのか。その、花を吐いた口に。


 離れた場所から近衛騎士が心配そうにノアを見ていた。


「魔女殿はいいのか。今日会ったばかりの男に口づけられても」

「私、貴方の妻になりましたもの……いつまでも魔女呼びでは、味気ないですわね」


 ノアの抵抗は彼女には通じない。

 魔女はノアに体を寄せた。彼が屈めば、すぐに唇を合わせられる体勢だ。耕した土のように柔らかな体が触れる。貴族令嬢たちとは違う肉の感覚が、ノアの脳を痺れさせた。あの花の香りもより濃密に感じられて、思考がおぼつかなくなる。


「私のことは(リュー)と、お呼びくださいな」

「……わかった」


 未知への開拓に恐怖で体がすくむ。けれどそれよりも、やっと手にした王座への道を奪われる方がノアには恐ろしい。

 しばらく、彼は赤い唇を見つめたままだった。握られた拳が時折緩んで、また握りしめられるのを何度も繰り返す。


 ――今更、逃げることはできない。


 覚悟を決めて、彼は屈む。

 魔女の唇は、痺れる程に甘かった。





 ***




 ――可愛い人。



 唇を離しても、旦那様はしばらく私を見つめていた。金色の瞳に私だけが映っている。間近で見る旦那様の顔は本当に整っているから思わず見入ってしまう。


 彼の首には、何重にも藤の蔦が絡みついている。頭上には、蔦の王冠。

 家族のためと言いながら、彼の心は出世欲で溢れているのが明らかだった。

 唇の端に残るキスの名残を舌で舐めとる。


 ――その欲にお付き合いするのも、楽しそう。


 一方で、彼の背後に絡みついている冷気を私は旦那様に見えないように鷲掴んだ。食堂を徘徊していた幽灵(ヨウリン)が、旦那様についてきていた。手の中で暴れる死人に冷たい目を向ける。


 ――私の旦那様よ。


 旦那様が私から視線を外した瞬間。掴んでいたそれを口元に運ぶ。

 一気に啜った。

 瞬間、伝わってきたのは無念と怒り。手に入るはずだった王座への未練。生き残る弟への怨嗟。脳裏に床に転がるワイングラスが見える。

 体内で、魂がほどけて溶けていく。


 死人にまとわりつかれていた旦那様は、疲れているはずだった。就寝を促し、私は旦那様から離れる。

 離れて見ると、旦那様の周りの空気はちゃんと綺麗になっている。


 ――これで、もう大丈夫ですわ、旦那様。





 ***




 気づけば、ノアは霧でおおわれた庭園にいた。あらゆるところで美しい花が咲いているが、かなり様子がおかしい。


 白い鉢植えだと思ったものは髑髏だった。鳥の声がすると思えば、さえずっているのは案山子だった。人影があると思えば、その庭師には首がなかった。

 白いティーテーブルには色の黒い茶器が並んでいるが、そこには誰も座っていない。白い湯気だけが立ち上っている。


 案山子のさえずりの合間に、かすかに鈴の音がしていた。細く、長く、波紋が少しずつ消えていくような、深い余韻が濃霧に混ざっていく。

 人がいるのかと何度も周りを見るが、姿は見えない。


 ――どこだ、ここは。なんなんだ。


 背筋が凍る。恐怖で体はどんどん動かなくなっていく。

 自分は寝室で寝たはずだ、とノアは必死に記憶を辿る。魔女に口づけて、力の入らない体を引きずりながらも、きちんと自室で眠りについたはずだった。


 明らかに別世界に迷い込んでしまった現状に、最悪の展開を想像する。


 ――兄が死んで、やっと玉座への道を手にできたところなのに。こんなにあっけなく俺は終わるのか。


 やはり、魔女に口づけるなど早まった行為だった、とノアが嘆いた時。


哎呀呀(アイヤーヤー)


 ふいに、異国の言葉が聞こえてきた。艶やかな声に振り返ると、濃い霧の中に黒髪をなびかせて深緑の魔女が立っていた。

 一目で、彼女がこの場の主だというのがわかる。


「旦那様がここにいるなんて。不思議。キスをしたからかしら」


 頬に手を当てて首を傾げるその姿からは敵意は微塵も感じない。けれど、明らかに異様なこの空間に平然と立つ女は、やはり異質だった。


 ――恐ろしい女を連れてきてしまった。



 それなのに、たった一度味わったあの甘さを、唇がもう欲している。

不気味かわいいヒロイン緑と出世欲に取り憑かれた第二王子ノアの契約から始まる異類婚姻譚です。

緑は何者なのか。ノアはどこまで堕ちるのか。楽しんで頂けたら幸いです。


普段は異世界恋愛を書いています。そちらもお読みいただけたら幸いです。


ブクマや↓の★を一つでもいいのでいただけるとがんばれます。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
寝たはずのノアがやってきた霧で覆われた庭園の描写や、毒を口にすると花が咲く魔女の設定など、とにかく発想力が優れていて素晴らしいですね。 この作品の世界観を良く演出しています。
前編で提示された数々の謎と不穏さが一気に収束しつつ、さらに深淵な異世界へと読者を引きずり込む、緊迫感と退廃美に満ちた素晴らしい解決回。 不穏な王宮から怪奇な精神世界へと舞台を広げ、二人の歪な契約と愛の…
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