53:招聘で王都へ
シュバツェル16年5月10日(火)~
昨日のうちに、ローニーさんとサイラさんから報告を受けたエバーソンさんの行動は早かった……。
ローニーさんとサイラさんは、我が家に到着するなり私を馬車に押し込むと、神殿付属の病気の患者さんのための病棟へ連れて行った。
そこにはエバーソンさんはじめ、神殿の関係者のヒーラーさんが待ち構えていた。
そこでみなさんに昨日の映像記録が公開され、その後に質疑応答。
さらに木簡に図を描いて説明したり、イメトレの練習。
入院中の患者さんで命に別状はなく、患者さんの許可が頂けた方にヒーリングの実演。
それが終わったら、ヒーラーさん一人一人が患者さんに向けてヒーリングなさるのをチェック。
ヒーラーさんのヒーリング終わるのを確認して、患者さんの聞き取りをしてから次の一組へ移るので時間がかかる……。
そんな事が六時までで終わるはずもなく、翌日もまたヒーリングを見守る。
神殿の関係のヒーラーさんが終わりになると、町で活動しているヒーラーさん達がやって来た。
その方達に映像記録の視聴から始まり、同じ事を繰り返す。
このヒーラーさん達が終わりになると、新たなヒーラーさん達が……。この日は他の神殿の病棟に移動もした。
そして更に翌日も……その翌日も…………。
◇
今までもにも、病気を癒やせるヒーラーさんは稀にいたらしい。
私の場合は"癒やせるだろう"と、ある程度の確信を持ってモリーゼくんのヒーリングにあたったため、その違いが何なのか? 誰でも出来るのか? どこまで効果があるのか? その他諸々の検証のためにも、他の人にも教えられる事は教えてあげて、一人でも病気を癒やせる人を見付けるためにも教えるなどという烏滸がましい立場となってしまった。
◇
ヒーリングが病気の人を癒やせなかった、最大にして単純な理由はすぐに判明した。
みんなが異口同音に、同じ事を口にされたからだ。
「癒やしは怪我にしか効かない」と。
それは、ただの思い込みでしかなかった。
思い込みながら病人にヒーリングしていたので、それが制限とか制約になり、病気にはあまり効果がなかったのだ。
そしてヒーリングも、菌を浄化してしまうとか、弱った内臓を回復させるなど、その患者さんに合った事を念じながらヒーリングをすると効果が高まる事も分かった。
◇
やっとヒーリング漬けの毎日から解放されるかという頃になり、王宮に仕えるヒーラーさまや薬師さまにまで知れ渡っていて、問い合わせが……。問い合わせが……、こちらで直にやって見せてもらいたい、いや、むしろ見せてほしいという王宮への招聘になった………………。
しくしく。
私に医療知識はないからね!? 高度な回答を求められても無理だからね!!
◇
「私達には優嬢のいた世界のような、医学の知識も技術も薬さえもないからね。
ここでは病人を癒やせる癒やし手が、どれほど貴重か分かるだろう?」
草原の中に設えられた簡易テーブルセットのイスで優雅に寛ぎ、きれいな青空をバックに、冷たい麦茶を片手に仰るのはエバーソンさん。
「極々一部で、種類は少ないが予防接種はあるらしい……。その予防接種での死亡率も高いらしいし、"瀉血"なんて物が、まだ治療になると信じられてもいるからな」
答えるのは、イスにどっかり腰かけたお父さんだ。
失血死は分かっているのに、血を抜いて崩れた体のバランスを調えれば病気を治せると信じられる矛盾に驚くよ。
その一方で、予防接種がある事実にさらに驚くわ。
しかし、地球もきっとこんな歴史を辿って、私やお父さんが住んでいた2000年代になったんだろう。
二台のキャンピングカーの間に張った、タープの下を抜ける風が心地良い。
「ですね、ヒーリングがある程度、それらの代替になれば良いです」
王都へ向かう準備に、辛うじて一日時間がもらえたが……。連日ヒーリングをする事で極度の緊張を強いられ、やや頭の回らない頭でだが、答える。
今回王都に向かっているのは私、お父さん、エバーソンさん、ローニーさん、サイラさん。
後、キナル第二王子殿下のご希望で、クーとルー。王宮へ来るなら、クーとルーを連れて来るようにとの仰せだ。
他は、護衛の騎士さんが十人。
その内、女性の騎士さんが二人いらっしゃって、夜は私とサイラさんと一緒のキャンピングカーで休む事になっている。
王都まで、三日の旅路となるそうだ。
◇
ちょっと早目だが、私が疲れているためだろう。今日はここで夜営となる。
キャンピングカーの間に張ったタープの下にテントを張り、夜警にあたる方の寝場所に変わる。
テントの中にすのこを敷き、上に厚手の敷物を敷いているのが普段と違うだろう。すのこはお父さんが私の話を聞いて、職人さん達と作ってくれた目の細かい物だから、敷物を敷いたらかなり快適な寝心地になるはず。
タープが夜露もいくらか緩和してくれるので、さらに快適になるだろう。
電球の中の魔石を光の魔石ではなく、氷の魔石を使った簡易クーラーの試作も投入しているので、暑さも緩和できたら良いなと思っている。
今は汗だくの騎士さん達に、順番でお風呂に入ってもらっている。
みんな驚いてはいるみたいだが、キャンピングカーを見ても、中を見ても、設備を見ても驚愕の声を上げたりしないのはさすがとしか言いようがない。
ご飯は、騎士さん達が作るんだ。
革鎧のお二人はまだ下の方で、ご飯を作ったりの雑用も仕事なんだとか。
ちなみにこのお二人の馬はスピード、持久力ともに優れているトラケナーっぽい。
残りの方が乗るのはペルシュロン。こちらは、重い物を牽いたり乗せるのに適している。地球のペルシュロンより絶対大きい。そして、力もある。
地球のペルシュロンも大砲を牽いたりしていたが、こちらのペルシュロンはキャンピングカー牽いてるもん。
徹底的に軽量化していても、キャンピングカーだ。軽くはない。
◇
もうすぐ暮れ始めようとする空と、牧草地に良さそうな草原の間。
目前には小カロング山が迫り、その向こうには一年を通して山の中腹辺りまで解けない雪を被った大カロング山が連なっている。
山からの柔らかな風に吹かれながら佇んでいるのは、何とも牧歌的な気分になれて穏やかな気持ちになるな。
町からでも見えているが、やはり町中で見るのと町の外で見るのでは全く違うのだ。吹き抜ける風でさえ違う。
こんな景色の中で暮らすのは、浮浪者やストリートチルドレンの子ども達は嫌がるだろうか?
町で人の目に怯え、食べる物を探すだけの毎日より幸せに暮らせると思えるのだが……。
「いつか、こんな自然の中で暮らすのが夢だったなあ……」
言葉を漏らしたのはお父さんだ。
「人はこれくらいの自然の中で生きれた方が、幸せかもしれんな」
不便さの中で生きろというわけではなく、人も自然の中の一部としてある程度の便利さも享受しつつ生きる感じだろうか。
「日本じゃ、死んだら土に還るなんて思わなかったもんだが、こんなところで自然に還れるのは、幸せだと思うよ」
そういう意味ではお父さんも私も、この世界に転移できて幸せかもしれないな。
エバーソンさんやサイラさん達は懐疑的な目をしていたが、本当だよ! 日本のそれなりに都会で暮せば、言っている意味が分かるから。
こうして一日目は終わり、二日目は暇過ぎるので乗馬を教わりながら森と湖を迂回しつつ進んだ。
◇
「……」
「……キナル…………またか……」
「これはキナルさま。
わざわざお越しになられたのですか?」
「偶然、狩りをしていただけだよ。
狩り場は変更したがね」
二日目の夕方、爽やかな笑顔で合流なさったのは、キナル第二王子殿下である。こ、この方は……。
「まだ王都には試作も来ていない、素晴らしい乗り物で来ていると耳にしたし、乗りたいじゃないか。
この辺りは毎年山から降りて来た鹿なんかの良い狩場にもなるが、その分、狼や肉食の魔物も増えるからね。
人数がいた方が安全でもあるよ」
前半が本音で、後半は言い訳でしょ。
「夜になれば分かるよ。
だから、そんな目で見ないでくれないか」
苦笑なさるが、みんなそんな目なのはしかたないでしょうよ。
私達の護衛をして下さっている騎士さん達までそんな目だ。
これは、感情が隠せなかったらしい。
◇
夜営の準備の時には、ハンモックとキャンピングカーの間に作ったテントのカスタマイズにはしゃぐし、キャンピングカーに感心しきり。
夜ご飯はお父さんにニホンショクを要求し、狭いながらも湯船を堪能。寝る時にはクーとルーの添い寝を希望って……、信用に欠けますが。
それでも憎めない、不思議な方なんだよな。
◇
クーとルーはケージが私の乗るキャンピングカーの方にあるし、二度目だからだろうか? 縄張りだとでも思っているのか、キナル第二王子殿下達の使うキャンピングカーは嫌がった。
キナル第二王子殿下は「私はあのニ匹に嫌われているのだろうか?」などと本気で悩んでおられた。
かなり懐いていると思いますよ。
◇
クーとルーは私が抱っこして寝たのだが、深夜、狼の遠吠えに向かっていっちょ前に唸っていた。
「狼、かな? の、遠吠えがしてるね。
こっちに来なきゃ良いね」
前もだったらしいのだが、初めて見るクーとルーの野性味を感じる姿に、ちょっと驚いた。
「大丈夫でしょう。
前もこの子達が唸ってしばらくすると、狼達は引き上げて行きましたから」
同じキャンピングカーのダイニングのソファベッドで寝ていたお父さんと、元冒険者のエバーソンさんも起きている。
しばらく様子を伺っていたが、遠吠えは近づく事もなく、そのまま去っていった。
クーとルーのおかげなのか、この夜のこれ以降、狼にも他の獣にも魔物にも遭遇する事なく、私達は王都入りを果たしたのだった。
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