Ⅸ.初めてのパートナー
あの日。
僕は約束した。
凛さんを何が何でも守るということを…
恋人同士になったというのに、僕たちの関係は相変わらずだった。
だから、両親にも気付かれず、屋根の下で一緒に生活をしていた。
ある日、珍しく父が自宅に早くに戻り夕飯を僕たち家族と凛さんと凛さんのお母様とで夕飯をいただいているときであった。
「そういえば、今度、自国党のパーティなんだが…どうしても海外視察で出れなくなってしまった。宗太郎、お前が代わりに出てくれないか?政界に顔を広める機会にもなる。」
「あら、パーティということは…宗太郎もパートナーを連れていかなければですね。」
「パートナー…ですか…」
「凛ちゃん、お願いできるかしら?」
「え…私ですか…?」
「真由美、凛さんにも相手がいるんじゃないのか?」
「え…あ、ええ…」
「あら、凛!早くも素敵な彼ができたの?」
困った顔をした凛さんは、僕に助けを求める目をしていた。
「優子様…大変申し訳ございません。」
僕は椅子を立ち、凛さんのお母様の元で床に手をついた。
「え、どうしたの?宗太郎くん?」
「隠すつもりはなかったのですが…凛さんと2週間前からお付き合いをさせていただいております。」
「え、お付き合い!?」
「ふふ、優子、私たちの期待通りになったわね♪」
「宗太郎、正式なパートナーとして凛さんと出席したいんだな?」
「は、はい。僕たちの交際を認めてください。お願いいたします。」
「宗太郎くん。お顔をあげてちょうだい。」
僕が顔を上げると、凛さんのお母様は微笑んで
「宗太郎くん。凛のことよろしくね。未熟な娘だけど…あなたならわたしの大事な娘を安心して任せられるわ。」
「ママ…」
「凛。やっぱりあなたには純愛がお似合いよ。さ、宗太郎くん。いつまで正座しているの?これからお祝いしないとね!」
「優子様…ありがとうございます!」
シャンパンを開けて盛り上がっていたのは、他でもない両親たちであった。
「宗太郎、ありがとう。」
「え…それは僕の台詞です。」
「今日の宗太郎とってもかっこよかったよ。」
「凛さんをお守りすると決めたので…」
「ふふ。ママたち嬉しそう。やっぱり、ママたちはバブル世代って感じがすごいね。」
「そうですね。僕らがなんだか寂しい世代のように見えてきます」
「宗太郎。なんだかやっと恋人になれる気がする」
「僕もです。凛さん…手を…つないでもいいですか?」
「もう、ムード台無し〜!」
「ごめんなさい…」
「嘘。そんな誠実な宗太郎が好き。」
初めて言ってくれた「好き」の言葉。
僕はまた強い決意を固めた。
僕はまだ手をつなぐことが精一杯で。
凛さんはそれを笑顔で優しく受け入れてくれる。
本当の人生のパートナーになれるかはこれからの自分次第…
翌週、自国党のパーティ当日。
なかなか凜さんが部屋から出てこない。
「凛さーん!もう出発しますよ!」
「宗太郎〜!ちょっと来て!!」
「り、凛さん!?ドア開けますよ!」
ドアを開けた先には、パーティドレス姿の凛さんがいる。
「ジッパー…上げて?」
「ジ、ジッパー!?…は、はい。」
緊張してる僕の手は震えていて、ゆっくりとジッパーを上げた。
「宗太郎…」
「は、はい。」
「ありがとう。」
そう言って、凛さんは僕の顔を両手で包んで背伸びをして僕の頬に口づけをした。
「ファーストキスはまたあとでね♪」
「………」
「宗太郎!何ぼーっとしてるの?早く行かないと遅れるよ!」
「は、はい!」
僕は凛さんをエスコートして会場へ向かった。
「ふふ、お姫様みたい。」
「凛さん、帰りに寄りたいところがあるのですが、お時間よろしいですか?」
「うん。明日は講義午後からだからいいよ。」
「あ、あと…今日、山邑誠人官房長官もいらっしゃるそうですよ。」
「え…山邑さんも…?なんか緊張するけど、会ってみたいと思ってたからお話できたらいいな。」
会場に着き、受付を済ましてパーティルームに入っていく。
「なんだか、わくわくする!」
「凛さん、さすがですね…僕はこの雰囲気にまだ慣れません…」
「ふふ、宗太郎らしいね。」
「では、まず各大臣にご挨拶を…」
テレビのニュースで見たことある自国党の閣僚のお偉いさんたちに私たちは挨拶に行った。
「おや。君は泉法務大臣のご子息ではないか。」
「樋川大臣、お久しぶりでございます。本日は父の代わりに参加させていただきました。」
「歳はいくつだったかね?」
「十八になりました。」
「それで、その隣のお嬢さんは?…許嫁かい?」
「あ、いえ…お付き合いさせていただいてる女性で…紹介します。松風凛さんです。」
「はじめまして。K大学法学部の松風凛です。」
「失礼だが、君は…嵐山さんの娘さんかね?」
「はい…。」
「夕蘭さんにそっくりでびっくりしたよ。山邑くんにも挨拶するといい。僕が取り次いであげよう。」
「ありがとうございます。山邑官房長官とお話できるなんて光栄です」
凛さんの方を向くと少し固まった表情で、緊張しているように思えた。
「山邑、失礼するよ。」
「樋川じゃないか。」
「君に会わせたい人が居てね」
「お久しぶりです。今日は父の代わりで参りました、泉宗太郎です。」
「久しぶりだね。宗太郎くん。見ないうちにこんなに素敵な大人になられて。」
「山邑官房長官のご活躍、拝見させていただいております。」
「隣の女性は、君のパートナーかい?」
「…はじめまして。松風凛です。」
「君は…!」
「山邑、一目でわかるだろう?優子の娘だよ。」
「優子の…」
凛さんを見た山邑さんはとても驚いた表情で凛さんの手を取った。
「優子…いや、お母さんは元気かい?」
「はい。とても元気です。山邑さんとのことは私も宗太郎も最近知って…」
「そうか、もう知っているんだね。君たちはとても仲がいいね。」
「小学生からずっと同じ学校でしたので」
「泉の息子さんと同い年だったなんて、びっくりだ。」
「あの…母とは本当に結婚から連絡を取っていないのですか?」
「ああ。仕方ないね。あの大物俳優に嫁入りしたんだもの。」
「母は…父と離婚すると決めたそうです。今は泉さんの家にお世話になってます。」
「そうなのか…」
「すべてわたしの進学のために…離婚を選んだのかもしれません。」
「君は悪くない。いずれこうなると思っていた。優子は罠に嵌められたんだから。」
「罠…?」
難しそうな顔をしている山邑さんの元に秘書が耳打ちする。
「すまない…もうそろそろ秋山総理大臣がご到着されるようだ。ああ、凛さん。優子に、何かあったら連絡するようにと伝えてくれ」
「は、はい。」
そう言い残し、山邑さんと樋川さんは私たちの元を去っていった。
「凛さん。どうやら、山邑さんはずっと優子様のことを忘れられないのですね」
「本当に誠実そうな人よね。さすがママが惚れた男。」
「僕も山邑官房長官のような政治家になれるよう精進します。」
「いつかは山邑さんが総理大臣になる可能性があるってことよね。宗太郎も総理大臣目指さなきゃね!」
そう言うと、凛さんはいつもの笑顔で僕の方に体を向けた。
凛さんは僕の太陽であって、昔から変わらない。
そんな大きな存在で手の届かないはずだった凛さんが僕の恋人だなんて嘘みたいで、夢を毎日みている感覚だ。
パーティが終わり、僕は凛さんを助手席に乗せ、ある場所に連れて行くことにした。
「宗太郎、どこに行くつもりなの?」
「初めてのデート、と言っておきましょう。」
「そう言えば付き合ってからデートなんてしてなかったね。毎日ずっと一緒だからね。」
「なかなかお誘いする機会がなく…今日はいい機会なので。」
「ふふ。どこに連れて行ってくれるか楽しみ。」
無邪気に笑う凛さんを横目に、僕は時間を気にしながら運転している。
時刻は午後8時45分。
「よかった、間に合った。」
「わー!スカイツリー!」
「さ、早くしないと入場締め切られます。」
僕は凛さんの手を引いて入場券を買い、展望台に向かうエレベーターに乗る。
「スカイツリー来るの初めて!」
「僕もです。あ、でも下見はしましたよ。」
「ふふ。さすが、宗太郎。」
「こんな彼氏でもいいのですか」
「え、宗太郎らしいじゃん。」
最上階に着くと、子供のようにはしゃぐ凛さん。
「宗太郎、写真撮ろう!」
「あ、は、はい。」
そう言うと凛さんは携帯で自分たちを写して
「もう!宗太郎、表情固いよ!」
「そ、そう言われても。」
「仕方ないなあ。」
そう言って、画面の半分に僕を写し、「はい、チーズ!」と言うと同時に、僕の頬にキスをした。
「ふふ。今日で2回も宗太郎のほっぺにチューしちゃった!」
「凛さん…夜とはいえ、他に人いますから…」
「もう。自分が誘ったくせに。せっかく恋人になれたのに…宗太郎固すぎる。私の前だけではそんなかしこまらないで。」
「…す、すみません。僕は…凛さんには似合わない彼氏ですよね…」
「宗太郎…ごめん。言いすぎたね…」
涙を少しこらえながら、凛さんは外を向いて口を開いた。
「2週間前…宗太郎が付き合ってほしいと言ってくれて、本当に嬉しかった。宗太郎なら、本当に愛してくれるって思ったの。でも、無理させちゃってたかな…ごめん。私の過去はもう忘れて、対等に付き合ってほしいの。」
「対等…」
「だって…宗太郎、私のこと『凛さん』って呼んでるし…私のことまだ生徒会長の元カノとか思ってるんじゃないの?もう、私はそんな過去捨てたの。だから…」
「そうですね…」
「でも…ずっと厳しい環境で生活するために教育されてきた宗太郎には厳しいかな…?」
「い、いえ…頑張ってみます。」
「わがままでごめんね」
「いや、彼氏じゃなくて執事のような対応でしたよね…ごめんなさい。」
僕がそう言うと、背を向けていた凛さんは僕の方を向いて、目を合わせた。
「凛さん」
「宗太郎、こっちに来て。」
凛さんは僕の手を引いて、僕の両手を握りしめる。
「宗太郎、ずっとそばに居てくれてありがとう。ずっと宗太郎の気持ち分かってたよ。だから、告白されてとっても嬉しかったの。やっと言ってくれたって。」
「え…」
「関係性が変わってくるには時間はかかるかもしれない。でも…今日のパーティ行ってみて分かったの。私、まだまだ宗太郎の知らない部分多すぎだなあって。隣に立っていて、気品溢れる大臣の奥様方を見て、宗太郎のために私が成長しなきゃって。だから…私が宗太郎に相応しい女になるから。だって、いつかは日本のファーストレディーになるかもしれないし。」
「え…?」
「私はそういう覚悟出来てるから。宗太郎を支えるために。」
「でも…まずは僕が凛さんを幸せにしなければならないですね。」
「今も…幸せだよ?」
「凛さん。こんな僕ですが、ついてきてください。」
「はい、ついていきます。宗太郎さん。」
凛さんを強く抱きしめた。
体を離すと、凛さんが背伸びをして僕の唇にキスをした。
「ふふ。宗太郎のファーストキス奪っちゃった。」
「凛さん、可愛すぎますよ」
ともう一度抱きしめた。
僕は凛さんのことを少し勘違いしていたのかもしれない。
特別な存在であると小さい頃から思っていた…
容姿端麗
才色兼備
高嶺の花
生徒会長の恋人
僕は…凛さんをそんな風にしか思ってなかったのか…
いや、でも
どんな時でも、正義を貫く姿
どんな環境でも、耐える忍耐力
そういったところに惹かれていったのは間違いない。
間違いなく一人の女性であって、凛さんは一人の女性として扱って欲しいんだとやっと気付いた。
僕に見せた弱い一面。
僕は…そんな凛さんを守ろうと決めたんだ
凛さんは僕を支えるために自分が成長すると言ってくれたけれど
僕はまず凛さんを守るために成長しなければならない。
どんな敵からでも、凛さんを守る。
それが例え…怜さんだとしても。