09
店舗を覘くと色鮮やかな珊瑚が並んでいる。
店だけでなく露店でも多少お安い品がふんだんに有ってマサヤは困り返っていた。
ロック島の有名な土産物が珊瑚製品と聞いて、お宿『アホウドリ』の女将と、ジュジュ。そしてニコ様に土産を買って行こうと思ったのだが、此処まで多いとどれを選んで良いのか皆目判らない。
自慢じゃないが今までの人生、女性関係は至って希薄だった為まったく見当もつかない。
売り子の店員が見かねて相手の年齢を聞いてきたが十代前半の二人は良いにしろ、女将となると年齢さえさっぱりだった。
女店員の呆れ果てた視線がうんざりしたものに変わるころには誰よりもマサヤの方が疲れ果てていた。
慣れない事はする物では無いとため息をついた時だった。
「おぉ、兄さん、これはどうだい?」
掛けられた声に振り向くと日焼けした年配の男性。
手に持った白い粒を掲げて見せる。
「ああ、真珠も有るのか。」
露店さえ構えていない、道端に台を置いてその上の箱に数粒の真珠が並んでいた。
ただの真珠の粒。
指輪にも首飾りにも加工される処か鎖を通す穴さえ開いていない。
だが、紛う事無い天然物らしく大きさも色も形も様々の。
「し・・・何だって?」
男が首を傾げた。
「真珠だ。貝の中から獲れたんだろう?」
「おお、良く知ってるな。滅多に出ない『海神の護り』だ。」
なるほど。
此処では養殖真珠は無いらしい。
「稚貝の中に核となる貝殻の欠片を入れておけば数年後には真珠になると聞いた。後は指輪なんかにすればみんな買って行くんじゃないか?」
男の顔がぱっと輝く。
「そうか、作れる物なのか。これは良い事を聞いた。」
お礼替わりに押し付けられた真珠の粒を手の中で転がしてマサヤは肩を竦めた。
問題の解決には全く至らない。
「まぁ、観光じゃないからな。」
たぶん誰も俺の土産なぞ期待もしてないだろう。
ほんの数滴のオイルが滴ると見る間に艶が増した。
仕上げのオリーブオイルで美々しく着飾った鶏のグリルにコックの喉が鳴る。
「こんな使い方が有るのか。」
知らないのも無理は無い。
「オリーブオイルは火に弱い。加熱すると栄養分はほとんど無くなるが、これだけ多く生のまま使っているなら問題は無いだろう。フランベ・・・酒で香りをつけるのも良いが艶も大事だ。何より見た目が違うからな。」
ロック島の宿で出された料理に文句をつけたのはマサヤではなくクレインだった。
大きな島だが贅沢志向の強いクレインを満足させる設備はこの宿、『海龍帝』だけだと云う。
だが実はもともと気に入らない事も多かったのだと云う。
確かに部屋は広いし風呂も在る。
ベッドも清潔で、使用人たちもきびきびと動いて気持ちが良い。
ただ。
壊滅的に料理が拙かった。
不味いと云う訳では無い。
珊瑚細工同様の特産品、オリーブオイルを多用しているだけなのだ。
多用しすぎている、とも云えるが。
塩と油の味しかしない。
クレインの取った宿に帰り付くと既に彼は食堂で飲んでいた。
『待ってたぜ。このくそ不味い飯を何とかしてくれ。』
オイルに浸かった鶏肉をフォークに突き刺してクレインが唸った。
『宿の親父には話を通してある。ちょっと教えてやってくれ。』
気前よく宿代を奢ってくれたのはそれが狙いだったらしい。
勿論、コックのプライドも在るだろうからと断ろうとすると、その料理長が現れた。
『アホウドリの噂は聞いてる。頼む、少しで良いから教えて呉れ。』
いやに低姿勢な割に引きずる様に厨房へ連れて行かれて、今に至る。
請われるままに味付けを教え、オリーブオイルを使ったドレッシングも作って見せる。
オリーブの実も塩漬けにして使える事を教えると、厳つい料理長は相好を崩して喜んだ。
「噂通りの良い腕だな。どうだ、此処で働かないか?」
無論丁寧に辞退した。
代りに出立するまでの時間で幾つかのレシピを進呈しよう。
「この森は気持ちが良いね。」
確かに、深い森の香気に満ちた大気は心地良い。
「弓月姉様は森は好き?」
ああ、此処ほどでは無いが確かに弓月は自然が好きだ。
むしろ自然児ともいえる。
色々な意味で。
前を行くお子様二人組を視界に置いてゼルは微かなため息をついた。
魔王様改め長の側近バルーを、得意の『空気読まないズケズケ言葉攻撃』で叩きのめしたくだりは割愛しよう。
あまりの口撃に慣れている俺や、シリアスモードに沈み込んだガイでさえ慌てて浮上して来た程だった。
『とにかく、おじさん! 一番偉い人に話をさせて!このままじゃ埒が明かないでしょ!!』
その一言で此処までたどり着いたのだから。
後は推して知るべし。
まだ稚けない魔族の長ニコ様と、精神年齢が同世代の弓月は恐るべき速さで仲良しさんになった。
良いのだろうか。
人間族の十九歳と魔族の百二十歳が同じで。
『深く考えない方が良いかもしれぬ。とかく弓月は非常識ゆえ。』
そう云って苦笑したガイはこの場には居ない。
ゼルでさえも理解していた。
弓月がこの森に脚を踏み入れた瞬間。
大気が動いた。
それは殺気にも似た感覚。
ゾワリと肌を撫で上げる。
意思を持ったこの地が深い想いを込めて動き出す。
気付かぬのは弓月のみ。
今、ガイはバルー等と話し合って居るだろう。
今までと、今後の事を。




