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郵便屋と学校(8)

 郵便物をようやく配達し終わり、疲労感がいっぺんに押し寄せる。だが、僕はその疲労感を持ったまま、例の屋上に来ていた。屋上のフェンスにすがり、ここに来ればいつもそうしているように、上っては落ちるを繰り返す彼女を見つめる。澪子さんもいつもの通り、僕なんて眼中にないというように(実際、きっと彼女の意識に僕は入り込んでいないだろう)自殺を繰り返す。

 睡眠不足の僕は、その単調な動きを見つめていて徐々に瞼が下がってきた。もはや、なぜこんなにここに来なければならないと思ったのかは思い出せない。早く店に帰って畳に寝転がるべきだった。しかし、ここまで眠くなってしまった以上、この屋上から出ることすら面倒である。曇り空ではあるが、雨が降る気配のない空。直射日光が当たるわけでもないその天候は、僕の睡眠欲を助長した。

 大きく欠伸をして、ついにその睡魔に身をゆだねようとしたとき、「扉を開ける」音がした。

 その異変に僕の睡魔は少しだけなりを潜める。ひょっとして、佐久原さんだろうか。そう思って顔を上げたが、そこにいたのは見知らぬ女子生徒だった。紺色のブレザーとチェック柄のスカート姿の彼女が手に持っているのは鮮やかな色の花束と、コンビニの袋。どこか、近隣の学校の生徒だろうか。そういう情報に極端に疎い僕は首をかしげるが、その女子生徒は僕のことには気づいていないようで、屋上を堂々と横切っていく。そして、ちょうど澪子さんが落下し続けているあたりで立ち止まり、花束を地面に置いた。袋の中身を取り出してその横に並べていく。それは、小さなお菓子の袋であり、女子生徒は空になったビニール袋を几帳面にたたんでポケットにしまった。しばらくの間手を合わせてそこにしゃがんでいる彼女を、僕はぼんやりと見つめていた。きっと、ここで自殺した彼女の知人なのだろう。

 今まで僕がここに来た時、一度も誰かに遭遇したり、お供えが置かれていたりしたことはなかった。澪子さんが自殺してからそろそろ2週間が経過するはずだが、初めてのことである。ひょっとしたら、僕が来ていない時に誰かが来たかもしれない。それでも、人が死んだ現場というのはもっと家族などによってお供えなどがされるものだと思っていた僕からしてみれば意外感を禁じ得ない。

 僕が小さく首をかしげると、もたれかかっていたフェンスが音を立てた。その音は僕が思っていた以上に大きく屋上に響き、じっとしゃがみこんでいた女子生徒が、ばっとこちらを振り返った。

「……誰、あんた」

 彼女はそのまま僕の方を睨みつけるように見ている。

「いつからそこにいたの」

「……あなたがここに来る前から」

 働かない頭を必死で稼働させ、僕は彼女の質問に答えた。正直言って、後から入ってきた彼女の方が僕に気付かなかっただけだと思うのだが、今それを皮肉げにいうような元気はない。

「こんなところで、何をしているわけ?」

 むしろ、皮肉気に口をゆがめたのは彼女の方だった。「こんなところ」に妙に力を入れて、彼女は足元の花束とお供え物に視線を落とす。おそらく、人が死んだ現場にわざわざ足を運んで何をしているかという意味だろう。本当のことを言ってもわかってもらえないということは理解している。僕は、何があったのか知らないというふりをして、首をかしげて見せた。

「バイト帰りに休息をとろうと思って。最近、ここを休憩所代わりにしているのだけれど、人なんて来たことなかったので」

 僕はここで起こったことなんて知りません、というような口調で女子生徒に言う。嘘は言っていない。目の前の彼女はぐっと言葉に詰まった。

「こんなところで、何かあったんですか?」

 畳みかけるように僕が尋ねると、彼女はすっと立ち上がり、僕に近づいてくる。そして、フェンスにもたれかかる僕を見下ろして、僕の頭に手を伸ばしてきた。初対面の人間に何をしようとしてくるんだ。僕は反射的にその手を避ける。

「何するんですか」

「フード、とりなさいよ」

「嫌です」

「不愉快なのよ」

 その女子生徒は不服気に言ってきたが、どう考えても初対面の人間にとる態度ではない。おそらく、僕のこの人に快く思われない格好から僕のことを「下」に見た結果なのだろう。それでもフードを外されるわけにはいかないし、触れられるわけにもいかない。不愉快だと彼女は言ったが、初対面の相手にそのように扱われた僕の方が不愉快だ。

 彼女は品もなく舌打ちすると、僕の目を覗き込もうとするように顔を近づけてくる。僕はすっと立ち上がり、女子生徒の接近を避ける。僕はそのまま態度の悪い彼女を無視して屋上をあとにしようと歩き出す。

「ちょっと、待ちなさいよ」

 女子生徒はそれすら気に食わなかったようで、僕の後について来ようとする。いよいよ面倒になった僕は、振り返って、真後ろに来ていた彼女の腕を掴んだ。彼女のエネルギーを気を失う最低限度まで奪う。崩れ落ちた女子生徒をその場に放置して、階段を降りた。一時間もせず、彼女は目覚めるだろう。

 なんなんだろう、あの不遜な態度の彼女は。わざわざお供えをしていたところから、きっと澪子さんの知り合いなのだろうが。

 そういえば、と気付く。あの女子生徒がこの屋上に現れてから、澪子さんの姿が見えないことに。

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