郵便屋と怨念(7)
3月3日 修正しました。
「……」
『話が通じない相手って言うのは、ああいうののことを指すのか……』
中条さんの呟きに、僕は無言で縦に首を振った。
『……まるでストーカーだな』
「まるでっていうか、ストーカーですよ」
人の少ない裏道を、2人ともげんなりして通る。
つい先ほど、怨念の「跡」の最新のものをたどって行き着いた霊に会ってきた。ぶつぶつと怨念を呟きながら、かろうじて分かった情報は、あの霊が神田治子という名前だということぐらいだ。本当に、こちらの話はほとんど伝わらないのである。
怨念持ちとは言え、人間であることに変わりはない。実際、僕は怨念持ちの霊を相手に商売をしたこともある。
だが……。
「……とにかく、あの怨念は恨みから来たものではないことがわかりました」
『……だな』
強い恋慕は、時として「呪い」へと変化する。
生きている人間ならばストーカーがいい例だ。ストーカー本人に呪いの自覚はなくても、それは被害者からすれば呪いと同じだろう。
『よくよく考えれば、あいつはすごくモテていた……』
中条さんが『高身長で顔も整ってるし、運動も昔からできたし、家族思いで友達のこともちゃんと考えてくれるし、勉強も仕事もそつ無くこなすし、少し歌が下手なところはそれはそれで愛嬌があるし……』と呟き始め、僕は途中から若干の僻みが混ざっていることに気づいたが何も言わなかった。
『とにかく、アイツほどの有望な人物なら、モテるのもうなずけるし、ストーカーがいてもおかしくはない。あの霊が生前もアイツのストーカーだったかは、わからないけど』
「……なるほど」
中条さんの力説を聞きながら、僕は思考を巡らせた。
そして、そういえば、と思い当たる。
「……妙なことをお伺いしますが、中条さんって通り魔に刺し殺されたんでしたよね?」
『あぁ』
「その犯人って捕まったんですか?」
僕の問いに、彼は少しだけ考えてから呟くように答えた。
『……そういえば、知らねえな』
「知らない?」
眉をひそめて聞き返すと、中条さんはかいつまんで説明を始める。
『ああ、俺が死ぬ前から裕二の体調不良は始まってたしな』
そりゃ、僕が裕二さんを電車で見たのは結構前だし、体調不良がそこから始まっていてもおかしくは無い。
僕は先を促した。
『死んだって気づいて、それからすぐに裕二のところに行って、そしたら今まで見えなかったすげえ数の霊がアパートに居て驚いて、これが原因なんじゃないかと思って。
そんで、霊と怨念を知覚できる郵便屋の話を聞いて、すぐにあんたのところに行ったから、あんまり気にする余裕無かったんだよな』
最後のほうはからからと笑いながらそう言うので、僕はさらに眉間のしわを濃くする。
『ていうか、何でそんなこと聞くんだ?』
「……いえ」
これは、少し調べたほうがいいかもしれない。
直感的にそんな気がして、僕は中条さんの質問にきちんと答えることなくきびすを返し、図書館を探した。
『なぁ、郵便屋ー』
「……」
僕の後ろを浮遊しながら話しかけてくる中条さんを無視して(図書館だから不可抗力だ)僕は新聞をあさる。
『俺を殺した犯人なんかより、裕二のストーカー何とかする方法考えようぜ』
6日前の新聞の地方欄に「通り魔殺人、また同一犯の犯行か」の文字を見つける。被害者の名前に、先ほどの霊の名前である「神田治子」を見つけ、そして、予感は確信に変わった。
そのまま新聞を片付け、5日前、4日前と新聞をたどっていったが、「犯人逮捕」と言う文字は無い。
それから6日よりもっと前の新聞で「通り魔殺人」の記事を何件か見つけ、僕は気づいた。がさがさと大きな音を立てることも気にせず、慌てて新聞をすべて片づける。
裕二さんが危ない。
無言でその場を立ち去り、僕は裕二さんのマンションへと足を進めた。
『おい、どうしたんだよ!
何がわかったって言うんだ!』
慌てて付いてきた中条さんに聞かれ、僕はできるだけ声を抑えて、だけど確実に返事をした。
「……裕二さんが危ないと言うことが、わかりました。急いでマンションに帰ります」
『裕二が危ない?!どういうことだ!』
血相を変えて僕に問いかける(と言うより怒鳴りかかる)彼に、僕はいつもより数十倍速いペースで歩きながら、質問に質問で答えた。
「中条さん、裕二さんは昔から異性に人気があったんですよね?」
『ああ……だが、今はそんなことを言っているときでは』
「では、霊以外のストーカー被害にあったこともあるんですよね?」
これは、質問と言うより確認だった。
『……あるが、それがどうかしたのか?』
訝しげに彼は答える。
「……そのときの裕二さんの様子は?」
『気味悪がってたよ。
気持ちの悪い手紙やらが届くし、薫ちゃんも凄く怒ってたってアイツがよく言ってた。
裕二が外に出るのもあまりいい顔しないって。またストーカーにあったらどうするのかって。
兄思いのいい妹だけど、どっちが年上かわかったもんじゃないなって、よく笑ったもんだ』
「やっぱり……」
僕が一人で納得して頷くと、中条さんはいい加減しびれを切らして『何が危ないのかって、聞いてんだよ!怨念の霊は寄ってこないようにしたんだろ!』と叫ぶ。
今度こそはぐらかすことなく僕は答えた。
「今、一番危険なのは怨念の主の霊なんかじゃありません。
薫さんですよ」
『お兄ちゃん起きないなー……』
兄の姿を確認しながら、彼女は微笑む。
『この怨念が消えちゃえば、完璧に二人っきりなのに』
彼女は微笑みながら「黒い霧」を撒き散らし初めて約3時間。
他の怨念とは比べ物にならない「どす黒い」霧が部屋中に充満して、彼女の兄の体力は郵便屋が関与する前よりさらに奪われていた。
『お兄ちゃんと、早くお喋りがしたいのに……。
このままお兄ちゃんが死んじゃったら、いっぱい喋れるのかな?』
彼女の笑顔は明るい。
まるで周囲の暗さと相反するように。




