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郵便屋と怨念(3)

3月3日 修正しました。

「……どうしてこうなった」

 僕の呟きは、誰にも聞き取られることなく街中の騒音に消え去った。


『おーい、郵便屋、もっと早く歩けねぇの?』

 大きくため息をつく僕の前を中条さんが歩き……否、浮遊し、僕の隣で薫さんが『ありがとうございます』と未だに頭を下げ続けている。

 この人ごみの中なので、僕は中条さんに話しかけることはせず思い切りにらみつけた。

『あぁ、そっか。

 生きているときは物すり抜けるなんて無理だったんな』

 だが、僕は目が隠れた容姿のため、彼は僕の鋭い視線に気づくことなくあっけからんと笑う。

 死んでからまだ5日しか経っていないのに、案外生きているときの感覚って忘れるんだな、と言いながらさらに笑みを深くした。

『ちょっと、中条さん……。

 郵便屋さんには無理言ってお願いしているんだから』

 その彼をとがめるように、薫さんが小さな声でそういうが、中条さんが聞く耳を持つとは到底思えないし、実際彼は手をひらひらとふっただけだった。

「はぁ……」

 僕は大きくため息をつく。

 そういう薫さんも、さっきは酷い手使ってくれたじゃないか。

 思い出して、またため息が出た。


 結局、二人の『頼む』『お願いします』という言葉にうなずいてしまう形になってしまった。

 最初は人数が増えたところで、とずっと拒否していたのだが、そうしているうちに薫さんの目尻に涙がたまり始め、『女の子泣かせる気か!』と中条さんに言われ、気がついたら、

「わかりました!とりあえず見に行くだけですからね!怨念を取り払えるかなんて、わかりませんからね!」

 と、叫んでしまっていた。

 ガラにもなく大声を出していることと、台詞の中身が大問題だと言うことに気づいたときにはもう遅く、『本当ですか!』と途端に涙を引っ込めて花が咲いたように笑った薫さんを見て、僕は女性の恐ろしさ、と言うものを知った気がした。

『よっしゃ、郵便屋が意見を翻す前に行くぞ!』

 中条さんがそう宣言すると立ち上がり、『ほら、立て!』と僕を促す。

 仕方なく立ち上がって「配達中」の札をかけて二人の霊を遠ざけてから鍵をかけた。


「で、ここが裕二さんのマンションですか?」

『あぁ、ここだ』

 中条さんに確認を取ってから、一人暮らしをするにはちょうどよさそうで、かといって「ぼろアパート」ではない一般的な建物の前に立つ。

「……」

 僕は、そのマンションを見上げた瞬間眉をひそめていた。

『……やばいだろ』

 さっきまでからからと笑っていた彼は、下唇をかみ締める。

 薫さんも、何も言わなかった。

「……近年まれに見る、と言うか」

 そのマンションの5階部分にだけ、大量の霊が引っ付いている。おそらく、「怨念を溜め込んでいる最中」の霊が引き寄せられて集まってきたのだろう。

 普通の霊に害はない。ただし、怨念を溜め込んだ霊は例外だ。

 生きている人間に害を加えることができ、その上怨念を溜め込んだもの同士で惹かれあいやすい。

 そして、「怨念持ち」の霊には生半可な覚悟でなれるものではない。

 僕はその光景に眉を寄せた。

 これは中条さんと薫さんにはきっと見えていないのだろうが、

「怨念が、黒い霧みたいだ」

 その霊たちを取り囲むように、快晴の空とは正反対の、真っ黒い霧のようなものが立ち込めていた。

「……単独の怨念じゃ、ここまでにはならないだろう」

 きっと、もともと彼に怨念を「ぶつけた」あるいは「乗せた」霊は複数。

 とはいっても、10人もいないと思うが。

 その怨念に引き寄せられた大量の霊が溜め込んでいる怨念が相乗し、さらに怨念が濃くなっているようだ。

『お兄ちゃん……』

 兄の身を案じる薫さんの言葉は、少しだけ涙ぐんでいた。

 中条さんは、黙り込んで何も言葉を発しない。

「……ん?」

 そんな中で僕は他の霊と違い、地面にたたずむ霊を見た。

 僕らの500メートルぐらい先にたたずむ、独りの女性の霊。

 彼女はぶつぶつと何かを呟きながら、マンションをじっと見つめ、そしてこちらに気づいたのか僕たちのほうに視線を向けた。

 一瞬だけこちらに怨念の矛先が向き、小さく頭痛がしたがすぐに収まった。

 その霊は、うつろな表情でこちらを見、首をかしげるようにしてぶつぶつと何かをつぶやき続けている。そのまま少しだけ目を見開いて、どこかに消えた。

 その様子に違和感は感じたが、それよりもさらに気になったことがある。あの霊と、どこかで会ったことがある気がするのだ。僕は首をかしげ、思い当たった言葉をそのまま呟いた。

「……あのときの電車の?」

 その呟きに、返ってくる言葉はなかった。

 が、僕の脳裏には、はっきりとあのときの光景が浮かんでいる。

 確か、以前横間さんの手紙を配達しているときに、サラリーマンらしき男性に怨念を「乗せ」ていた女性だったはずだ。

「中条さん」

『なんだ』

 僕はアパートに視線を向けたまま中条さんに尋ねる。

「裕二さんって、眼鏡かけてるんですか?」

『あぁ』

「電車で出勤してました?」

『……そうだけど』

「その電車の中で、毎朝新聞読んだりしてませんでした?」

 そこまで質問して、ようやく二人の視線がこちらに向いていることに気づいた。

「多分、裕二さん見かけたことあると思うんですよね」

『……え?』

 二人の驚く顔が視界に入る。

 僕は無表情のまま彼らに視線を向けた。

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