郵便屋と怨念(2)
「……」
『頼むよ』
いつまで、この何の意味ももたないやり取りを繰り返せばいいのだろうか。
そろそろ頭が痛くなってきた。
「だから、管轄外だと」
『そこを何とか!他に頼める伝なんて知らねぇんだよ!代償も支払うから!』
僕の目の前に居るのは、先日僕が怒らせてもう二度と来ないだろうと思われていた中条さん。
今日で3日連続僕のところに頼みに来ている。
「……」
『このとおりだ!』
彼は両手を合わせて「合掌」し、僕に頭を下げ続けた。
『昨日はすまなかった!』
「……は?」
中条さんが怒って出て行った翌日、彼は配達に出かけようとしていた僕の前に突然現れ、そう言って深々と頭を下げた。
二度と顔を合わせることはないと思っていた僕は、驚いて目を丸くした。
『昨日の俺はどうかしていた!
いくら裕二が心配だからといって、言っていいことと悪いことがあったはずだ。
社会人として恥ずかしい。許してくれ!』
「……いや、別に気にしていませんけど」
どうやら中条さんは、根はあのような横暴な人ではないらしい。
時間が経って、落ち着いたようだ。
僕は、少しだけ安心して配達に出ようとした。
が、中条さんが僕の前に立ちふさがる。
「……何してるんですか?」
僕でない人なら、何も気にすることなく彼を「通り抜け」て前に進むことができただろう。
だが、僕はそんな風にできないので、反射的に立ち止まった。
『昨日の俺の言い分は間違っていた。だが、裕二を助けてやってほしいのは本心だ。
頼む。あいつを助けてやってくれ!』
そう言ってドアの前に立つ中条さんを見て、僕はあきれたように眉を寄せた。
「昨日も申し上げましたが、管轄外です」
いくらそう言っても、彼はドアの前から動く気配がない。
困り果てた僕は、フードごと頭をかいて「……どいてください」と呟いた。
『あんたがYESというまで、俺は立ち退かねぇ!』
「……はぁ?」
なんという営業妨害だ。
僕はどうしたものかと彼を見る。
中条さんの目は決意に満ちていて、さらにどうしようもなく僕はまた頭をかいた。
結局、その日は「営業妨害だ」という僕の言葉に中条さんが折れ、彼が出て行ったものの、それから連日やってくるようになった彼に、僕は正直心底頭を抱えていた。
『大体、郵便屋が呪いを解いたらいけねぇなんて決まりはないだろ』
「だから、呪いだって感情の塊なんです。不用意に消すことはできません」
『だからって、苦しんでるやつを見逃していい理由にはならないだろ?』
「じゃあ、呪いをかけた本人は苦しんでいないとでも?」
『だからこそ、双方が苦しんでいるんだからさっさと呪いを解消して裕二も、呪ったほうも苦しみから解放されねぇとだめだろ』
「誰が苦しんでいようが僕には関係ありません」
『そこをなんとか!』
「……」
師匠、こういう客のあしらい方は聞いていません……。
思わず思い出したくないはずの師匠に心の中で呼びかけてしまうほど、僕は困っていた。
『頼む!』
彼が再び勢いよく頭を下げたとき、
『あの、すみません……』
どこかの高校の制服を身にまとった女子の霊が、扉をすり抜けて来店した。
「いらっしゃい」
僕は内心ほっとしながら、中条さんを無視してそちらに視線を向ける。
他の客の迷惑だ、とばかりに手をひらひらとふると、彼は少しむっとしたが、おとなしく店を出て行った。
「手紙の代筆ですか?」
うるさいのが居なくなって、いつもよりも少しだけ上機嫌に問いかける。
と、目の前の彼女は少しだけ不安そうに質問し返してきた。
『あの、郵便屋さん、ですよね?』
あぁ、この見た目だから、僕が郵便屋に見えなかったのだろう。
良くあることなので、僕は平坦な口調で返答した。
「はい。郵便屋です」
うなずいた僕を見て彼女は、いつかの誰かのように、僕の目の前まで身を乗り出す。
『兄を……藤崎裕二を助けてほしいんです!』
……。
なんだか、聞いたことのある台詞。
激しくめまいがしたような気がした。
「……で、藤崎裕二さんの妹の藤崎薫さんで、よろしかったですか?」
『はい』
とりあえず名前を聞き、彼女がうなずいたことを確認して、その隣にいる中条さんに顔を向ける。
彼は薫さんの来店により、いったん外に出たが、『ひょっとして薫ちゃん?!』と叫びながら例のごとく全速力で再来店したのだ。
「……中条さん、面識あります?」
『いや、裕二から写真を見せられたことはあるが、直接会うのは今日が初めてだ』
彼はそう言って『写真よりも実物のほうが可愛いな』と、彼女に微笑みかける。
薫さんは、微笑を浮かべてその言葉をかわしていた。
「その裕二さんて人、これだけ心配してもらえる人間なのに、何で呪いなんてかけられたんだ……」
僕は独り言を呟いて、大きくため息をつく。
『乗り気になってくれたか?』
目をらんらんと輝かせる中条さんに、僕はもう一度大きくため息をついた。




