郵便屋と怨念(1)
今日は初めて2話投稿しました。
誤字脱字などありましたら
ご指摘お願いします。
今日も僕はいつもどおり仕事に励んだ。
先ほど聞いた内容を頭の中で思い浮かべ、一字一句違わぬように手紙を書いていく。
そろそろ、ペンのインクが切れるころか。今度買いに行こう。
そんなことを考えていると、何かの気配がした。
ものすごいスピードで壁をすり抜け、僕の目の前に立ったのはジャージ姿の男性。
「いらっしゃい」
『親友を助けてくれ!』
とりあえずいつものとおりそう声をかけると、彼は開口一番にそう叫んだ。
僕は郵便屋。
仕事は手紙を代筆して、それを配達するという、単純明快な内容となっている。
ただし、客は「死んだ」人間……つまり、霊だが。
代償として金、物品、あるいは魂を受け取ることでこの商売を成り立たせている。
つまり、僕の仕事に人助けは入っていない訳で、僕は目の前の男の言葉に首をかしげた。
「ここは郵便屋です」
『知ってる!』
彼は焦ったように詰め寄ってきたので、僕は思わずのけぞる。
「……とりあえず、落ち着いてくだ」
『親友に、呪いがかけられたんだよ!』
「……はぁ?」
何を言い出すんだ、こいつ。
僕は目の前の男を眉を寄せて凝視する。
『とにかく、助けてくれ!
あんた、霊が見えるんだろ?怨念が見えるんだろ?!助けてくれよ!』
それに気づかない男はまくし立てるが、僕は眉間のしわを濃くしただけだった。
「中条亘さん……で、よろしかったですか?」
『あぁ』
とりあえず、興奮状態の彼を落ち着かせて、身元を確認した。
さっき、彼がまくし立てた言葉を整理して状況を把握するためにたずねる。
「で、親友の藤崎裕二さんが呪われた……つまり、怨念に当てられた、ということでよろしいですか?」
『あぁ。だから助けてくれ!』
彼は、一応興奮状態からは戻ってきたようだが、まだ焦ったようにたびたび僕を急かしてきた。
僕は相変わらず眉間にしわを寄せたまま、はっきりと言い切る。
「管轄外なのですが」
『は?』
中条さんは、僕の言葉の意味がわからないと言ったように、怪訝な顔をした。
「だから、僕は郵便屋であって、他人の怨念を消すことは業務内容に含まれません」
その言葉を僕が発した途端、彼は目を見開いて、僕に詰め寄ってきた。
『業務内容って……人が呪われてんだぞ!何で助けてやらねぇんだよ!
あいつ、すっげえ苦しんでるのに!』
生きた人間だったら、つばが飛んできそうな勢いで中条さんは怒鳴る。
耳元で大声を出され、僕は反射的に後ろに身を引き、そのまま表情で不快感を露にした。
「何で、人助けしなくちゃいけないんですか?」
『何でって……』
助けられる力があるなら、助けてやるのが当たり前だろう。
彼は、僕の質問に、全く答えになっていない答えを返してきた。
少しいらいらしながら、でもその様子は微塵も見せることなく僕は再び尋ねる。
「何で、助けられる力がある人間は助けるのが当たり前なのですか?」
『……何が言いたい』
「言葉の通りです」
中条さんは睨むように僕を見た。
『最低だな』
そして、彼は蔑むようにそう言った。
相変わらず深くフードをかぶり、目元が見えないために僕の表情はほぼつかめないが、今の僕は目が見えていたとしても、きっと誰にもつかめない表情をしていただろう。
鏡で見たわけでないから絶対とは言い切れないが、きっと今の僕の顔はこれ以上ない無表情だ。
「……じゃあ、お尋ねしますが、貴方のご友人は何故、呪われたのですか?」
『え?』
僕は静かに問いかける。
「まるで、中条さんの言い草は、呪いをかけた方が一方的に悪く、呪われた方は何も悪くないみたいじゃないですか。
他者に向けられた念に当てられた、と言うことなら話は別ですが、貴方の慌てぶりを見るとどうやらかなり藤崎さんが苦しんでいらっしゃるようなので、本人に向けられた怨念なのでしょう。
だったら、そこまでの怨念をぶつけられた、貴方のご友人には何の非もないのですか?」
『……』
中条さんは黙り込んだ。
きっと、親友のことを心配した故のその言い草なのだろうが、あまりにも一方的過ぎる。
「藤崎さんに怨念をぶつけた霊だって人間です。貴方や私、それに藤崎さんと同じ。
怨念なんていうのは、ただの負の感情の塊です。
そこまで負の感情を集めた霊が悪いと、おっしゃるのですか?」
僕の声は、静かに部屋に響く。
彼は、小さく『悪かった。邪魔したな』と言って消えた。
霊だって「人間」だ。
悲しみもするし、怒るし、恨む。
その感情が少し大きくなりすぎてしまったのが「怨念」だ。
だから、他人の感情を勝手に無下にすることなどできない。
尤も、僕は自分勝手な人間だから、その被害が自分に及びそうだったら容赦なく霧散させるけど。
「はは……人のこと、言えないな」
自嘲気味に自分の笑い声に、またいらいらしてしまう自分は、本当にどうしようもないと思う。