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郵便屋の仕事(10)

 無事、今日の配達を終えた僕はいつもの数十倍の疲れを感じながら店の鍵を開けた。

 静まり返った部屋に入り、僕は倒れこむように畳に寝転がる。

 手元にあった布団を手繰り寄せて頭からかぶり、今日はもう仕事をしたくなくてため息をついた。


 肉体的に疲れた。それ以上に精神的に疲れた。

 自分の普段の走るスピードよりもかなり早い早さで走りまわされ、おまけに腕をつかまれて「意識的」に「無意識」を封じ込めることになってしまった。

 こんな思いをしたのは、久々だ。

 そして、二度とこんな思いをするのはごめんだった。

「……恋人ねぇ」

 全く、人騒がせな代物だな、と改めてため息をつく。

 横間さんは、また手紙を書きに来るのだろうか?あの体の透け具合からして、もうあまり地上にいられそうでは無かったけれど。

 死から2週間、いや、もうすぐ3週間か。それで、手紙も2通出した。

 魂はずいぶん消費されているはずだ。

「ま、僕には関係ないけれど」

 静かな部屋で一人そう呟いてから、僕は目を閉じて久しぶりに感じる睡魔に身をゆだねた。


『あの……』

「……いらっしゃい」

 どれくらい眠っていたのだろうか。

 女性の声に目を覚ますと、辺りはもう暗闇に包まれていて、自分がよっぽど疲れていたことを自覚した。

 苦笑しながら、目の前にいる横間さんに目をやると、彼女は恥ずかしそうにうつむいている。

『昼間はすみませんでした』

 僕が声をかける前に彼女はそう言って、深々と頭を下げた。

「別に、気にしていませんよ」

 いつものような平坦な声で答える。

 半分嘘。半分本当。

 横間さんと杉原さんのおかげで睡魔に見舞われるほど疲れきってしまったが、一眠りしたらどうでも良くなっていた。

 思いの外単純な自分の性格にもう一度苦笑してから、「手紙ですか?」と尋ねる。

 彼女は静かに首を横に振った。

『手紙は、もういいんです。

 彼と直接しゃべって、言いたいことも言ったし、聞きたいことも聞けました。

 ただ、郵便屋さんに謝罪と挨拶がしたくて』

 やっぱり、彼女は律儀な性格だったようだ。

 もう一度下げられた頭を見て、僕は頭を上げるよう頼む。

「本当に、気にしていませんから。

 それに、そろそろ時間なら杉原さんと一緒に居たほうがいいのでは?」

 僕の言葉に、彼女は弱弱しく笑って『挨拶、の意味もわかってらっしゃるんですね』と言った。

『彼にはもう、最後の挨拶をしてきました。どうしても、郵便屋さんに謝りたかったので。

 それと、2通でしたけれど、彼に手紙を書いて、届けてくださって、ありがとうございました』

「……いえ」

 お礼を言われ慣れていない僕は、どうしたものかと頭をかく。

 最後の挨拶だ、と言ってやってくる依頼人は、居なかったわけではない。

 それでも「ありがとう」なんて真正面から言われたのは久しぶりで、どうしたらいいのかわからなかった。

 がらにも無く狼狽している僕に、横間さんはクスリと笑って、『それでは』ともう一度頭を下げ、消えた。

 誰も居なくなった部屋の中で、僕は小さく、微笑んだ。


「……何やってるんですか?」

 翌日再び配達に行こうと店を出たら、また、杉原さんが狭いビルとビルの隙間に杉原さんが挟まりかけていた。

「いや、昨日はすまなかった」

「……いえ」

 僕がそれに気づいて近寄ると、彼は横間さんと同じように深々と頭を下げる。

「でも、君のおかげで理穂ともう一度話ができた。本当に感謝している」

「……偶然ですから」

 正直、照れくさくて少しだけ居心地が悪い。

 この人たちは二人そろってすごく律儀だ。

 礼をさせてくれと言う彼の言葉を丁重に拒否して、僕は「配達があるから」と歩き出す。

 杉原さんはスーツ姿だ。今日が何曜日かは完全に曜日感覚の無くなった僕にはわからないけれど、きっと仕事なのだろう。

 遅刻しますよ、とだけ余計なお世話を付け加えて、僕はもう杉原さんのほうを見るのを止めた。

 そんな僕に、杉原さんは叫ぶ。


「……僕は、絶対理穂のことを忘れない!」


 人の記憶力は絶対じゃない。

 絶対忘れないなんて、不可能なことを宣言するのはやめておくべきだ。

 いつもなら、そう考えて自嘲気味に笑ってしまうところだが、僕は決して杉原さんを振り返ることなく、かといっていつものような不快感は一切感じなかった。

郵便屋の仕事編はこれで終了です。

誤字脱字などありましたら、ご指摘お願いします。

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