郵便屋の仕事(9)
『何で……』
彼女は目を見開いてか細い声でそう呟いた。
横間さんが止まったことにより、僕が立ち止まり、それに伴って杉原さんも走るのを止める。
「おい、理穂は何か反応してくれているのか?」
杉原さんが僕の腕を放しながら僕に問いかけ、僕はようやく腕から意識を開放してから答えた。
「何で、杉原さんがここにいるのか、と言っていますよ」
僕がそう言うと、彼は思い切り眉を寄せる。
横間さんが少しだけ怯んだように身を震えさせた。
「何でって、あの手紙のことを聞きに来たに決まってるだろ」
『……』
不機嫌そうな杉原さんに、横間さんは何も言わずにうつむいていた。
彼は僕のほうを見てきて、僕が首を横に振ると眉間のしわを余計に濃くする。
「二度と思い出すなって、どういうことだよ!」
『……言葉のとおりよ』
驚きに目を見開いていた彼女だったが、少し落ち着いたのか、返事を返した。
横間さんの言葉を僕が通訳すると、彼は睨みつけるように目の前の彼女を見る(尤も、彼には横間さんの姿は見えていないだろうけれど)。
「何でそんなこと書いたのかって、聞いてんだ」
『……』
また沈黙した彼女を、僕は無表情で見ていた。
それに気づいたのか、横間さんは杉原さんの質問に答えることなく僕に尋ねる。
『ねぇ、郵便屋さん』
「何ですか?」
『何で、太一に私の居場所を教えたの?』
それは僕を非難するような声色で、しかしだからといって怯むわけでもなく僕は淡々と答えた。
「ほぼ連れ去られたに近いですかね。
店の前の大通りでわめいていらっしゃったので、仕方なく話を聞いてみたらこうなりました。
横間さんを見つけられたのも偶然ですよ。僕には人を探知する力なんてありませんから。
アイスココアおごってもらいましたし、その分ぐらいは働きます」
氷が溶けてしまって途中からは飲めたものじゃなかったけれど。
僕がそう答えると、横間さんは『そう……』と言って黙り込んでしまった。
そこに、さっきまで空気と化していた杉原さんのどすの聞いた声が入ってくる。
「で、俺の質問に答えてくれ」
横間さんはうつむいたまましゃべらず、僕は口出しせず、しばらくの間誰も何も言わなかった。
『……だって、太一、泣いたじゃない』
ぽつり、と呟かれた言葉が僕の耳に届く。
僕がすぐに杉原さんにその言葉を伝えると、彼は驚いたように目を見開いた。
『手紙読んで、泣いてたじゃない。それ見て、手紙出したことすごく後悔した。
でも、一度出しちゃった手紙はもう無かったことにはできないし、また書くよって書いちゃったし、郵便屋さんにも出すのを止める方が裏切りだって言われちゃったし……だから、もう一度手紙を書いた』
そういえば、そんなことを言ったかもしれない。
やっぱりおせっかいが過ぎたかな、と僕は少しだけ後悔した。
僕が杉原さんに「通訳」しながら、横間さんの独白は続く。
『でも、郵便屋さんに内容しゃべってたら、やっぱり、自分は死んだんだって、思えた。
もうあの事故から太一が仕事に復帰するぐらい日にちは経ってるのにね。
そう思ったら、私が書く手紙は、太一を縛り付けてるだけなんじゃないかと思って……。
そんなのいやだった。
この手紙が貴方を縛り付けるものになってしまうぐらいなら、その手紙で貴方を解放したかった』
彼女はそう言って、再びうつむいた。
正直、僕は彼女の考えを愚かだと思った。
二度と思い出すな、なんて無理なこと「まだ好きな相手」から言われたら、それは余計に杉原さんが横間さんを忘れない鎖になってしまうだろうに。
そこまで考えて、僕は独りあぁと合点がいった。
それに気づいたから手紙を出すのを止めようとしたのか。
そううなずきながら、僕が杉原さんにその話を伝えようとしたとき、
「何でお前はいつもいつもそうなんだ!」
彼は、大声で怒鳴った。
『え?』
彼女が思わずと言った様子で聞き返す。
杉原さんはそのままの勢いで怒鳴り続けた。
「いつもいつも、自己完結して、勝手に決め付けて。
僕のためを思ってくれていたのかも知れないけれどな、そんなの逆効果なんだよ!」
その言葉に、横間さんも黙ってはいない。
杉原さんに負けない大声で彼に怒鳴った。
『わかってるわよ!
余計に太一を苦しめるだけだって気づいたから、手紙を出すのを止めようとしたんじゃない!
気づいたのが遅すぎて手遅れだったけれど!』
「あぁ、そうだね!いつも気づくのが遅すぎるんだよ!理穂は!
どう責任取ってくれるつもりだ!」
『だから、どうしようかって考えてたら、貴方が私を追いかけてきたんでしょう!』
僕は二人の「喧嘩」を聞きながら、居心地の悪さを感じている。
杉原さん、僕なしで普通に横間さんと会話できているし。見たところ、姿も見えているようだし。
あれか、師匠が言っていた「近しい者通しは波長が合いやすいから霊の姿を確認しやすい」ってやつか。
完全に邪魔者となった僕は、とりあえず3歩下がってその様子を眺めた。
「大体何を勘違いしているのか知らないけれどな、僕が泣いたのは手紙がうれしかったからだ!
2週間前に死んだお前から手紙が来て、死んでも僕のこと心配してくれていて、やっぱりお前はお前なんだと思えて、うれしかったから泣いたんだ!」
『でも、その手紙が私を忘れられなくしてるんじゃ』
杉原さんの言葉に、目に見えて横間さんの声に勢いが無くなる。
だが、逆に杉原さんの声の勢いは増すばかりだ。
「まだお前が死んでから2週間しか経っていないんだ!
そんなすぐに好きな女忘れるほど、僕は薄情じゃない!」
『太一……』
「これから先、もしかしたら僕はまた誰かを好きになるかもしれない。
でも、だからと言って、君を忘れることはできないし、君と過ごした日は決して無くならない」
『……ありがとう、太一』
横間さんの目から涙が零れ落ちる。
彼は、それを見て苦しそうに声を発した。
「だから、二度と思い出すな、なんて言わないでくれ」
『ごめんなさい』
完全に僕のことなんて忘れ去った彼らは、お互いに触れることはできないと言うのに、お互いを求めるように手を伸ばす。
僕は彼らに気づかれることなく1歩2歩と後ずさり、その場を立ち去ることに成功した。




