75.やることはまだまだたくさんあるようだ。
地面に頭を叩きつけられ、魔神評議会の最高責任者アーグレイが悶絶する。俺はすっと空を見上げ、老長の呻き声を聞きながら思った。
(終わった、な……)
「エリート!!」
「エリート様ぁあ!!」
ココロやサヤカ、キャロルたちが俺の元へと駆けて来る。神力を失い人族達に圧倒され、そして要であるアーグレイの敗北を目の当たりにした魔神たち。彼らに抗う気力はもう残っていなかった。
予定外のアクシデントはあったが、終わってみれば俺たちの完全勝利。荒唐無稽と思われた評議会制圧がここに成った。
「サヤカ、回復してやってくれ」
俺の言葉に一同がやや驚いた顔をする。それもそのはず、俺がそう言って指さしたのは、地面で激痛に悶絶する老長アーグレイ。ただサヤカはそれに笑顔で答える。
「はい、エリート様」
魔銃に回復の魔弾を装填。地面に倒れるアーグレイへと放った。
「……なぜだ?」
殺されるとでも思ったのか。サヤカによって少しだけ回復したアーグレイが顔を上げて困惑した顔で言った。俺が言う。
「言ったはずだ。俺はここを制圧に来た。皆殺しに来たわけじゃない」
「……」
アーグレイは地面にある真っ二つに折れた『魔神殺しの剣』を見てから尋ねる。
「……何がしたい? お前が新たな支配者になるのか?」
「ぷっ、ぷぷっ……」
「くすくす……」
それを聞いたココロやサヤカ、キャロルたちが小さく笑いを堪える。俺はそれを見てから面倒くさそうに答える。
「そんなものには一ミリも興味はねえ。一ミリも興味はねえけど、まだ無実の勇者を殺すって言うのならば俺がその支配者にでもなってやる」
「だが、勇者は世界の秩序を壊す。だから……」
「だから勇者に魔王討伐はさせねえし、魔王にも人族滅亡なんて馬鹿なことさせねえ! それをここにいる奴らが全力で全うする!!」
大魔王ルージュが前に出て言う。
「そう言うことだ。我々魔王以下、魔族は大規模無差別襲撃はしないと誓う。ただ魔族や魔王は無限に存在する。そのすべてを制するのは難しいがエリートとの約束は守ろう」
賛同するように今度はキャロルが言う。
「私たち人族も同意します。勇者発現した者に対して魔王討伐を禁止させます。もちろん不条理な襲撃や各地の小競り合いまでは制御できませんが、各国と連携して新たな秩序の構築に尽力します」
「そう言うことだ、ジジイ。お前はどうする?」
そう尋ねる俺に、アーグレイが答える。
「どうするも何も、今魔神界を制しているのはお前だ。敗北した我らには何の権限もない」
俺は頭を掻きながら答える。
「だから、俺は魔神界が欲しい訳じゃねえんだって。統治はこれまで通り評議会がやればいい。俺、興味ねえし。ただ、ココロたち勇者に生きることを認めて欲しいだけだ」
「……本当にそれだけなのか?」
「それだけだ」
信じられない顔のアーグレイ。
「そんなことの為に、こんな無謀な襲撃を企てたのか?」
「そんなことが俺にとっては全てをかけられるもんなんだよ」
「……そうか」
理解したのかそうでないのか。アーグレイは下を向き俺にそう答える。
「で、約束できるんか?」
「致し方無い。我らに拒否権はない。受け入れよう、勇者の存在を認めることを」
「やったー!!」
「良かったです、エリート様……」
ココロやサヤカが喜び、そして後方にいたニッカの目に涙が溢れる。アーグレイが言う。
「ただし、万が一にも下界のバランスが崩れるようであれば、我々魔神界としてもそれなりの手は打たせてもらう。負けたとは言え、有事の際に指を咥えて見ているだけにはいかぬ」
「ああ、それでいい。そうならないよう俺たちは全力で下界を変える」
皆が普通に生きることのできる世界。俺が求めるのはそんな当たり前の世の中だ。
「さ、じゃあ、帰るか」
疲れた。体の芯まで疲れた。俺はココロたちと白亜の神殿を後にすると、真っすぐ自宅へと向かった。
「すごいじゃない、エリート!!」
家では俺のことを心配して待っていてくれた母親が笑顔で迎えてくれた。魔神評議会制圧。そのニュースはもう各地に知れ渡っているらしい。
家のリビングに集まり寛ぐ一同。母親の焼き菓子を食べながら今後について話が弾む。
ピンポーン
そこへ家のチャイムが鳴らされる。母親が返事をしてその来客を迎え、そしてリビングに来て俺たちに紹介した。
「みんな、こちら元『護り』で下界に行った方で……」
「俺から紹介させてもらおう」
渋みのある中年男性の魔神。日に焼け茶色い短髪、若々しさも併せ持つ。彼が言う。
「俺も元『護り』だったんだ。そして評議会の命令で、勇者を抹殺した。愛する女性を。生涯でたったひとり心から愛した女性を」
その目にはうっすらと涙。続けて言う。
「あれ以来、俺は秘密裏に評議会に対抗すべき仲間を集った。同じ苦しみはもう誰にも味あわせたくないから。だから驚いたよ、エリート。お前の偉業を聞いて」
やはりこの歪な秩序に不満を持つ存在もあったのだと思った。俺が言う。
「これからはこんな馬鹿げた決まりはもうなくなる。それを遂行する為に俺たちはこれからも尽力する」
男が手を差し出して答える。
「感謝する。俺たちもやれることをやる。一緒に評議会の監視を行おうじゃないか!」
満面の笑みの男。ただ、それを聞いたキャロルが驚いた口調で尋ねる。
「え? エリートって、ここに残るの? 一緒に帰らないの??」
後になって知ったのだが、それは皆が心配してそして聞きたかったことらしい。俺がこの地に残るのか、それとも再び下界へと向かうのか。ココロが不安そうな顔で言う。
「エリート、あのね……」
「ココロ。エリート様にはエリート様の事情があります。決して無理なことは……」
「行くに決まってんだろ」
そんな不安な声を一蹴するかのように俺が言う。
「ルージュに従わねえ馬鹿な魔王だってきっといるだろう。それにキャロル。他国の説得には自信あるのか?」
そう尋ねられたキャロルがやや苦笑いして答える。
「う~ん、ちょっとないかな。私、まだただの姫だし、外交に交渉、どこまで賛同してくれるのか正直、未知数だよ……」
それが現実だろう。いきなり『勇者に魔王を倒すな』と言われても各国の事情もあり一筋縄では行かなくて当然。
「だから俺が行く。魔神である俺がふざけた魔王ぶっ飛ばすし、国との交渉だって一緒に行ってやる。こいつと、な」
そう言って俺がココロの頭にポンと手をやる。ココロが笑いながら俺に言う。
「もう、エリートは私がいないと何にもできないからね!!」
「ば、馬鹿言うな!! 俺はその、お前の『護り』として一緒にいなければならねえだけだ!!」
「あら、エリート。評議会からのその使命はもうなくなったんでしょ? 別に守らなくてもいいんじゃない?」
そう突っ込む母親に俺が動揺しながら答える。
「う、うるさい。とにかく俺にはまだやることがたくさんあるんだ! さ、行くぞ。ココロ!!」
そう言って俺はココロの手を取り歩き出す。
「もう、仕方ないな。先輩冒険者として面倒見てあげなきゃ、だもんね!!」
「あ、待ってください。エリート様!!」
「ちょっと、もう行くの!? エリートってばあ!!」
笑い声溢れる中、サヤカやキャロルが俺に続く。
――そんな普通の世界を護りたい
ココロの笑顔。そう、俺にはまだまだやることがたくさんあるようだ。
今話にて完結となります。
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