1.魔神エリート、地上に降り立つ!
「もお~、エリート!! しっかりしてよね!!」
「す、すまない……」
こんなはずじゃなかった。
神の序列に名を連ねる『魔神』であるこの俺が、こんな駆け出し冒険者の小娘に見下されている。すべてはそう、この少女が持つ有り得ないスキルのせいだ。
【魔神無効】
一緒に居るだけで俺の魔神としての能力が無効化される。全く意味不明なスキル。
だけど俺は守らなければならない。この勇者候補である『ココロ・ホワンシュガー』と言う女を。絶対に。
俺の名はエリート・ゴットラングウェイ。神と崇められる魔神だ。下等な魔族と、人族が争いを続ける俗世とは別の神界に住んでいる。
「エリート、ちょっといいかしら?」
静かな魔神の世界。その湖畔にある我が家のテラスで寛いでいた俺に、母親が好物の焼き菓子を持ってやって来て言った。年齢にそぐわず見た目は若く美しい母。ただ病気を患い最近は床に伏せがちだ。母が言う。
「ついにあなたに指名が来たわ。『護り』の。さあ、どうぞ。ウェル君」
俺はその言葉を聞いて全身の血が逆流するほどの吐き気を覚えた。
『護り』とは下界に暮らす人族の勇者候補を、魔族などから守る役目のこと。神と呼ばれる俺達の営みは、人族の信仰によって保たれている。その平和の根源である勇者が討たれれば、魔族が増して人族が減り、俺たち神にも深刻な影響を起こす。
母親に呼ばれてやって来た銀髪銀縁メガネのイケメン。俺の幼馴染のレザウェル・ゴッドインスチュート。母親に一礼してから俺に言う。
「エリート、久しぶりだな。お前に栄誉ある使命を告げに来た」
幼馴染のレザウェル。ガキの頃はよく一緒に遊んだのだが、結局こいつもあちら側の奴。魔神評議会などに所属し、俺とはもう長いこと話もしていない。
「断る。お前は俺たち家族が受けてきたことを忘れたのか?」
「……」
俺の父親は人族だ。詳しいことは知らないが、昔魔族の母と人族の父が恋に落ち俺が生まれた。だが寿命の短い人族の父はあっと言う間に死に、下賤な人族と交わった母は長年同じ魔神どもから蔑まれている。母親が困った顔で言う。
「仕方ないでしょ。これは決まりだし、この辺りにはもう若い人もいないし……、ごほごほっ……」
敵のいないこの平穏な魔神界とは違い、下界は魔族や悪意を持った人族が蠢く魑魅魍魎の世界。魔神とは言え絶対の安全はない。俺はレザウェルを指さして言う。
「お前が代わりに行けばいいだろ。俺を混血だと馬鹿にしやがって。お前ら純血の魔神様がそんなに偉いなら自分でやればいい!」
俺と母親は、ふたりでこの辺鄙な湖畔の家で暮らしている。馬鹿にする魔神どもから離れ、ここで静かな生活を送っている。母が作る美味しい焼き菓子を食べ、ここで暮らす。それでいい。俺に不満はなかった。レザウェルがメガネに手をやり答える。
「無理を言うな。これは決定だ。お前に拒否権はない」
母親も困った顔で俺に言う。
「これも順番だから仕方ないでしょ。それに勇者候補が死んじゃったら、私達も大変なことになるわ……」
人族との戦いを続ける下等な魔族ども。奴らにとって人族を率いる勇者は最も厄介な存在で、多くの魔王がその討伐を試みる。ただ先述の通り、もし仮に勇者が討たれ人族の数が減ると、神への祈りが薄れ、俺たち魔神は様々な障害を被ることとなる。
(くそっ……)
母親の病気もそのひとつだ。人族からの祈りが減れば病状はさらに悪化する。下賤で弱き人族。ただ彼らのお陰で俺たち神が生かされているのも事実。俺は椅子から立ち上がりふたりに言う。
「分かったよ。仕方ねえからやってやるよ。面倒臭せえが」
「良かったわ。安心した。ありがとう」
「ふん。最初からそう答えていればいいのだ。これを見ろ」
レザウェルが懐から一枚の写真を取り出し、俺に見せる。
「護衛対象はこの女の子、勇者になりたい『ココロ・ホワンシュガー』だ」
俺がその勇者候補の写真を見る。ピンクの髪をしたまだ幼い少女。思っていたよりもずっと可愛くてやや驚いた。レザウェルが言う。
「いいか? 分かっているはずだが、『勇者の護り』について説明する」
「手短にしろよ」
母親は椅子に腰かけ、レザウェルが手を広げ俺に説明を始める。
「まだこの子は勇者として覚醒していない。覚醒するかどうかも分からないが、もし覚醒してしまったら勇者スキル【魔王無効】によって魔族が大変なことになる」
「全滅の危機、だろ?」
「そうだ。魔族と人族はお互い小競り合いを繰り返し、その数、均衡を保っている。勇者出現は魔族壊滅の危機を招く。是が非でも防がなきゃならない」
人族が栄えると良いように思えるが、実際増えすぎた人族は自然破壊や他種族侵攻、更には人族同士の争いを続け自滅していく。数を抑制する意味でも魔族の存在は不可欠なのだ。
「当然、勇者候補は皆狙われる。数多の魔族、魔王達に」
もちろん魔王達は邪魔な勇者候補の抹殺を狙う。魔族繁栄、そして己が功名の為。
「分かってる。そんな魔族や、馬鹿な人族からこいつを守りゃいいんだろ?」
それが俺たち神である魔神の役目。古より『護り』として行われてきた護衛と言う名の使命。寿命の短い人族、勇者発現の危険性がある10年から20年程度見張っていればいいだけのこと。レザウェルが厳しい顔で言う。
「守るだけじゃない。もしその時が来たら……」
「分かっている。じゃあ、行ってくる」
俺はレザウェルの説明に飽き、途中で強引に話を打ち切る。
「お、おい。エリート! まだ説明が……」
俺は焼き菓子をひとつ摘んで口に放り込み、ふたりに軽く手を上げてからテーブルに置かれた転移用の魔石を握る。そしてそれをふわっと空へ投げ、ひとり下界へと向かった。
クソみたいな仕事。あの魔神どもの為に俺は1ミリも働きたくないが、自分自身や母のことを考えるとやらざるを得ない。
ちなみに魔神どもは知らない。人族と魔神の混血のこの俺が、あいつらの想像を超える強力な力を持っていると言うことを。
ドオオオン……
俺はすぐに下界に降り立った。地面に降り立つと地響きと共に砂埃が一面に舞い上がる。神である俺好み派手な演出。悪くない。下賤な人族の護衛も引き受けてやる。
「あの村か」
ココロとか言う女が居るのはこの小さな国にある小さな村。こんな辺鄙な場所に神であるこの俺が来てやったのだから泣いて喜ぶだろう。まあ、正体は言えないが。
俺はお気に入りの黒のマントを靡かせながら彼女のいる村へと歩き出した。
どんよりと分厚い雲に覆われた曇天。昼間なのに薄暗ささえ感じる暗さ。俺は村の入口に立ち、すぐにその異様さに気付いた。
(村が破壊されている?)
村の建物、民家や店など、至る所に破壊された跡が目に映る。
「いい加減にしろ!!」
そんな私の耳に、村の中央にある大きな建物の前で男に足蹴りにされる少女の声が響く。
「お、お願い!! みんなで力を合わせなきゃ、絶対に……」
「うるせえって言ってんだろ!!」
「きゃっ!!」
足蹴りにされ地面に尻もちをつく少女。ピンク色の髪。可愛らしい顔。彼女が俺の探す『勇者候補』だとすぐに分かった。隣に立っていた赤髪の女性が倒れた彼女に手を差し出す中、俺が声をかける。
「おい、女」
「え?」
呼びかけにピンク髪の少女が振り返る。
これが俺とココロの出会い。下等な人族と崇高な魔神の出会い。だからこの俺がまさかこんな女と恋に落ち、あろうことかこの魔神界を敵に回すことになるなど夢にも思っていなかった。




