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春の章

鳥が啼き、花が咲く。僕の左の眼は、同じ蒼の空を写し、それに映える白い雲を映した。綺麗な花は春風に揺れ、穏やかに時が流れていた。何かを失い、その何かを探そうと決意したあの時から時は流れ、二年経った。まだ探す花は見つからないまま、どこかをあてもなく彷徨い歩く十八の春でありました。


花咲く、心浮かれる。そんな春の出来事。

私は商人街を歩いていた。良家のお嬢さんならこんなことはしないんだろうなと思いつつ、歩きまわる私。つくづく不良娘だと思った。すると、道端で商品を広げている商人がいた。近寄ってみると、簪や櫛を売っている商人だった。

「いらっしゃい、お嬢さん」

そう言った店主である商人は右目に包帯を巻いた可笑しな人であった。


世の中は可笑しなことばかりだ。何もかも、おかしくて仕方がない。僕が見てきたのはちっぽけな世の中だけど、上にいい顔をする大人とその大人を憎む大人、諦めて人の下に立つ大人。天は人の上に人を作らずとはよく言ったものだと嘲笑った。ま、金を物を言わせた所で手に入るのは物だけ。それ以上でも以外でもないと僕は思う。

「よっといで、よっといで。櫛と簪だよ。着飾りたいなら買っていくといいよ」

呼びかけても僕の姿を見て気味悪がって近寄りもしない。物好きな客がいて、簪や櫛を買ってくれるからいいものを、これでもとても苦しい生活。物が物だから高くは売れるけど、沢山は売れない。そんな現実。そこへ、鼻息の荒い小太りの男性が来た。

「そ、その並んでる簪を全部買おうかな?」

「ありがとう。どうぞ?」

嘗められるように見る下心いっぱいの視線に僕はこの男を殴りたい気持ちでいっぱいだった。でも、簪をいっぱい買ってくれたから殴らないでおくけど。

「き、君は、いつ暇になるのかな?」

前言撤回。やっぱ殴る。僕は職人であって、娼婦じゃないっての!

「まだ在庫があるし、今日は暇にならないねー・・・」

「じゃ、じゃあ!今ある分の簪と櫛を全部買おう!!」

「売らないよ。僕はたくさんの人に買ってもらいたいからね。これ以上邪魔するなら僕もそれなりの処置をとらせてもらうよ?」

睨めば怯む男。弱そうな男だなー・・・。金はたくさん持ってそうだけど。

「ま、また来るね!!!」

もう来なくていいよ。はぁ・・・とため息をついた僕は売り場の簪を補給した。すると、商人街では滅多に見かけない身なりの良い見た目からして良家のお嬢様って感じの女の子が歩いてきた。ああいう子は僕みたいな苦労とか知らないんだろうな・・・。そう思いながら見ていると、お嬢さんが僕の売ってる簪や櫛に目を向けた。そりゃそうか、良家のお嬢様ならそういうの気にするよね。

「いらっしゃい、お嬢さん」

そう言うと、お嬢さんは驚いた顔をした。僕だって驚いたさ。君みたいな子が僕の作った簪に眼を留めるなんて。でもきっと、お気に召す品ではないだろうけど。

「これ、貴方が作ったの?」

「はい、そうだよ」

「?可笑しな喋り方をするのね。しかも、貴方女の子でしょう?」

「はい」

僕がにっこりと笑って答えると、女の子は不思議そうな顔をして、

「どうして男の子の恰好なんかするの?」

「喋り方も着る物も僕の勝手でしょう?それに、男だと思われてた方が都合いいし」

「・・・確かにそうね」

「納得した?」

そう言うと、こっくり頷いた。ま、僕もおかしいけど、君も十分可笑しいと思うよ。ああ、世間知らずのお嬢さんだからかな?そんなお嬢さんに何かあげようかな・・・。

「お嬢さん、なにか欲しいものはあるかい?」

「欲しい物?」

聞き返すと彼女は視線を巡らせる。彼女は僕の後ろにある絵の道具に目を留めた。

「そうね・・・絵を描いてほしいわ」

「絵を?」

困ったな・・・。僕が描くと大変な事が起こるんだけど・・・。ま、いいか。

「分かったよ。ちょっと待っててね」

そう言うと、僕は絵筆をとり、紙に絵を描いていく。久しびりに描くその絵は新鮮であったけど、でも、僕はあんまり乗り気ではなかった。この絵を描いてるのは、僕ではないのだから。


「出来たよお嬢さん」

「まぁ!素敵な絵ね!」

色とりどりの花の中心にお嬢さんが描かれている絵を描いた。眼を閉じて眠っているようなお嬢さんの絵はまるで、その場を切り取ったようだった。

「ありがとう!」

笑顔でお礼を言われ、

「どういたしまして。お嬢さん、帰り道は水に気をつけて」

と言っておいた。ささやかな僕の忠告。あの絵が外れることを僕は心の中で願っていた。


翌朝、僕は旅支度を終え、別の街を目指して大通りを歩いていた。ふと、ある橋を通りかかると人だかりが出来ていた。

「おぞましい」

「可哀相に・・・」

皆こぞってみるのは橋の下の女の子の死体。それは昨日の絵を貰っていったお嬢さんだった。

「本当に、可哀相に・・・」

そう言い残して、僕は橋を通りずぎた。


嗚呼、なんて不幸なお嬢さんだろう。

もし僕に出会わなければあんなことにはならなかっただろうに。


描いたのは、棺桶に入った貴女。


嗚呼、なんて不幸なお嬢さん・・・・。



誰かが毬をつく音がする。

楽しげな笑い声、はしゃぐ小さな体達。

仲間はずれな僕。

いつも、いつも、右目が疼く。


心の中のもう一人の僕は言う。

「誰も君を相手なんかしないさ」

何故?

「何故って?当り前じゃないか」

当り前?

「だって、君は・・・」


「母殺しの化け物じゃないか」


「はっ・・・!!!」

起き上がると、大量の葉っぱが目に入る。起き上がって、やっとここが大きな樹の下だと理解した。嗚呼、そういえば僕はここで昼寝をしたんだった。昔の夢など、久しぶりに見たと思い、包帯の上から疼く右目を擦った。まだ耳に残る子供たちの嘲笑いに僕は自分の耳を塞いだ。夢の中でもう一人の僕は言った言葉は夢で言ったのにも拘らず、やけに頭に響く。

「五月蝿い・・・・。」

そう呟いても、葉がすれる音に混じって聞こえる声がとても耳障りだった。僕は着物を正して荷物を持ち、また歩き出した。


大きな町に着いたのは夕方だった。夕暮れの赤い光が人々に降り注いでいた。子供たちは暗くなる寸前まで遊んでいようと、友達の影を追いかけていた。その情景は昼間にみた子供たちを連想させて、なおさら僕の気分を悪くさせた。やがて、暗くなり始めて、人通りも少なくなってきた。

「(これからじゃ、商いはできないな・・・。)」

そう思い、適当に通りを歩く。一日だけならどこかで泊まれるだろうと思い、宿屋を巡り歩いてみたが、全て満室で断られてしまった。宿屋を探すうちに裏路地に段々と迷い込んでしまい、ここがどこなのかも曖昧になってきた。しかも、辺りはすっかり暗くなり、提灯に燈がともった。やっぱり裏路地なんか入らなきゃよかったとかなり後悔した。遊郭の遊女達が誘ってきて五月蝿い。

「お兄さん、遊んで行きなよ。」

「今は無理。」

「そう言わずにさぁ。」

挙句に袖を引っ張る物だから動くに動けない。

「(てか、そんなに僕って女に見えない?)」

今更嘆く。前の街ではお嬢さんに女の子でしょって言われたのに、なんでこんなのに引っかかるのだろうか・・・。どうせ僕はまな板みたいな体ですよーだと少し心の中でいじけてみる。

「お兄さん、お兄さん。」

また増えた・・・。今度こそ言おう、しつこいって。そう思い、僕は振り返って、

「しつこ・・・い?」

と言った。すると、一人の遊女が吃驚した顔をしていた。

「あ、あんた・・・。」

そう言う彼女には僕も見覚えがあって、

「あれ?お菊?」

何で居るのと聞く前に腕を掴まれ、店に引き込まれる。奥に連れて行かれ、控室みたいな所に連れて行かれる。

「あんた、なんでこんな所にいるんだい!!!」

と怒鳴られ、それはこっちが聞きたいといった様子で僕は聞き返した。

「お菊こそ、なんでこんな仕事してるの?良家の息女様がなんでこんな汚れ仕事してんのさ。」

お菊は言葉を詰まらせた。彼女、お菊は僕が住んでた地元のなんだっけな・・・有力な武士の家系の長女だった。でも、こんな所にいるってことはお家が傾いて、役立たずだったお菊は売られたってとこかな。もとから顔だけはいいけど、器量はかなり悪かったし。

「お家が傾いて仕方なくってやつでしょ?」

と聞くと、お菊はバツの悪そうな顔をして、

「・・・あんたに何が分かるっていうの?財閥のお嬢様の家にお抱え絵師になったあんたに」

「少なくともお抱え絵師を続けてたら僕はここにいないさ」

お菊は睨むように僕を見る。僕は苦笑で返した。お菊は一転して、心配そうな顔をして、

「何があったんだい?」

と聞き返してきた。僕はちょっと言いにくそうに言葉に詰まって、

「・・・・・・・お嬢さんが僕に飽きたんだ。というより、恐ろしくなったといった方がいいかな」

「恐ろしくなった?そんなの最初からあちらさんは承知だったじゃないか!!!恐ろしくなるなんておかしいじゃないか!!!」

お菊に怒鳴られても僕は動じなかった。今は何も言えなくて、口を閉ざすことしかできなかった。話を茶化そうとして、

「そうだ、久しぶりに絵を描いてあげようか」

と言ってみたが、

「茶化すな、馬鹿!!!」

葛籠から絵筆と紙を取り出した時に、お菊に殴られた。意外に痛くて、緩かった包帯が少しずれて爛れた肌が少し見えた。肌が見えた時、お菊は恐れ慄いた。僕はやっぱり、と思って、包帯を巻きなおした。

「これは、お嬢さんにやられたんだよ。お前の右目は美しいから、もっと美しくしてやるってね。これを見てわかったろ。あの家は狂ってるんだ。あんな家のせいで、僕は・・・」

あの家にいた頃を思い出し、口を出すのにもおぞましいと気がついた。それを腰を抜かしているお菊に話すのは酷だと思い、話すのを止めて僕は穏やかに笑って言った。

「君の絵を描いてあげよう。少し待っててね」

そう言って僕は絵筆を取った。


翌朝、僕は遊郭の裏口にいた。

「もう、行くのかい?」

「路銀の為に商いをしなくちゃいけないしね」

そう言ったら、お菊に言って笑った。お菊は呆れ顔をして言った。

「はぁ・・・少なくとも、あんたが男だったらよかったのに」

「お嬢さんにも言われたよ、そういう事。お前が男だったらよかったのにねって」

そう言うとお菊は申し訳なさそうな顔をした。別れ際にそんな顔をされては僕としては困るから、今思い出したように、

「嗚呼、そういえば絵をあげるんだったね。はい」

浮かない顔のお菊に絵と簪をあげた。それは白い衣装に椿の簪を付けたお菊が赤い花に囲まれている絵と椿の簪だった。

「じゃあね」

僕はまた歩き出した。


その町に二日居て、帰る頃に良い噂を聞いた。お菊の家が今まで誘拐されてたお菊を見つけることが出来たらしい。晴れてお菊は恋人と再会して結婚式を挙げることになったらしい。


絵のように白い衣装を着て、赤い椿の簪を付けて愛しい人と結婚するのだろう。


僕は空を仰ぎ、お菊の幸せを願った。


どうか、お幸せに・・・。




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