稲荷祭
天文十二年の秋、収穫が終わって一段落した頃に大きなお祭りを行う。
そう尾張全土に告知を行った。
私が管理しているのは六つの村だが、父が稲荷神様の御加護を全面に押し出している。
なので、自分が何か新しいことをやるたびに大々的宣伝を行うのだ。
今の所は成功しているので誰も何も言わないが、もし失敗したら絶対に酷いことになる。
だがまあ、影響力と求心力が増してきたのは良いことだし、天下統一が近づくのなら綱渡りの人生も仕方ないと、現状を受け入れるのだった。
お祭り当日になり、私は古渡城から近い淺間神社に出向いた。
なお、その際に巫女服に着替えたりと、色々と準備を整える。
白粉で化粧することになったのだが、鉛が含まれていることに気づき、今回はノーメイクで出ることにした。
だがこの程度で民衆が美への執着を断ち切れるわけがないため、鉛なしの白粉の開発を行う必要がある。
しかし前世の自分は恋愛経験に乏しく、化粧も興味がなかった。
そこで基礎的な知識だけを教えて、戦国時代の専門職に丸投げすることにするのだった。
それはともかく、私は淺間神社の神主さんに案内されて、境内に新たに作られた特設舞台の上へとあがっていく。
化粧なしの素顔だが、十歳の子供で無病息災の御加護がある。シワや傷一つないぷるんぷるんの柔肌だ。
昔ながらの神事の慣習では問題があるだろうが、新しい習慣を根付かせるいう意味もあるのだと、受け入れてもらうことにした。
取りあえず、舞台の上に登ったところで足を止めた私は深呼吸をする。
そして、境内に集まっている大勢の者たちに語りかけた。
「私は織田信秀の娘、織田美穂です」
まずは自己紹介は基本であり、きっと後世まで記録に残ってしまう。
しかし尾張の進退を決める重要な行事であり、色んな意味で失敗はできなかった。さらに、猫を被るのも忘れない。
「今年は稲荷大明神様から授かった御加護で、尾張に五穀豊穣をもたらしました」
本当は天候が良かったからで、銭に換算すると例年の二倍に届くという、色んな意味で頭がおかしい大豊作だった。
なので、私の功績とは言い辛いが、新農法や農具の影響は確かにあったのだろう。
「天文十一年の初夏、稲荷大明神様は私の夢枕に立たれて、こう仰られました」
稲荷神様の化身と主張するなら、一人でも多くの民衆に知ってもらうべきだ。
さらに、わざと広めた噂よりも本人の発言のほうが信憑性は上である。
「織田家の天下統一を美穂に命ずる。
そのための稲荷大明神の加護を授けよう」
細かいところは違うが、大体は合っている。
今はこの場にいる民衆に信じさせることが重要である。
「そこで私は、目覚めたのです」
なお、実際には生まれた頃からの加護持ちである。
抑制が解除されたのは九歳からなので、一部は正しい。
「御加護の一つは知識です。
隣国より進んだ道具や農法で、尾張全土に五穀豊穣をもたらしました」
戦国時代は神仏を熱心に信仰しているし、溺れる者は藁をも掴む。
なので、稲荷大明神様のご利益はあるのだと、今年の秋になってそう信じる者が多くでてきている。
「そして、もう一つが──」
私は事前に段取りを済ませておいた淺間神社の関係者に、さり気なく視線を向ける。
他の者が近づかないように大岩の前で円陣を組んで守らせていたが、彼らは打ち合わせの通りに離れていった。
目標地点の付近に人が居なくなったことを確認した私は、大きく息を吸い込んで、特設舞台から跳躍した。
そのまま無駄過ぎる演出のために、空中でくるりと一回転する。
そして大岩目がけて、正確に手刀を振り下ろした。
結果、轟音と共に見事に真っ二つに割れて、地面に降り立った自分の手には傷一つなかった。
「この強靭な肉体が、稲荷大明神様から授かった二つ目の御加護です!」
昔から怪我もせず、病気にかからない健康な体だった。
しかし抑制が解除された今は、さらにとんでもないことになっている。
集まった民衆たちが大いに驚いているようで、淺間神社のそこかしこから、驚愕や感嘆の声が聞こえてきていた。
人外の力は普通は化け物扱いされるが、神様からの御加護だとわかると、評価は真逆になる。
尾張に大豊作をもたらした実績が、領民の意識を変えるキッカケになったので良かった。
「私は稲荷大明神様から授かった御加護を振るい、皆が飢えることなく笑って明日を迎えられる。
そんな平和な世の中を築きましょう」
必ずそうなるとも限らないが、努力目標である。
織田家が天下統一をしないという選択肢はないので、改めて宣言しただけとも言える。
「そして、来年も稲荷祭を開けることを願っています」
敵が攻めてきたり何やかんやあれば、祭りなんてやってる場合じゃねえになるが、その時はその時だ。
「それでは、五穀豊穣の神である稲荷大明神様に感謝して存分に飲み食い騒ぎ、英気を養ってください」
言うべきことは言い終わったからと、背を向けて本堂のほうに歩き出した。
しかしそこであることを思い出して、慌てて振り向いて口を開く。
「言い忘れましたが、食材や出店に関しては全品無料です。
皆さんの日頃の苦労に報いるためにと、大盤振る舞いですよ」
領民の不平不満を解消するという目的を果たさなくては、祭りを開いた意味がない。
「おおっ! それはありがたい!」
「流石は美穂様だ!」
「一生付いていきますだ!」
タダで飲み食いできる聞けば、喜ばない人はいない。
誰もが満面の笑みを浮かべて、織田家と稲荷大明神への感謝を口にする。
なお、私への称賛の声が、圧倒的多数派なのは予想外だった。
そして小市民の自分としては、羞恥のあまり顔がみるみる赤くなっていく。
「わっ、私のことは良いのです! 稲荷大明神様と織田家に感謝してください!」
若干取り乱しながらも、もっと評価が上手いこと分散するようにと声をあげる。
「美穂様! 可愛い!」
「豊穣の美穂様!」
「いよっ! 尾張の剛力無双!」
これ以上この場にいると、顔だけでなく全身が真っ赤になってしまいそうなため、私は捨て台詞を吐いて戦略的撤退を行う。
領民に慕われているのはわかったが、ここまで言うことを聞かないとは予想外であった。全く制御できていない。
「もうっ! これで勝ったと思わないことね!」
その動きはまさに疾風であり、私は一目散に淺間神社の本堂に駆け込んだ。
途中までは稲荷神様の化身っぽく振る舞えていたのに、最後に素が出て大ポカをやらかした。
これでは自身の求心力が大きく低下しそうだと、致命的な失敗をしてしまったことを嘆くのだった。




