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日本地図

 領民の不満を解消して、なおかつ領主と私の求心力を高めるために、神事や祈祷ではなく、娯楽性を重視したお祭りをすることを提案した。


 その際にお互いの認識のズレを修正して弟が納得したので、一段落となる。




 私は白湯で乾いた喉を潤しながら、吉法師きっぽうしに何となく気になったことを尋ねてみた。


「話は変わるけど」

「何じゃ?」


 思考の海から現実に戻ってきたのか、吉法師は真っ直ぐに私を見つめる。


「忍者は雇ってないの?」

「忍者とは何じゃ?」


 何処かで聞いた忍者戦隊の歌かとツッコミたくなったが、弟が知るはずもないので無視して続きを話す。


「諜報や計略、または工作の専門職よ」

「ふむ、儂はあまり詳しくはないが、父上ならば知っておるじゃろうな」


 もしかしたら忍者という通称は、戦国時代にはあまり広まっていないかも知れない。

 だが尾張は他国からの情報は得ているので、職業自体は存在しているため、言い方の違いだろう。


 なので私は気にせず、続きを話した。


「敵が内部工作や諜報を仕掛けてくるのは確実なんだから、専門職を強化して備えるのも良いと思うのよ」

「ふうむ、確かにのう」


 密かに尾張に侵入して内部工作を行う者を、闇に紛れて討ち取ってくれるかどうかは知らない。

 しかし備えは必要で、事件が起きる前に水際で防ぐに越したことはない。


 余裕があれば逆にこっちから仕掛けたり、他国の内情を知ることもできるのだ。


 私が頭の中であれこれ考えていると、興味を惹かれた吉法師が尋ねてきた。


「姉上は、何か心当たりがあるのか?」

「……ええと」


 はっきり言って、自分もそこまで詳しくはない。

 なので、知名度が高い忍者を思いつくままに口に出していった。


「有名なのは伊賀と甲賀かしら? あとは戸隠流や風魔。それに歩き巫女もいたわね」

「やっ、やけに詳しいのう」


 普段は頭が悪い姉だが、忍者に関しては迷いなくはっきりと早口で語ったので、弟は明らかに引き気味になってしまった。


「ええ、まあ……色々あるのよ。色々ね」


 何とも気まずい空気が流れて羞恥に耐えきれなくなったので、さっと視線をそらす。


 漫画やゲームで忍者を題材にした物は多く、影に潜むくせにド派手に活躍して格好良かった。


 だからこそ世界に広く知れ渡り、私もそれが好きでネットで詳しく調べた経験があるのだ。

 しかし戦国時代は学校での苦手意識が強かったのか、武将や歴史はそっちのけで、忍びのみに詳しくなってしまった。


 それはともかくとして、気を取り直した吉法師が咳払いをしてから口を開く。


「では姉上は、忍者の所在地は知っておるのか?」


 知ってはいるが、どうしたものかと少し迷ってしまう。


「ええと、少し待ってなさい」


 林さんに声をかけて紙と筆を用意してもらった。


 そして、殆ど一筆書きで所々が適当だが、簡単な日本地図を作成していく。


「尾張ここだから、伊賀と甲賀はこっちね。

 戸隠流と風魔と歩き巫女だけど、反対方面ね」


 小さい頃には忍者村に遊びに行ったし、ネット検索で地図を閲覧もした。大雑把だが場所は知っているのが幸いであった。


 しかし、何やら物凄く驚いている吉法師が質問してきた。


「姉上、これは何じゃ?」

「何って、日の本の国の地図よ。見てわからないの?」


 地図は今の時代にも存在するので、弟が知らないはずがない。


「儂が知っておるのは、尾張とその周辺だけじゃぞ」


 何やら頭が痛そうにこめかみを押さえている吉法師が、何故驚いているのか説明してくれた。


「全国が描かれた地図は、見たことがないのう」

「そうなの?」


 私にとっては簡単に描いた日本地図だし、都道府県を区切っていない。

 大まかな位置と方角さえわかれば良いという感じだが、それでも史上初らしい。


 確かに計測技術があまり発達していない今の時代では、詳細な地図を描こうとすれば途方もない時間が必要になる。それに関所も数多くて治安も悪く、全国を巡るのは命がいくつあっても足りないだろう。




 技術や時代的に難しそうだと考えていると、弟が地図を見て口を開いた。


「ところで姉上。上と下にある島は何じゃ?」

「それは北っか……いえ、蝦夷えぞ琉球りゅうきゅう王国よ」


 一瞬、北海道と沖縄と言いそうになった。

 だが、慌てて今の時代の名前に修正する。


「ほほう、これが蝦夷えぞ琉球りゅうきゅう王国か。

 このような形をしておったとはのう」


 小さく頷いて感心している吉法師を見て、久しぶりに姉らしいことをした実感を得られて、何とも誇らしくなった。


 なので、興が乗った私は、さらにあることを提案する。


「この国だけじゃなくて、全世界の地図も描けるけど。……欲しいかしら?」

「もちろんじゃ! 儂もそうじゃが、父上もさぞお喜びになることじゃろう!」


 物凄い勢いで食いついてきて、興奮気味に語る吉法師に、今度はこっちが引き気味になる。


「でも、世界地図は時間がかかるわ」


 うろ覚えの箇所もあるが、未来の記憶は固定されているため劣化はしない。

 なので時間をかけて思い出しながら描けば、所々が怪しい箇所はあるものの、限りなく詳細な世界地図ができあがるだろう。


「あとは、紙と墨も大量に必要になるわ」


 鉛筆や消しゴムがあれば別だが、今の時代は失敗したら修正は難しい。

 なので何枚もの紙を繋ぎ合わせて、一枚の大きな世界地図にしたほうが、きっと修正も容易で詳細まで描かれた一品ができるだろう。


「それでも構わぬ! すぐ手配するゆえ、よろしく頼むぞ!」

「えっ……ええ、わかったわ」


 言ったのは私だが、また仕事が増えたと心の中で溜息を吐く。


 それはともかくとして、二人揃って白湯で乾いた喉を潤して一服する。

 そして吉法師きっぽうしが先に口を開いて、話を元に戻した。


「伊賀と甲賀の忍者が居る場所は、伊賀国いがのくにで間違いなさそうじゃ」


 尾張に比較的近いので、勧誘に行けるかも知れない。


「戸隠流と風魔と歩き巫女は、武田と北条の領地じゃな。

 こっちは距離が遠いため、接触するのも難しそうじゃのう」


 未来のように街道が整備されていれば楽なのだが、戦国時代は敵軍の侵入を阻むために細くて、曲がりくねっており、でこぼこで土がむき出しだ。


 さらにあちこちに関所が建てられており、人の出入りを厳しく取り締まっている。


伊賀国いがのくにに使者を遣わせてみるよう、父上に進言しておこう」

「ええ、ありがとう」


 私と吉法師は一通りの打ち合わせをした後に、父と連絡を取った。

 そして伊賀と甲賀の忍者を高待遇で迎え入れるために、急ぎの使者を遣わすことになった。


 時に情報は、人の命よりも重い場合がある。

 そんな卓越した技術を持つ忍者を安月給でこき使うなど、とんでもないことなので、くれぐれも高待遇で迎え入れるようにと、私は事前に何度も念を押ししたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前話の感想ですみません。 厚遇により、SRの滝川一益以上が確定した忍者ガチャですが、 この時期だと、SSR望月千代女ちゃんがまだ信濃へお嫁に行っていない可能性がわずかに微レ存なのですよね。 …
[一言]  伊能忠敬は大体200年後に生まれるので残念ながらスカウトは無理ですね。逆に言えば道具さえ作れたら戦国時代の人でも日本地図は作れますね。勿論美穂が天体観測とか道具の使い方を教えれば。死ぬほど…
[一言] おお、これは百地三太夫が出ますかね? 鉄砲傭兵集団の雑賀衆あたりも本願寺と分断して味方にしたいところですなっ
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