祝の宴
古渡城で開かれている祝の宴には、織田家とそれに連なる多くの家臣たちが集められた。
私も参加するようにと言われていたが、時間の指定はしていなかったので昼近くまで武家屋敷で寝ていたのだ。
吉法師はいつまでも姿を見せない姉が心配になり、様子を見て来ようと正門まで来た所でバッタリ会ったらしい。
だがしかし、何が悲しくて九歳の女子が強面の大人に混じって祝いの宴に出席しといけないのだ。
未来の正月に親戚が勢揃いすることはあるが、大人と子供は別々に分かれているものだ。
それはともかく、私は宴会場に遅れてやって来たことなど気にせずに、堂々と父の前まで歩いて行き、一定の距離で足を止めると畏まって挨拶をする。
「織田美穂。ただ今到着致しました。
お父様、新年明けましておめでとうございます」
「うむ、ご苦労」
父はそう言って、視線でさり気なく合図を送った。
挨拶を済ませた私は誘導に従って歩いて行き、織田家が勢揃いしている上座の空いている円座に、よいしょっと腰を下ろした。
これで祝の宴に出席という役目は果たしたので、あとは腹ごしらえをして、切りの良い所で退室するだけだ。
私の前に置かれたおせち料理に視線を向けるが、何度も味見をし続けたので、若干飽きていたことを思い出す。
しかし、今日はまだ何も食べていない。ならば、空腹で飽きを誤魔化すこともできるだろう。
取りあえずは姿勢を正して、置かれている箸を持って両手を合わせる。
「いただきます」
「姉上、いただきますとは何じゃ?」
そう言えば抑制が解除されてからの私が食事をする時は、弟はいなかった。
それを思い出したので、しっかり出汁を取った雑煮をいただきながら、隣の席に座る吉法師の質問に答える。
「農民や調理人、これから食す料理に関わった人全てと、命を己の糧にさせてもらうことへの、感謝の言葉よ」
実際には、他にも色んな意味が含まれているかも知れないが、あくまでも私のイメージだ。
「それは何とも、深いのう」
「まあ、稲荷神様のお言葉だからね」
なお、稲荷神様が口にしているのは聞いたことはない。
御加護によって戦国時代に持ち込むことになった現代知識なので、広義的に見れば似たようなものだろう。
「食べ終わった後のごちそうさまも同じね」
「ほう、儂も真似ようかのう」
「良いんじゃない? 食事に対する忌避感が薄まるわ」
命を糧にする時には、取りあえず口に出しとけば何となく安心する。
そして私の場合は習慣化しているため、言わないと落ち着かない。
「やっぱり肉や魚を食べる時には、ちょっとね」
「うむ、その気持ちはわかるぞ」
周りの大人は酒が入って盛り上がっているので、私と吉法師も子供同士で適当に喋っていた。
弟は祝の場に留まるのが退屈なようで、口いっぱいに頬張っている姉に頻繁に話しかけている。
「姉上の考案した鰻や寒天料理も好評であったぞ」
「本来、鰻はともかく寒天は正月に出すものじゃないんだけどね」
お正月のおせち料理は、日持ちのする物が中心になっているが、寒天は賞味期限が短い。
だが、独特の触感と冷たさ、さらには心太とは違って磯の香りがしない。そんな謎の白くて甘いお菓子に、試食を頼んだ護衛や武家屋敷の使用人、そして吉法師や織田信秀を大いに驚かせた。
なので 一口食べてこれはイケると確信した父は、家臣たちの度肝を抜こうと、山羊乳寒天を出すように命じたのだ。
他にも、茶碗蒸し、グラタン、鮎の塩焼き、天ぷら、猪肉の陶板焼き等なども出した。
おせち料理とは関係ないし日持ちが犠牲になったが、とにかく見栄えや味を重視した、未来の旅館の定番料理を取り揃えたのだった。
刺身は鮮度の問題で難しかったので断念したが、今まで見たことも聞いたこともない料理の数々に、集まった者たちは舌鼓を打ち、とても酒が進んだと吉法師が教えてくれた。
自分からすれば、全てがもどき料理だ。
完全再現はできていないが、料理人たちはやり遂げた感が凄く、水を差す気にはなれず、次はもっと良い物をと一緒になって熱意を燃やすのだった。
空腹だったことが幸いし、無事に完食した私は両手を合わせて、ごちそうさまをした。
父は家臣たちから注がれた酒をチビチビと飲んでは、称賛の声に当たり障りなく返していたが、娘が一段落したことに気づいたようで、突然こちらに話しかけてきた。
「ところで美穂よ」
「何でしょうか?」
一応は無礼講だが、親族や家臣が大勢集まっている。なので、猫を被って対応しようとした。
「美穂には気になる男はおらんのか?」
「ぶふうううっ!!!」
私が一服するために口に含んでいたお茶が、驚きのあまり吐き出された。
しかもその瞬間に、周りの家臣たちが目の色を変えたのに気づいてしまった。
(ああ、これは狙われてるわ)
私は織田信秀の娘で、身分的にもかなり高い。
だが以前までは尾張のお転婆姫という不名誉な呼称がされていたので、嫁に出すどころか扱いに困る娘であった。
取りあえず使用人を呼んで、床にぶちまけたお茶を拭いてもらう横で、若干焦った表情の弟が口を開く。
「あっ、姉上は器量と性格は良いし、尾張でも優良の女子じゃぞ」
私の考えを読んだのか、隣の吉法師がすぐにフォローしてくれたようだが、どう考えても現実の姿とはかけ離れている。
「身内の同情はいらないわ」
「ほっ、本当のことじゃぞ?」
そうは言われても私は、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花とは真逆である。
野ばらや雑草のように無駄に生命力で溢れているし、容姿に関しては年相応の貧相な体つきだ。
小さくて可愛らしい花を咲かせるのが精一杯だろう。
だからこそ、つい自棄になって、大声で愚痴を漏らしてしまう。
「尾張のお転婆姫を、嫁に欲しがる者などいるものかよ!」
「「「ここにいるぞ!!!」」」
今は豊穣の美穂の噂が広まり、稲荷神様の御加護を受けていることも知られている。
この場に居る者たちがそれ目当てに言い寄っているのは明らかで、何となく金や能力に釣られた不順な動機に見えて、大声を出してしまう。
「黙らっしゃい!」
きっと無礼講なのと酒が回っているのだろうが、とにかく面倒くさい連中にしか見えなかった。
(これはお父様も断りきれないわけだわ)
今の自分は富と権力の両方を持っていて、しかも独り身で婚約もしていない。
もし結婚したら莫大な利益が得られる可能性が高く、水面下で争奪戦が行われていたと思うのが妥当だろう。
「でも、九歳で嫁入りとか、早くないかしら?」
「普通ではないか?」
「そうかしら?」
「そうじゃぞ」
吉法師からの指摘を適当に流したものの、戦国時代は子供同士の婚約は良くある話だ。
本来ならば、そういった取り決めをしてない方がおかしい。
これまでは、狐憑きやお転婆姫といった悪い噂で嫁の貰い手が居なかった。
しかし、稲荷大明神様の化身を堂々と名乗る今は違う。
ただ、それがわかったところで私の根底は永久不変の元女子高生で、価値観の違いは受け入れ辛い。
ここで自分が嫁に行って、織田家が問題なく天下統一できるなら良い。
だが現状ではどう転ぶかわからないし、役目を放棄するのはあまり得策とは思えなかった。
なので私は、今の面倒な状況から逃れるために足りない頭を働かせる。
その結果、後先考えずにその場しのぎの発言を堂々と行った。
「私は、何処にも嫁ぐつもりはありません」
珍しく姿勢を正して真面目な表情をし、凛とした声が祝いの場に響き渡る。
素ではなく畏まった発言のためか、誰もが口をつぐんで私に注目していた。
「稲荷神様の大望を叶えると約束したからこそ、得られた御加護です」
順序が食い違っているが、細かいことはどうでも良い。大体合ってれば良いのだ。
「織田家が天下を統一しない限り、私は歩みを止めるつもりはありません」
もし果たせなければ、何がどうなるとは言わない。
しかし神様との契約を破る勇気もなく、私は何が何でも成し遂げるつもりだ。
大雑把に実際にあったことを伝えると、新年のめでたい祝いの場だというのに、男泣きをする者が続出していた。
「既に稲荷神様に、その身を捧げておられたか!」
「それ程のお覚悟で、御加護を得られたのですね!」
「邪まな思いを抱いた我が身を! 恥じるばかりでござる!」
発言したのは私だが、ここまで酷くなるとは思わなかった。
(酒の力って凄いわね)
お酒のおかげで理性のタガが外れたのだろうが、婚約うんぬんについては有耶無耶にできた。
流石に一生独身を貫くつもりはないが、織田家が天下統一を果たすまでは、表舞台から降りるつもりはない。
ただ現状では、それがいつ達成されるかは定かではないのだ。
男泣きする酔っ払いたちを眺めながら、せめて結婚適齢期が過ぎる前に尾張の国力を上げて上洛したいなと、内心で愚痴をこぼすのだった。




