5 ラスト・ガールスカウト
ファラはバックパックを下ろすと、ほっと息を吐く。
陽は大きく傾いている。
後、数分もすれば辺りは闇に包まれるだろう。
焼けただれた木材や瓦礫がそこここに散らばっている。
数週間前までは多くの人が住む、それなりに大きな町だった。
町の名をケンダと言った。
いずれは復興するかもしれないが、見通しはたっていない。
少なくとも、町を滅ぼした元凶を排除することが先だ。
とはいっても、それも叶わないかもしれない。
ほんの一日前にハルトランサ陸軍はたった一人の魔女、この地を蹂躙した張本人に大敗をしている。
その結果を受け、最高評議会は大きく方針転換をした。
古来からハルトランサで言われている魔女には魔女。
つまり、魔女に対抗するにはより強力な魔女をもってする、だ。
通常部隊は周辺都市の防衛に専念。ジェシカとの戦闘は最高評議会のメンバーが対処する。
他の者はいっさいがっさい手出し無用。
それが最高評議会の決定だった。
所属部隊再編中のファラは待機を命じられていたが、実際はそんなところに来ていた。
ファラは地べたに座り込むとバックパックから缶詰めを二つ取り出す。
一つ目はパンの缶詰め。もう一つはシチュー。
シチューの缶詰めは封を半分だけ開けて、前に置く。
ボンヤリと缶詰めを見詰めながら、小さくため息をつく。
暫くするとシチューから湯気がたち始める。
「炎使いは便利だなぁ。」
背後からの声にファラは振り向く。
そこにはバンナが立っていた。
一瞬、驚いた顔になったがすぐに何事もないような顔を装う。
「なんだ、バンナか。」
「なんだはないだろ。」
バンナは苦笑しながらファラの横に座る。
自分のバックパックからファラと同じような缶詰めを取り出す。
「俺のも温めてくれ。ついでにコップのお湯も頼むよ。コーヒーが飲みたい。」
「はぁ~?
火ぐらい自分で起こしな。」
ファラは露骨に嫌そうな顔をして見せるがバンナは満面の笑みで応える。
「いいじゃないか。
魔法でちょちょいだろ。
減るもんじゃない。」
「体内魔素は減るわ!ちょびっとだけど。」
「ファラならすぐ、溜めれるだろ。」
「ふー。
ま、いいか。」
ほんの少し意識を集中させるとバンナのシチューとカップの水があっという間に沸き立つ。
「おー、さすが。」
バンナはインスタントコーヒーの粉をカップに入れ、かき混ぜる。
香ばしいコーヒーの薫りが辺りに拡がる。
「飲むかい?」
バンナの誘いにファラは黙って首を横に振る。
バンナは軽く頷くと黙ってコーヒーをすすり始める。
沈黙が二人を包む。
妙な緊張感が二人の間に漂う。
緊張に耐えれなくなったのはファラの方だった。
「止めてもムダだぞ。」
「止めないが、ジェシカは、ばあ様達に任せるというチョイスはないのか?」
「ない。」
「ばあ様達が総掛かりでも勝てない可能性が有るのに一人で挑もうとするその感覚がよくわからんのだが、何でそんなに意固地になっているんだ。」
「別に意固地になんてなっていない。
ただ、あの女には貸しがある。
仲間や部下の敵だし、ミュゼの姐さんの弔いもある。」
「自分もぼこぼこにされた怨みもあるしな。」
「それは関係ない。」
「本当か?」
バンナに見詰められ、ファラは目をそらす。
「いや、少しあるかな。
とにかくだ、あのジェシカには色々貸しがあるんだ。それを返してもらうだけだ。」
「どうだかなあー。
逆に貸しを取り立てられるのじゃないか?」
「うるさいよ。」
ファラは拗ねたようにプイと横を向く。
「まあ、いいさ。
手順が前後するだけの話だからな。」
「前後?」
「そう。
今、ばあ様達に任せたとしても、ばあ様達が負ければ、嫌でもジェシカと対峙することになるって意味さ。
まあ、ばあ様達が勝ったとしたら丸っきり犬死だが、その可能性は低いな。」
「低いのか?」
ファラは少し意外そうにバンナを見る。最高評議会のメンバーは皆、各属性の魔女クラスだ。それが総掛かりでも勝ち目がないと断言されるとさすがに、怖じけが出てくる。
「勝ち目が薄い理由が知りたいか?」
「知りたい。」
「これは俺の仮説だが、ジェシカは不死人だと思う。」
「生きる屍だと言うの?」
ファラは驚いたようにいう。
「いやいや、もっと高位の存在だよ。
恐らくは不死魔導師だ。」
「不死魔導師?!」
「そう考えればジェシカがリビングデット達を操って魔方陣を描かせたのも頷ける。」
「でも、だとしても多少耐久力が上がる位でそれほど大したアドバンテージになるとは思えない。」
「過充填。」
「え?」
「我々は体内に魔素を蓄積できる。
その体内魔素で内因魔法を発動させている。
結界、障壁等は基本体内魔素の消費を伴う。
体内魔素の蓄積量には限界がある。
限界以上に蓄積しょうとすると精神や肉体に障害が出る。
魔物化や肉体の崩壊を引き起こす危険な行為だ。
と、学校で教わったよな。」
「あ、ああ。」
「とはいえ、そのリスクを敢えて犯す事もできる。
それが過充填だ。
精神の異常や肉体の障害が多少出るがなんとかなる過充填の限界は安全値の二倍程度と言われている。
だが、不死魔導師になったジェシカの場合、遥かに限界値が高くなると予想される。
おおよそ五倍から十倍位。
前回の作戦でジェシカの結界維持時間をおよそ10分と予測していたが過充填を考えると1時間から2時間位結界を維持できると予想できる。」
「1時間から2時間。」
ファラは噛み締めるようにその言葉を繰り返す。
「予定が狂ったって顔になってるぞ。」
「な、なんの事だ。」
「うーん。
教えてくれないか。」
「何を?」
「どうやってジェシカと戦おうとしているか、を。
まさか、気合とか根性なんて馬鹿な事を言わないでくれよ。」
「馬鹿で悪かったな。」
ファラは吐き捨てるようにいうと両膝を抱いて顔を埋める。
黙ってなにも言わないファラを横目に眺め、バンナは口許に微かな笑みを浮かべると囁く。
「魔導装陣。」
ファラの体がピクリと反応する。
「結局のところ、今、頼れるのは魔導装陣ぐらいしかない。
本来、魔導装陣は頭、胴、腕、脚の四つの部位で構成される。
だが、前回の戦いでファラが装着したのは頭の部分だけだった。
いわゆる、四分の一装着だ。
術式に問題があるわけではない。
障害になるのは体内蓄積魔素量。実際のところ魔女レベルの魔素量でも四分の一装着がやっとってところだ。
そう言う意味では、ファラがあの時にヘッドの魔導装陣を装着したのは心底驚いた。」
「おべっかはいいよ。結局、相手にならなかった。」
「そこで、ファラは考えた。
過充填による半装着だ。
頭と脚を装着して、機動力と防御力を確保して持久戦で相手の魔素切れを狙う。
違うか?」
「ノーコメント。」
「だが、戦わなくてはならないのは20分、30分ではない。
最低で1時間、最悪2時間は戦い続ける必要がある。
正直、無理があるぞ。多分、勝てない。今度は死ぬぞ。
分かってるか?」
「さっき、バンナが自分で言ったじゃないか。
やるのが前後するだけだって。
ならわたしは、一番最初にやりたい。そんだけだよ。」
「そうか。
なら、頑固なお嬢さんに耳よりな提案を二つしよう。」
「耳よりな提案?」
「ああ、飛びっきりな提案だ。上手くいくかどうかは保証限りではないがな。」
バンナは不敵とも苦笑ともとれる複雑な笑みを浮かべる。
「んっな事はいいよ。
どんな提案だ。」
ファラはじれったそうないう。
「あー、いたいた。
遅くなってごめーん。」
「遅くなりました。色々準備に手間取りました。」
慣れ親しんだ声がする。
ファラは驚き、声の方に目を向ける。
今、まさに大地に沈もうとする太陽を背に二つのシルエットがファラの目に映る。
それは・・・
2017/06/25 初稿
次話投稿は7月2日を予定しています。