6 時空VS 炎
東の地平から太陽が昇る。
射し込む光に目を細めながらファラとバンナは北へと続く街道を見る。
その視線の先には、豆粒のような黒い人影がある。
ジェシカ・ラチューン。
狂乱のジェシカだ。
「バンナ。
わたしたち、勝てるかな?」
「正直、分からんね。
やれることはやった。勝算もそれなりにはある。
だけど、なんせ相手が規格外だからな。こちらの予想の上を行かれると勝てないかもしれない。」
「あー、もう。
わたしはそんな言葉が聞きたいんじゃない。」
怒ったようにファラは叫ぶ。
ファラが突然不機嫌になった理由が分からずバンナはきょとんとする。
「わたしが聞きたかったのは、大丈夫、勝てる! みたいな奴だ。」
「そんな根拠も何もない言葉でいいのか?」
「いいんだよ。信じたいだけだから。
そーいう言葉が聞けたら勇気が出てくるだろ。」
そう言ってからファラはしまった、と言うような顔になる。
「怖いのか?
そんな無意味な言葉で勇気が出るなら言ってやるぞ。
うん、大丈夫!」
「あー、うるさい。
怖くないし、そんな棒読みなセリフも聞きたくない。」
「なんだ。難しいな。どうしろと言ってる?」
「もういい。何も言うな。」
ファラは耳を塞ぐとバンナを無視して歩き始める。
二、三歩歩くと急にクスクス笑い始めた。
「バンナらしいちゃ、バンナらしいか。」
「あ?どういう意味だ?」
「どう言うって、そう言う意味さ。
うん、元気出てきた。
どうせ隠し球の一つ、二つ持ってるんだろ。」
「隠し球なんて持ってないよ。」
「いい、どうせ教えてはくれないから。
ただ、期待だけしとく。」
ファラは頬をバシンと叩き、気合いを入れた。
「ウシャ、行くぞ!
バンナ、勝とうな。」
ファラはバンナの方を見るとニィと笑いかける。
「ああ、そうだな。」
バンナも少し笑い、答えた。
「おお。
誰かと思えばプロミネンの小娘とバンナではないか。」
大仰に驚いて見せるジェシカをファラはうんざりした表情で睨む。
「何キロも先から気付いてたんだろ。
やかましい、って感じだよ。
って言うか、何でわたしは名前で呼ばないんだ。
わざとやってるだろ。」
「主はからかいがいがあるからのう。
また、会えるのを楽しみにしておった。
半面、悲しくもあるの。」
「へぇ、何で?」
「主らが死ぬからじゃ。」
「相変わらず、スゲー自信だな。」
無駄口を叩いているようで?三人は慎重に間合いを図っていた。
ファラとバンナは対峙するジェシカを中心にジリジリと左右に別れる。
ジェシカは自分を挟むように動く二人を阻む事もなく、ただ、見守るだけだった。
「その鼻っ柱、ポッキリ折ってやるかんな!」
ファラが一声吠えると同時に全身が炎に包まれる。
「魔導装陣か。
ムダじゃ。
あんな半端な魔導装陣では妾には勝てんぞ。」
バンナが錬成杖を構える。
横目でそれを確認しつつ、ジェシカはつまらなさそうにため息をつく。
「それもムダじゃ。
妾にその手の武器は役に立たないどころか自殺行為じゃ。
主も体験済みであろう。」
「ああ、あれは良い経験になった。
あれのお陰でこいつの全く違う使い方を思いつけた。」
バンナはゆっくりと答える。
「違う使い方とな?」
「今、見せるよ。」
バンナはそういうと、錬成杖をファラに向けて射つ。
「なっ?」
ジェシカは予想外の動きに目を見張る。
錬成弾を受けた途端、ファラを包む炎が数倍の大きさに膨れ上がる。
「魔導装陣の最大のネックは発動時に膨大な魔素を必要とすることだ。
魔女レベルでも四分の一実装がやっとだ。完全実装なんて大魔女が過充填してできるかどうか。
歴史上、完全実装できたと云われる人物は四人しかいない。
今のファラにとてもできるはずがない。
と、思うだろ。
だが、足りない魔素を錬成弾で補ってやればどうだろう?」
ファラを包む炎が密度を上げながら六つの炎のリングに分離する。
リングは回転しながら頭、胴、両手、両足に収束していく。
「くっ。」
リングが一斉に閃き、その光にジェシカは目を眩ませる。
次の瞬間、眼前に全身に深紅の鎧を纏ったファラが現れた。
「魔導装陣 紅蓮。」
ファラは囁くように言う。
「魔導装陣の完全実装じゃと。」
ファラの体が微かに動く、と15メートル程あったジェシカとの間合いが一瞬でつまる。
右手の籠手から炎の剣が現れる。
ファラはそのまま、ジェシカに剣を降り下ろすが剣は空しく空を切る。
転移したのだ。
頭の尾羽のような四本の触角が細かく震える。
《5時の方向 時空弾多数》
触角の探査機能がファラに危険を知らせる。
ファラは脚のホバリング機能を立ち上げ高速機動モードに移行させる。
前進で一旦時空弾をかわし、体を反転させる。
触角のお陰で周辺空間の様子が手に取るように分かる。
当然のようにジェシカの位置も正確に把握できる。
ファラは左手をジェシカにかざす。
小さな火球が高速で打ち出される。
火球は全てジェシカの時空結界に飲み込まれ、無効化される。
が、構いはしない。
魔導装陣はその全ての魔法が外因魔術扱いのため、魔素の消費は気にする必要がない。
火球を乱射しながらファラは背中に付いている安定翼を展開し、更に速度を上げジェシカに突進する。
ジェシカは高速で近付くファラを嫌い、転移をする。
「逃がさないよ。
炎雷射出。」
安定翼の根元から拳大の火の玉が20個ほど吐き出される。
火の玉はふわふわと浮遊しゆっくりと周囲に拡散していく。
「ふん!」
地上数センチを滑空しながら左手の連鎖銃をジェシカに撃ち込む。
ジェシカは転移でかわして、死角から無数の時空弾を撃ち反撃するがファラは機動力でそれを避け、避けきれなかった分は触角の自働迎撃で撃ち落とす。
「これはどうじゃ。」
ジェシカが手をかざすと空中に忽然と石柱が現れる。
高速機動でなんなくかわすファラ。
《前方 重力トラップ》
探査機能が警告を発する。
慌てて軌道を修正する。
進路を石柱が阻むが、右手の剣の出力を最大にして落石柱を両断、進路を確保する。
「ぬう。」
忌々しそうにジェシカが唸る。
ファラの反撃の連鎖銃が正確にジェシカに襲いかかる。
転移で避ける。
転移した先にオレンジ色に輝く物が浮かんでいる。
ファラが射出した炎雷だった。
パチッ。
微かな破裂音に続き、ズンと地鳴りのような音が空気を揺らす。
「ぐぁ。」
ジェシカの体がぐらりと揺らぐ。
「おお、ダメージが通った。」
少し離れた所で二人の戦いを見ていたバンナが思わず声を上げる。
炎雷は相手を捉えるまでは危険を示す兆候が無いため時空結界の排除対象から外れて、ほぼゼロ距離までちかづけたのだ。
だが、時空結界が全く効かなかったわけではない。
破裂後にそれなりには発動したようだ。でなければ、あの程度のダメージでは済まない。
「戦闘開始からおよそ10分。時空結界は健在。時空結界は炎雷への反応が鈍い。ゼロ距離まで反応せず。破裂後に作動している模様。威力は10分の1程度に軽減しているがダメージは入っている。結界の上からジェシカにダメージを与えられることが分かったのは大きな収穫だ。
ファラが炎雷を再度射出。更にもう一回射出。
ファラも炎雷の有効性に気づいたようだ。
ダメージが蓄積できれば、かなり有利になる。」
バンナは小型の携帯導話機に向かって喋っていた。
その先は最高評議会に繋がっている。
仮にバンナ達が敗北したとしても、この戦闘で得られた情報は次の戦いの役にたつことになる。
(しかし、魔導装陣の完全実装って凄いな。
あのジェシカを押してるじゃないか。)
このまま押しきれるか、
一瞬、そう思ったがバンナはすぐにその甘い考えを振り払う。
予想では、ジェシカが奥の手を出してくる頃だ。
(さあ、ジェシカ。奥の手を出してみろ。次のステージに進め。)
バンナは二人の戦いを見守りながら心の中で呟いた。
ジェシカは内心、驚きを隠せなかった。
自分が魔導装陣の圧倒的な物量に押し込まれているからだ。
更に炎雷には驚かされた。
あの調子であれをばらまかれたら身動きが取れなくなる。
排除することは簡単だが、すぐに追加されるのがオチだ。
魔導装陣相手に魔素の消耗戦は分が悪い。
(ならば、一気にカタを着けるのみじゃ。)
ジェシカは感覚加速化を実行する。
更にもう一度。
感覚超加速化。
世界の全てがスローモーションで動いていた。
そして、もう一回。
極限加速化。
世界が静止する。
ジェシカは両手を上げ、ファラに向け時空弾を放った。
連鎖銃を転移で避けられた次の瞬間、探査機能からの警報にファラは驚く。
《全方位から時空弾多数 回避不能 着弾します》
「うおあぁ。」
自働迎撃を遥かに凌ぐ量の時空弾が全方位からファラに襲いかかる。
激痛に意識が飛びかける。
(ダメだ。ここで意識を手放すと魔導装陣が・・・)
ファラは懸命にこらえる。
突然、目の前にジェシカが現れる。
ファラの胸を撫で、そのまま、鳩尾までゆっくりと手を下ろす。
「かはっ。」
突然、鳩尾付近に焼けた石突っ込まれたような痛みと衝撃を受ける。
優に数メートルは吹き飛ばされ、ファラは意識を失った。
意識を失うと同時に魔導装陣が解除される。
「惜しかったのう。」
昏倒するファラにゆっくり近づきながらジェシカは呟く。
「なかなか楽しかった。では、これで終わりにしようか。」
ジェシカがファラに止めを刺そうと右手を上げたその瞬間、ジェシカとファラの間の土が盛り上がり壁となった。
「な、何事?」
驚くジェシカの背後から声がする。
「それでは、次はわたくし達がお相手いたします。」
「お相手するよー。」
振り向くとそこにはパジャとカナレが立っていた。
2017/07/02 初稿
次話 7月9日を予定しています。




