30.お母さん(仮)?
失敗した。
もっと早くにこの方法を広めておくべきだった。
貧血でクラクラするし、魔力も大分使ってふらふらなのに……何故あなた達は、跪いておられるのかしら?
どうしよう。
救出メンバーが、施設のホールで土下座に近い姿勢でいる。待機していたハーフの子達の世話をするスタッフがいなくて良かった。
「神よ……」
フィンブルさん? やっと気のいいおじさんまで上がってきたのに、今や盲信者の目付きだ。
もう、本当に勘弁してよ。
仕方ない。……記憶を言う? でも、なんて?
「おい! お前ら立て! この状況はアーシュが望む事か? 考えろ。アーシュはあれだけ出血と魔力消費してんだ! 今やることはそれか? 馬鹿野郎!」
ふらふらしながら、悶々と考え込んだ私を力強い白い毛皮の腕が支えてくれる。
私が言いたい事を代弁してくれた。
ちょっと、泣いてしまいそう。
バッと顔を上げたメンバーは、私の顔を見てやっと気付いた様だ。
そうですよ。やや多めに献血してきた様なものなんだから、私にオレンジジュース下さい。
「す、すまない、あまりに衝撃的で、神が降りてこられたのかと」
その言葉が衝撃だわ!
世界は魔法に頼っている部分がある為、心臓や呼吸止まったら、手の施しようは無いと諦める。
直接身体に触れ、蘇生法を施す術など発展していなかった。大失敗だ。
レビンが私を横に抱え、部屋に連れて行こうとするが、待ったをかける。
誤解は早く解かなければ、目が覚めたら恐ろしい事になっていそうで、安心できないよ。
「待って、レビン。ありがとう。このまま会議室に連れてって。それから皆も! 説明するから会議室に集合!」
「アーシュ? 駄目だ。ふらふらじゃねぇか! 直ぐ休め」
「無理。私の平穏な今後の為に放置できない。回復薬飲めば平気よ。お願い、私の事を説明するだけだから」
わぁ。レビン、怖い顔。
すみません、不甲斐なくて……。
背と脚を支える腕に力が入るのが分かる。
と、同時にぶわぁと、鳥肌が立った。
え? 殺気飛ばすほど怒ってるの?
「――ん」
「え?」
「お前ら、血も魔力も相当量失って、ふらっふらのアーシュが何故こんなこと言い出す嵌めになった? あ? ……頭冷やせ。他言無用。説明はアーシュが回復してからだ。少しでも漏れたら一生その口利けないようにする。作戦は成功した。今日は、終いだ」
レビンは、皆に向かって言い放ち、皆気まずい顔してる。
私に怒ったんじゃないのか良かった。
純粋に嬉しい。
ちょっとだけ、ちょっとだけだから。
私は、レビンの胸の服を掴み肩口に顔を埋めた。
懐かしい匂いと、レビンが私に怯えなかったのが嬉しくて、皆の気持ちがまた離れたのが悲しくて、泣いた。
「っふ……ぅ、あり、がど」
身体に触れてるレビンの毛が、ブワッとなったのが分かった。
このふわふわの毛大好きだなぁ……。
「アーシュ、……? アーシュ?」
額を付けた部分のレビンの首筋のふわふわ毛皮を堪能する前に、意識が遠退いた。残念。
その後、レビンが仲間に吠えたような気がした。
誰かが頭を撫でている……?
寝返りを打とうとしたけど、身体が動かない。
まぁ、温かいし、いいか。
この手がレビンだと良いのに……。
ムニィィィ!
痛い。
「いはい?」
「起きましたか?」
ラス様の顔面が目の前。
「へ? いはいいはい!」
「おや? すみません。あまりに幸せそうに眠っているので、つい」
ラス様が私の頬をつねっている。
なんという理不尽な物言い。
「いや、夢くらい幸せそうにしても良いじゃないですか?! なんて横暴! ……あれ? 私の部屋」
「意識を失って運ばれたんですよ。全く無茶をして」
「意識を……っ?! あの子らは?! あの子らは目を覚ましましたか?! 私、どのくらい寝てました?」
「最初にそれですか? まだですよ。3人とも目を覚ましません。救出したのは一月前です」
「ひ、ひ、ひとつきぃいい?!」
「嘘です」
「がっ」
こ、この……大迷惑ぼけ精霊いぃぃぃ!!
今こそ聞こえろ! この心の叫び!
「昨夜ですよ」
「え?」
「まだ一晩しか経っていません。ほらほら、休みない」
「え? ちょ、もう平気です。ちょっと様子を見に」
起きあがって立とうとしたら、ラス様が毛布をくるくる~と巻き付けた。……巻き付けた?
見事な手捌きで、包んだ毛布の上から縄をきゅっと締めた。
精霊なのに手慣れてますね?
「あ、の? 私、春巻きみたいにされてますが? ひっ?!」
鈍い私にも分かるよ? とてつもなく、お、怒ってらっしゃる?!
思わずかしずきたくなるような、畏怖。
肌が粟立ち、身体が震え、自然に涙が溢れる。
怯えに気付いたのか、ラス様の剣呑とした怒気が霧散していく。
「……ふっ。すみませんね? お馬鹿な弟子があまりに反抗的で。ほらほら、泣かないの」
「に、にゃんでぇ」
「はいはい、ごめんなさい。良いから休みなさい。血の補充は出来てないのだから、起きてるなら何か食べなさい」
こわ、怖かった。
凄く死ぬほどチビりそうなほど、怖かった。
ボロボロ涙が溢れる。
ラス様がいつも通りになって、袖で涙をゴシゴシしてくる。
「何であんな無茶をしたんですか?」
「無茶?」
「分かってないでやったんですか?」
どこらが無茶だったんだろう?
出血だって、やや多めの献血くらいだし、魔力も枯渇までは使ってない。
一晩で目が覚めたのがその証拠だ。
「魔力は、枯渇してましたよ」
「えぇ?! いやでも」
「回復薬は意識が無く飲ませられないので、接触で魔力補充しました。不本意ながら、赤虎が」
「レビンが」
「私が加護の無いものに与えられませんからね。無理矢理加護を施そうとしたんですが、赤虎に止められ、アレが貴女に魔力を補充しました。魔力枯渇寸前で倒れたので、廊下に掃いて捨てました」
「おいぃぃ?!」
「誰か拾いに来たでしょう」
皮膚と皮膚を触れて、魔力を貰ったり与えたり出来る。体液交換なら、その交換速度も量も格段に上がるけど……どっち? え? どっち?!
「何を想像してるのか手に取るように分かりますが、手と手ですよ」
「……なんだ」
スパンッ! グリグリグリ。
クレヨン○んちゃんで有名な攻撃を米神に受けた。
「この子はぁ、死にそうな目にあってな・に・を!」
「痛い痛い! だって!」
「はぁ。だってじゃありません。ほら、これを飲みなさい」
「げ」
「造血剤です。森から取ってきました。私のお手製ですよ?」
故郷の薬局で売ってる小瓶の風邪薬程の容器に入っているのは、すっごい不味そうな茶緑色。
毒なんじゃないかな?
「効力と、味の不味さの保証はします」
「いらん保証がついとる!」
春巻きなので、ラス様が口に突っ込んで来た。
生臭い苦い渋い、毒だこれ。
確実に死んだ。味覚が。
水も貰って一気飲みして、一息つく。
「不味い。ありがとうございます。不味い。助かりました、味覚以外」
「特別製です」
あぁ、うん。一際不味く作ったのか?
「ラス様、」
「駄目です」
救出した子とレビンの様子を見に行きたかったのに、全て言う前に切られた。
「もう平気で」
「駄目です」
「ちょっとだけで」
「無理矢理、加護を付けますよ?」
「勘弁です」
ラス様が、溜め息を吐きつつ春巻きを持ち上げ、膝に抱く。
「本当に心配したんですよ? この精霊の寿命が1000年縮みました。手の届かない所で死にかけるのは止めてください。今度こんな事があったら、無理に加護を与えますから」
「そんな」
「貴女は、他者の命はあんなに重く受け止めるのに、何故自分の命は軽々しく扱うのですか? 私は、それが許せない」
「……っ。だってまさか血の契約を結ばれているとは思わなくて……少し、やり過ぎました。すみません」
ラス様が心配してくれているのが伝わる。
レビンにも迷惑かけてしまった。
枯渇が一晩で回復したのなら、レビンはほぼ私に魔力を注いでくれた筈だ。
たった3人の治癒で、こんなに迷惑かけてしまったなんて、まだまだ、だなぁ。
……寒い? あれ? 鳥肌が?
「ラ、ラス様?」
「貴女は……この期に及んでまだ迷惑かけたとか、そんな低いレベルしか思い付かないのですか」
こわ、こわ、怖い!
「良いですか? 迷惑ではなくて、貴女が生きていることに全ての意味があるのです。怪我でも、駄目。瀕死などもっての外。この集落も、助け出された半獣も、赤虎も、貴女の為に存在しているといっても過言ではない」
「??」
「貴女が死んだら、私は、心置きなくこの集落を蹂躙して潰しましょう」
「はい?」
「『愛し子』を苦しめ、死に至らしめる様な存在は、本来精霊には許せない事なんですよ」
「ぇ」
「この集落を存続させたいのなら、貴女は自分の命を何より大事にして、日々無駄な努力で空回ってるのが好ましい」
「空回り……おい。って、そんな物騒な」
「本当ですよ?」
何なんだろ? 私は玩具的な存在じゃないのか? 集落を潰すなんて馬鹿なと言いたい所だけど、あの怒気に晒された後では、笑えない。
ラス様が、さっぱり分からん。
「馬鹿過ぎる愛し子兼弟子には、ちょうどいい枷でしょう? ちゃんと自身を大切にしなさい」
「は、はい」
「声が小さい!」
「はい!」
「宜しい」
そんな軽んじた覚えは無いんだけどなぁ。
あ、そうだ。
「すみません、様子見に行くのは諦めますが、あの子らの様子はラス様から見てどうですか? 咄嗟に魔力の上書きをしてしまったのですが、正しかったんでしょうか?」
「ええ、あれしか方法は無いでしょう。契約者を殺せば良いのですが、今回は襲撃ではなく救出でしたからね。状態は良好です。精神は、目が覚めないと何とも言えませんね」
「そう、ですか」
「面白い事になってましたね? 神への昇格おめでとう?」
「すっごい嫌味です、それ」
「異界の蘇生術ですか? ふふふっふくくっくっくっ。跪いて、神よ……と言われた時の貴女の顔! 思わず吹き出してしまいました」
クッ! 楽しそうで何よりですよ! 全く!
「安心なさい。救出に関わった者達からは漏れていません。その何人かは、この部屋の方向に向かって祈りを捧げてますが、聞こえますか?」
今、死んだ魚のような目をしている事だろう。
ラス様は、グハグハ笑っていらっしゃる。
殴っちゃ駄目かな。
「説明しなきゃなぁ」
「異界の方法が広まれば、確実に助かる命はありますね」
「はい。もう私の事情を説明しようかと思って」
「ふむ。貴女が編み出した方法という事で良いんじゃないですか? 無駄に話して、また奇異な目でというより、信者が増えるのは嫌でしょう?」
「う~ん。それもそうですが」
「人間というだけで、既に一線を引かれているのです。そこに前世の記憶云々は、助長させる気もします」
「ですかね。そういう事にして、あの方法を広めるかぁ……」
やる事いっぱいだ。明日から忙しくなるな。
「そうだ! ラス様、獣人は何を信仰してますか?」
「アーシュ教?」
「ぅおい!」
「冗談ですよ。それぞれ細かい部分は異なりますが、大きく纏めると、森や大地、この世界そのものですかね」
「やっぱり、人間とは違うんですね」
「やっぱりですか」
「人間の神とされるのは、あまりに人至上主義ですからね、造られたのかなと」
「ふふ」
何故か頭を撫でられた。
ラス様が、本当に分からん。
「それを聞いてどうするんです?」
「ちょっとお祈りを。本当の神様に。ということで、大人しくここにいるので春巻き解いてください」
「あぁ」
珍しく、要望に答えて解いてくれたラス様は、ベッドに腰掛けている。
私は、目を瞑り、手を組み、森の方を向いて床に膝を突く。
「 我、アリアーシュ=ミラ=ラングシナは願う。
捕らえられ、その心、その身を理不尽に蹂躙された名も知らぬ獣人達の魂が、全ての苦しみから解放され、魂の浄化による洗礼にて、輝ける次世とならんことを。
アリアーシュは誇る。
あなた方の為に祈れる事を。
アリアーシュは森に願う。
そして世界に請う。どうか……」
今日、沢山の獣人が、亡くなりました。
あなた達が残してくれた子達は、必ず笑って過ごせるよう努めます。
全てを忘れ、全ての苦しみを捨てて、どうか恙無く浄化出来ます様に、祈ります。
人間用の弔いの言葉を勝手に構成し直して祈ってみた。暫く祈っていると、頭に何か置かれる。
「さぁ、『愛し子』もう良いでしょう。何かお腹に入れて、休みなさい」
頭を上げると見えるラス様。
初めて、ラス様に慈愛を感じた。
おかしい。この精霊にそう感じるなんて。
でも、あまりに優しい感覚に包まれて、涙が溢れる。
「ほらほら、泣くならこれを飲みなさい。甘くしてありますから」
お、お母さん。お母さんがここにいる。
「誰がお母さんですか」
突っ込みも、頭を撫でられたまま。
ちょっと、こんなに優しくされると駄目だ。
「うっ。ぅぅう~人間が、人間がぁ~」
「はいはい。泣きなさい」
「あれは、酷すぎる、外道だぁ~」
「そうですね……」
母(仮)の胸で、散々文句を言って泣いた。
人間の私は、獣人の皆には言えない。
私も同じ人間なのだから、人間の愚痴など聞かせられない。
お前も同じ人間だろうと思われたくないから。
……結局、種族で線を引いているのは、私なのかもしれない。
とても悲しくなって、でも母(仮)の胸も手も温かくて、泣きながら私は、眠ってしまった。
明日から、頑張らなきゃ……。
「……しなくていい苦労ばかりして、流さなくていい涙を流し、自分さえ傷付けば助けられると、血を流しながら他人に手を差し伸べる。自ら傷付いた事すら気付かずに。なんて馬鹿な『愛しい子』。」
お読み頂き、ありがとうございます。




