素顔のままで
約束の日。樹里は緊張して、明け方まで眠れずにいた。やっと眠りについたものの、目覚ましのアラームに、無情にも起こされてしまった。眠気覚ましにシャワーを浴びて、コーヒーを飲む。
準備を整えて、エントランスへと下りて来た。スティーブにタクシーを呼んでもらい、大学まで行ってもらうようにお願いする。こっちに来てから、ほとんど遠出をしてなかった樹里にとって、大学までの道のりも新鮮で清々しい。のんびり窓の外を眺めていると、タクシーの運転手さんから「留学希望かい?」と聞かれ、樹里は思わず「Yes」と答えてしまった。慌てて訂正しようと言葉を選ぶが、思い浮かばず、そのまま目的地へ到着してしまった。
大学の正門で降ろしてもらうと、広大なキャンパスに圧倒される。早く着いた樹里は、のんびりと散歩をすることにした。
しかし約束の時間が迫り、ライアンの携帯電話に連絡するが、樹里は自分がどこにいるのかわからなくなっていた。なんとか居場所をつたえると、ライアンが駆け足で迎えに来てくれた。
「ごめんなさい!」
樹里は深々と頭を下げた。
「大丈夫。時間には余裕があるんだから。ただ、授業の前に、少しキャンパスを案内したかっただけなんだ」
と、ライアンは優しく微笑んだ。
「それじゃ、教室に行こう」
一気に緊張の波が押し寄せてくる。
樹里は深呼吸をした。そして、ライアンの後について、教室へと入った。…生徒たちの視線が突き刺さる。
「それじゃ、今日は小説家の…」
ライアンの紹介してくれる声も遠くに聞こえる。
「さぁ、ジュリ。後は、よろしく」
ドキドキしながらの第一声。
「はじめまして。秋元樹里です…」
声を震わせながらの自己紹介。すると、学生たちは拍手で歓迎してくれた。事前に原稿を用意していた樹里だったが、より素直な気持ちを打ち明けることが出来たのだった。一応、小説家らしく、プロットの書き方なども…。そして、
「最後に、大切なのは情熱です」
と締めくくった。大きな拍手と同時にチャイムが鳴り授業も終了した。
学生たちを見送って、ライアンと樹里も教室を退出した。廊下で話しをしていると、そこへ、
「あなたがジュリね」
と、目の前に綺麗な女性が現れた。そして、ライアンの頬にキスをする。
「あ、彼女はシャーロット。彼女もこの大学の講師なんだ。僕の…」
しかし、ライアンの言葉を遮って、
「ねぇ、私の部屋でコーヒーでも飲まない?」
と、シャーロットは樹里の肩に優しく手をかけた。
「そうしてもらえるかな?僕は、もう少し仕事があるから、終わったら迎えに行くよ」
「じゃあ、行きましょ」
シャーロットに促されるままに、彼女の控え室へ。
「さあ、どうぞ」
「ありがとう」
シャーロットの部屋でコーヒーをご馳走になる。
「それで…、どう? こっちでの生活は?」
「はい。言葉が通じなくて苦戦してますけど、なんとか…」
シャーロットも、樹里にわかりやすく、ゆっくりと話してくれていた。しばらくすると、シャーロットの部屋の電話が鳴り、「ちょっとごめんね」 と、部屋を出て行ってしまった。樹里は、シャーロットの部屋から窓の外を眺めていた。都会でありながら、緑溢れるキャンパス。独立した建物がいくつも見える。そういえば、図書館に美術館・博物館まであるらしい。ソファーに戻ると、樹里はつい、うとうとしてしまい…、眠ってしまった―。




