新しい風
翌日の午後、樹里はロデオドライブでウィンドウ・ショッピングを楽しんでいた。ショーウィンドウに飾られたドレスを横目で眺めながら路地を進むと、素敵な雑貨屋を見つけた。そこには書籍も並んでいる。店内を見て回り、二冊の絵本を選ぶと、カードで支払いを済ませた。そして、カフェテリアでお茶をする。のんびりしていると、夕日が沈みかけていた。樹里はう~んと背伸びをすると、来た道を戻ることにした。
アパートに戻ると、通りにライアンの姿があった。
「ライアン!」
樹里が声をかけると、ライアンは振り返り、軽く手をあげた。樹里が駆け寄ると、
「君を食事に誘おうと思って。どうかな?」
そう言って真っ赤な薔薇の花束を差し出した。樹里は、その花束を受け取ると、
「もちろん、喜んで!」
と、笑顔で答えた。購入した絵本と、ライアンから頂いた花束を部屋に置いて、樹里は急いで階段を駆け下りた。すると、エントランスでつまづいて…、ライアンの胸に飛び込む格好となった。ライアンは樹里を受け止めると「情熱的な再会だね」とジョークを飛ばしたのだった。
ライアンがエスコートしてくれたお店はフレンチレストラン。
「美味しい!」
樹里は嬉しそうに、料理を口に運んでいる。
「今日は、どこに?」
「ロデオドライブに…。だけど、どのお店も眺めるだけで」
と、樹里は肩をすくめた。
「だけど、雑貨屋で絵本を見つけて。英語は苦手だけど、絵本なら読めるかな…と思って」
ライアンはクスッと笑うと、
「やっぱり読書家なんだね」
と樹里を冷やかした。
ライアン・マーティンは30歳。大学で講師をしながら、ラグビー部のコーチをやって、休日にはボランティア活動にも参加するとゆう、立派な経歴の持ち主だった―。
「実は、君に頼みがあるんだけど」
ライアンはナプキンで口を拭きながら、
「その…、よかったら、僕の授業で講義をやってもらえないかと思って」
と、カバンから詳細を記載した計画書のようなものを取り出した。樹里は驚いて、目を丸くする。
「内容は君に任せるよ。小説を書くポイントとか、体験談でもいいし」
樹里は、しばらく悩んで、
「…私に、出来るかな?」
と、不安そうに答えた。その言葉に、ライアンは優しく微笑んで、
「僕がフォローするから大丈夫。それに、いい気分転換になると思ってね」
そう言って、ライアンはグラスに残っていたワインを飲み干した。
食事を終えてライアンと別れると、樹里はアパートの部屋に戻った。そして、薔薇の花束を手に取ると、カードが添えてあることに気がついた。カードには、
《Tomorrow is another day. Rian》
『明日は別の…』よく、わからない。樹里はシャワーを浴びて、一息つくとメッセージカードの意味をパソコンで調べた。『明日は明日の風が吹く』なるほど。これもまた、意味深な言葉。『なるようになるさ』ってことなのか…? きっと、ライアンにも自分の世界があって、キャパシティーが広いんだろうな…と、樹里は思った。そして、そのまま資料をまとめることにした。実際、教える立場にないことはわかっていたけれど、いい機会だと思い、気楽に取り組むことにしたのだった。小説を書くようになったきっかけは…。
樹里は目を閉じた。思えば、読書感想文を書くにも、あらすじだけを読んで適当に原稿用紙を埋めるような子供だった。なんでも好きなことを言えたし、もっと活発だった…。しかし、いつからか現実逃避するように、執筆に取り組むようになっていた。…ここでも自叙伝が1冊出来上がりそうな勢い。それを簡潔にまとめ、なんとか仕上げることが出来た―。




