声を聞かせて
気持ちに応えようと樹里を抱きしめたが、本心は遠くにあるようだった。目は虚ろで、まるで操り人形のよう…。
「何があったんだ?」
マットは真相を聞きだそうとするが、樹里は肝心なことを話さない。その気になれず、樹里の身体をそっと引き離しキッチンへ行くと、グラスに勢いよく水を注いで、一気に飲み干した。そして、もう一度グラスに水を注いで樹里に渡した。すると、樹里はグラスの水を飲み干し、大きく深呼吸をすると、モールでの出来事を打ち明けた。
「まだ、信じられなくて。全部…忘れたかったのに」
しかし、樹里は冷静になって考えてみると、すべてが空回りしていることに気がついた。こうしてマットに縋 (すが)ることも、すべて。
「…マットは、セシルのことで責任を感じただけなのよね」
と、投げやりに言った。そして「もう帰るわ」と立ち上がった…そのとき、手を滑らせて、持っていたグラスを割ってしまった。唖然とした樹里は、その場に立ち尽くしてしまった―。
マットは樹里をもう一度ソファーに座らせると「気にしなくていいよ」と言って、割れたガラスの破片を手早く片付けた。
長い沈黙が続いた。目覚まし時計の針の音だけが、やけに大きく聞こえた…。そんなとき、深夜にもかかわらず電話のベルが鳴り響いた。
「もしもし…」
電話の相手は女性のようだった。…どうやら、かなり興奮している様子。受話器を置いたマットは、眉間にシワを寄せ、表情が険しくなっている。
「悪い、…送るよ」
マットに急かされるがままに、樹里はクルマに乗り込んだ。
「何があったの?」
樹里は他人のことを考える余裕などなかったが、心配せずにはいられなかった。すると、マットが重い口を開いた。
「電話の相手はセシルだ。ジェシカが…、病院に運ばれたって―」
病院に駆けつけると、ロビーにはセシルの姿があった。樹里はアパートには帰らず、マットについてきていた。セシルは樹里の顔を見るなり、
「あんたのせいよ!」
と、怒鳴り散らした。マットが宥 (なだ)めると、ようやく落ち着きを取り戻した。そのとき、奥からライアンと、アレックを抱いたシャーロットがやってきた。
「大丈夫だよ。派手に階段から落ちたらしいけど、擦り傷と打撲だけで済んだから」
ライアンからの報告に、全員が安堵した。樹里を見つけたシャーロットが、
「ジュリも、心配かけてごめんなさい」
と、眠っているアレックをしっかりと抱いたまま、声をかけた。
「今夜はこのまま入院することになったから、僕たちは一度家に戻るよ」
そうして、ライアンとシャーロットは病院を後にした。
セシルは、ソファーに座ってうつむいたまま「ごめんなさい…」と、小さな声で言った。マットはセシルのおでこに優しくキスをすると、「ジュリを送ってくる」と言い残し、その場を離れた。
マットは樹里をタクシーに乗せると「…今は、ほっとけないから」と、申し訳なさそうに言った。樹里も「わかってる」と答えてマットと別れた。そして、樹里はひとりアパートに戻ると、泥のように眠った―。




