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記憶の欠片

 派手にクラクションを鳴らして、セシルが迎えに来た。セシルのクルマは、真っ赤なオープンカー。樹里が乗り込むと、クルマはサンタモニカを目指して、勢いよく発進した。


「あれ? ジェシカは…?」

「あぁ、あの子なら来ないわよ。急に撮影が入ったとかで…」

 セシルは、白いTシャツにジーンズといったカジュアルな装いに、大振りなゴールドのリングピアス。そして、真っ赤なルージュにシャネルのサングラスをかけて、まるで女優のよう。実際、父親が何軒ものレストランを経営してるとゆう、本物のセレブだ。樹里も、一応オシャレはしているが、セシルには到底かなわない。

 

 サンタモニカ・プレイスに到着すると、セシルは樹里をジュエリー・ショップやブティックを連れまわした。そして、フードコートでフローズンヨーグルトを食べて…。いくつものお店を見て回ったが、最終的に樹里が購入したものはクリスタルのペーパーウェイト。ハイヒールの形をしていて、まさに "ガラスの靴" 。樹里が手にとって眺めていると、

「そんなもの買って、どうするの?」

 と、セシルは鼻で笑った。実用性がないものには興味がないらしい。一方のセシルは、把握出来ないほどに紙袋を抱えていた…。


 しばらくするとセシルが「荷物、置いてくるから、ここで待っててね」と言い残し、たくさんの紙袋に苦闘しながら、パーキングへと向かっていった。樹里は屋上のオープンデッキでビーチを眺めていた。そのとき、あるメロディーが頭の中でよみがえった。…悠二の好きな曲だ。

 

 "もし自分を見失っても見えるはずよ、あなたはきっと私を見つけるわ…" 

 

 それは洋楽のバラード。英語の得意な悠二に、歌詞カードを訳してもらったことを思い出し、樹里は感傷に浸っていた。


 その後、30分以上経ってもセシルは戻ってこない。心配になった樹里は、記憶を頼りにパーキングまで行ってみるが、そこにセシルの姿はなかった…。そして、セシルに置いてけぼりにされたことに、ようやく気づいたのだった―。


 樹里は気を取り直して、アパートまで、自力で帰ることにした。バス停を見つけ、アパートの方へ行くバスを見つけようと、路線図を確認する。すると、

「お姉ちゃん!」

 その声に振り返ると、そこには梨奈の姿があった。


「どうしたの? サマーキャンプは?」

「…おもしろくないんだもん。だから、パパに迎えに来てもらって」

 梨奈は下を向いて、小石を蹴るポーズをとった。

「それで…?」

 すると、梨奈は嬉しそうに大声で、

「梨奈、お買い物に来たの。パパと一緒に!」

 梨奈がそう言ったとき、梨奈を呼ぶ男性の声が耳に入った。声がする方に目をやると、そこにいたのは…悠二だった。


「パパ見て! キャンプで仲良くなったお姉ちゃんだよ!」

 樹里は悠二と視線が合うと、急に頭が真っ白になった―。


「お姉ちゃん…?」

 梨奈の声に、樹里はハッと我に帰ると、「また…ね」と精一杯の笑顔を作って、その場を走り去った。それからのことは、何も覚えていない。


 どうして悠二が? どうして梨奈ちゃんと? どうして…。とにかく、アパートへ帰らないと。そして、頭の中でよみがえった曲が、ずっとリフレインしている。


 "どんなに時が過ぎても、もしあなたが倒れそうになったら私が受け止める。あなたを待ってるわ。どんなに時が過ぎても…"


 樹里は混乱したまま、ひたすら歩き続けた。まるで、迷子になった子猫のように―。

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