不死身
節家先輩が先程の試験と同様、ファイティングポーズをとる。さっきの戦闘で汗をかいたからだろうか、窓から差す日の光に反射し、体からうっすら湯気がたちのぼっている。
だが、残念ながら体力を消耗した気配はないし、かすり傷一つ負っていない。
それでも石場との試験での収穫はあった。
先輩の魔物があのカラスであり、その能力が口から火を噴くことがわかった。姿形はごく普通のカラスで、魔物であることを知らなかったらかなりの確率で不意をつかれていただろう。
逆に言えば、カラスが魔物だと分かっていれば発現していない僕にも勝機はある。
石場にかなり接近して火を噴いていたことから、射程範囲はそれほど広くないと予想される。僕を油断させるためにわざと近距離で攻撃させた可能性もあるが、発現してない相手にそこまで慎重になるとは考えにくい。
それにホバリングして1分近く燃やし続けていたことから長時間炎を浴びなければ致命傷は避けられるはずだ。
さらに本物そっくりの見た目ということは本物のカラス並みの身体強度しかない可能性もある。火を吐くときは動きを止めるから、その瞬間を狙って引っ掴んで地面にでも叩きつければカラスを倒せるかもしれない。
魔物は発現者が生きている限り死ぬことはないが、魔物自身が致命傷を負った場合は強制的に姿を消し、しばらくは再召喚できない特性がある。
それができたとしても先輩にボコボコにされる可能性が高いが。
ザッザッザッ
先輩が構えたまま近づいてくる。格闘戦をするつもりか。いや……
バサバサッ
背後からカラスが飛んでくる。挟み撃ちか。
横に逃げようかと左右を確認するが、黒い影が目に入る。嫌な予感がする。
ここは前に出る。
接近する先輩にぶつかる様に両腕でガードしながら近づく。
バシンッ
とガードの上から左のパンチを受ける。細身のからだから繰り出されたとは思えない威力に一瞬足が止まる。
次の瞬間、左頬に岩がぶつかったような衝撃が走る。前進していた勢いも手伝って足がもつれるが、なんとか踏みとどまり、そのまま先輩の後ろに回り込む。
「よく倒れなかったな」
先輩が身構えたまま話しかける。
「ボクサーのフックが見えないってほんとですね」
空手をかじった程度だが、そこそこ戦えると高をくくっていた。
発現者の戦闘での格闘は魔物の攻撃を当てるプロセスに過ぎない。ほとんどの場合は拳で殴るよりも魔物に攻撃させたほうがはるかに強いのだから当然だ。
目の前の先輩はそれを熟知し、実践している。
転んでいたらカラスに焼かれていただろうし、こちらが反撃のために立ち止れば同じく後ろから火炎放射が来ただろう。
先輩のボクシングは相手の動きを止めるのが目的だ。まともになぐり合ったらそれこそカラスの的になる。
「ついでにお尋ねしたいんですが、両脇のカラスも先輩の魔物ですか?」
横に逃げるのをためらったのは残りの2匹のカラスが左右にそれぞれ見てとれたからだ。
はじめは魔物は1匹だけで他は本物のカラスかとも思ったが、僕を囲むようにいるのはどうも不自然だ。
「ノーコメント」
節家先輩が答えるも、左右のカラスはテトテト地面を歩きながら僕の後ろに回り込む。さきほど背後から飛んできたカラスは先輩の前に出てくる。
最悪な展開だ。
魔物を複数体発現する者も存在する。原則1人の発現者につき1体の魔物が発現するのだが、複数体で1つの魔物という概念も当てはまるため珍しいことではない。
殺し合いをする試験場に野生のカラスが3羽もいることがそもそもありえなかった。事前に先生たちがチェックするはずだし、試験中に学園の大事な財産である上級生がカラスのせいで負けたなんてことになったらシャレにならない。
ここにいる3人の先生はみんなこのカラスたちが先輩の魔物だと知ってたから、この模擬戦場から外に出さなかったのだ。
3羽のカラスがゆっくりと歩きながらその包囲網を狭めてくる。
リスクは承知で1羽ずつ片づけるしかないか。
正面の奴はまずい。後ろに先輩がいるから迂闊に攻撃できない。とりあえず右後ろの奴からいこう。ゆっくりと制服の上着を脱ぎ、闘牛士のごとく広げて構える。
ゆっくり後ずさりながらそれとなく右後方のカラスとの距離を測り、一気に振り返って上着をかぶせる。
カラスはクチバシをひらいて炎を吐き出し、上着を焼き払う。振り向いた僕の背後から2羽が飛び上がり、同時に火炎放射する。
間一髪後ろからの炎を避け、ジャケットを燃やしたカラスの右に回り込む。まだ炎を吐き出している首根っこを掴み、強く握り締める。
カラスの首がパキッと折れた。
よし、これで残りは2羽……が、首の骨を折ったはずのカラスはばさばさと羽を振って暴れ続けている。
なんだこれ。
すぐにカラスが消えてなくなると思っていたが、首を折られてもまだ暴れまわっている。そのまま地面におもいきり叩きつける。
ベチッと鈍い音がした。間違いなく全身骨折に内蔵破裂のはずだが、一瞬ぐったりとなっただけですぐに飛び起き、何事もなかったようにこちらを見つめる。
「どういうことだ、なんで消えない」
先輩が僕の疑問に答える。
「俺の魔物の名前は不死ガラスっていうんだ。死なないカラスと書いて不死ガラス。当てが外れたか?」