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日帰りスキーなんていかがでしょう?

 要は、これは綾音のアリバイ作りなのであった。

 郁己は今、車に揺られてスキー場へ向かっている。

 新年早々のスキー場なんて混んでるだろうと思うのだが、またそういうのがイベントっぽくいいらしい。

 

 和田部教諭の車の中には、教諭を含めて五人。

 運転は教諭として、助手席には綾音。後部座席は、晴乃がいて、郁己、そして勇太である。

 両脇を女子に固められて、なんとなくハーレム気分。

 境山には心のなかで謝っておこう。


 事の起こりはこうだ。

 そもそも綾音が、和田部教諭とスキーに行こうと計画していたらしい。

 先月出会ったばかりだというのに、恐ろしい速度で打ち解けている二人だが、傍から見ていると実に似た者同士なのが分かる。

 異性運が無くて、自分の欲望に忠実で、そのくせ世話焼き。

 違うところは、和田部教諭は打たれても打たれても再生する強靭さを持っているが、綾音はちょっとヘタレというところだろうか。

 割れ鍋に綴じ蓋という感じで、なんか見ていて、良いカップルではないかと思えてくる。


「でも、本当に驚いた……。まさか、兄さんの新しい彼女さんが、坂下くんのお姉さんだったなんて……」


 晴乃が呆れたように呟く。

 こちらは知っていたのだが、彼女は綾音を見ても、郁己を連想するには至らなかったのだろう。

 今日、和田部教諭が迎えに来た車に、郁己と勇太がどやどや乗り込む時、彼女は目を白黒させていた。


「実はうちの姉で……」

「ひえええ、世界が狭いにも程が有るわ」

「しかも和田部が相談してきたあのスケートの日の晩に出会ったらしくてな」

「どういうタイミングよ!?」

「あれれ、晴乃ちゃん今日は一人? 境山くんは?」

「ど、どうして境山が出てくるわけ!?」


 賑やかな後部座席に、和田部教諭が目を細める。


「うん、引率っていう立場なら、綾音さんのお父さんにも申し開きが立ちそうだ……」

「なんかごめんね、うちの父さん心配症で……」

「いやあ、他人事じゃないから気持ちは分かるよ。うちは男だから放置されてるけどさ」


 そんなこんなで、今はちょいと混みあった高速道路。

 渋滞という程でもないが、びゅんびゅんかっ飛ばすには車間距離がちと近い。

 正月明けで、帰省する人々もいれば、これから長めの休みを観光地で、って言う人もいるのかもしれない。

 実際、郁己達がそのケースな訳で。


 トンネルを抜けると、そこは一面の雪景色。

 さっきまでチラホラと山間に見えていたけれど、こうやって間近になれば、雪の多さにテンションが上がる。


「おおー! すっごい積もってるよ! 家の周りに積もると結構困るけど、スキー場だとまた別だねー」

「そりゃあ、積もらなきゃ商売にならないじゃない」


 冷静な風だが、ちょっと春乃もウキウキしている。

 勇太が郁己にのしかかる形で、晴乃の側にある窓に張り付こうとするから、重いやら気持ちいいいやらで大変である。


「おーい、車の重心が、重心がー」

「勇太、早く戻って、戻って」

「はーい」

「勇太?」


 晴乃が、綾音の発した呼び名に首を傾げる。

 綾音がしまった、という顔をして、


「やーね、愛称よ、愛称。勇ちゃんはずっとお隣さんだもの、親しみを込めて、ね?」

「あー、よくありますよね。男の子っぽく呼んじゃうの」


 晴乃はその言い訳をコロッと信用したらしい。

 元の位置に戻った勇太が、何やらダラダラ汗をかいているが、これは冷や汗だ。

 今のは心臓に悪かった。


「まあ、でも金城さんが男の子でも別に驚かないよね。凄く活発だし、誰とでもすぐに仲良くなるんだもの。あんまり、女の子女の子してないって言うか」

「ふぁっ!? おお、おれ、私は女の子だよ晴乃ちゃん!」

「あはは、冗談よ。私だって金城さんの着替える所見てるんだし、男だって思ったりしないってば」

「あは、ははは、そ、そうだよね」


 なんというスリリングな会話だろうか。

 だが、今の晴乃の会話を天然っぽい、などと言ってはいられまい。誰だって、裸まで見たことがある女の子が、実は男だなんて思いもしないのだ。

 楓みたいなパターンは特別中の特別である。

 だが、このまま和田部教諭と綾音の付き合いが続けば、郁己に一番近しい勇太の秘密を隠しておくことは難しくなるかもしれない。

 せめて18歳の時まで誤魔化せれば……なのだ。



 さあ、スキー場に到着である。

 どんと目の前に構えるロッジは人で賑わっていて、まだそれなりに早い時間だというのに、山ではもこもこした人影が何人も滑っている。

 明け方からやってきて滑っているのだろう。

 駐車場を確保して、荷物を持ってわいわいと降り立つ。


「じゃあ、私たちは早速滑ってくるね!」


 勇太が元気よく先陣を切る。

 今日の面子は、彼女以外、副委員長で真面目ちゃんの晴乃とメガネ坊主の郁己という、明らかにインドア系二名である。

 インドア派にしては動ける晴乃だが、やはり体育会系である勇太には勝てない。


「金城さん、待ってー!」


 スキー板を担いで、ぴょんぴょん飛び跳ねるように先行する少女を追いかける。

 郁己も晴乃も、スキーの経験が浅いというので、まずは初心者コースから。

 雪山をほどほど上ったところで、勇太が振り返る。

 後ろの二人は、結構な運動量と、案外重いスキーブーツで肩で息をしている。


「……一休みしよっか」


 そういうことになった。

 三人並んで腰を降ろして、一息。


「なんというか……」


 晴乃がボーっとしながら呟く。


「冬休み前から、ずーっと遊びっぱなしっていう気がする……。これでいいのかな」

「いいんじゃね? 和田部は別に特進行くわけじゃないんだろ?」

「まあ、そうなんだけどね。内部進学狙いだし」


 確かに、十二月半ばのスケート辺りから、ずっと遊び通しだ。

 境山も色々活躍していたような気がする。


「そういえば、境山はどうしていないんだろう?」

「ええっ!? 境山くんは私に関係ないでしょ?」


 そう言いながらも、必要以上に晴乃がうろたえている。


「彼は、お正月は実家に帰ってるの。もう、家によって年始の過ごし方は色々なんだから、来れなくてもおかしくないでしょ」

「あれ? あれれ? なんで晴乃ちゃん、境山くんの年始の予定知ってるの?」

「そ、それはっ! 甘酒で寝ちゃった私を家まで送ってくれたからよ」


 最後の方はボソボソっと。

 堅物な副委員長も可愛いところがある。

 しかし、妙に勇太は境山の事を気にかけている。

 別に二人の仲を取り持ったわけでも……。


「それじゃ、そろそろ行きましょ! 金城さん、簡単なのから教えてよね」

「はーい! じゃあボーゲンからかな? スキー板つけてー」

「ほいほいー」


 三人並んでゆっくりと滑り降りる。


「お、綾音姉ちゃんだ」


 勇太の目線の方向には、ゴンドラに乗って中級者コースへ向かっていく、綾音と和田部教諭。


「初心者の私を放っておいて、彼女と遊びに行くのはいかがなものか……」

「晴乃ちゃん、落ち着いて」

「まあ、俺らは俺らで適当に滑って、昼飯を食おう……」


 日は高く、まだまだ一日はこれから。

 三人は、のんびりとボーゲンで麓を目指すのであった。

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