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ある日のことだった。
体のことを心配し、病院を勧める冴に、笑うか言葉でごまかす武瑠がいた。
彼が冴に言う言葉と言えば、
「大丈夫、近日中に決着するから。」
ばかりであった。
先日は、ソファでうたた寝する武瑠を気遣い、起こした時に触れた手を思い切り払い退けられ、睨まれた。
「触るな…!」
言った後の顔は見物だった。
「なんで冴が此処に…。」
そう言って口を塞ぎ静かに立ち上がった武瑠は、例の部屋に入り鍵を掛けた。
冴は時が止まったように固まっていた。
「ふうっ・・・。」
数分ほど経って、深いため息が漏れた。
冴は、彼が寝ていたソファに額を付けてもう一度ため息を吐いた後、立ち上がり部屋を見渡した。
(いつまでここに居られるのだろう、武瑠は私に触れられるのも嫌なんだ。)
そう考えている冴えは、武瑠が今、大きな事件に関っていて、裁判の真っ最中なんだろうと考えた。
その仕事を手伝っているのが事務官の清水と言う女だ。
この事案が落ち着いたら、武瑠は、彼女から猛烈なアピールを受けるんだろう、自分とのことに距離を置いている彼にとって、共に戦った清水はとても大切な存在になっているだろう。
ふと自分の手を見つめる冴。
彼女は思い出す、この手を振り払った時の武瑠あの目を。
憎らしいものを見るような目が脳裏に浮かんで泣きそうだった。
弱くなった心に蘇るのは、家に押し掛けてきたあの可愛らしい事務官の声。
彼女から溢れる自信、オーラ。
倒れたことすら教えて貰えない事実。
(そんなにも私に関わって欲しくないのか。)
怒りよりも先に冴は飽きれてしまった。
別れ話を切り出したいであろう彼が自分に向けた僅かな笑顔。
そんな些細なことに縋っていた自分に。
冴は独り部屋で考えた。
(別れた後、どうしよう、)
と言う事に結婚の時に仕事は辞めてしまった。
(住む所は?)
きっと、武瑠のことだ。
法律にかかわる者として、十分な慰謝料は払ってくれるだろうが、あの清水が良い顔をしないだろう。
(頼る人はいない、どうしよう、どうしよう。)
ふと浮かんだのが武瑠の両親の顔。
自分には身内がいないこともあるのだろう、冴は浮かんだ顔を頭を振って消した。
無限のループにはまったまま、冴は考えることを放棄した。
つづく




