表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

6

 それ以降、道中に大きな襲撃はなく、一行は予定よりも早くグラーツェルの城門へとたどり着いた。


 グラーツェルは王都とシュトラールを結ぶ要衝の交易都市である。

 城郭の中には大小さまざまな市場が並び、諸国から集まる物資や贅沢品が取引されていた。

 そしてこの都市から続く北街道は“輸入の要”――他国からの品がここを経て、王都や周辺領へと流れ込むのだ。


 一行はまず、市の中央広場近くにある宿泊館へと落ち着いた。

 石造りの外観に赤い屋根瓦を頂いたその館は、広々とした玄関と温かな食堂を備えている。

 クラウディアは馬車を降りると、軽く外套の裾を整え、宿の一室に案内された。


 やがて扉を叩く音がし、キミトフが入ってきた。

 「クラウディア様、これからの段取りですが……」

 窓の外へ視線を流しながら、キミトフは低い声で続けた。

 「侯への面会を求める使者を先に送りますか?」


 クラウディアは小さく首を振る。

 「いや、まず商人ギルドに向かう。おそらくは賊の相談だとは思うが……グラーツェル侯ではなく、私に手紙を寄越したのが気になる。相談の内容も記されていなかった。――つまりは、大きく口にはできない事柄なのだろう」


 キミトフは頷き、背筋を正した。

 「承知しました。商人ギルドに使者を送ります」


 「その後にグラーツェル侯へも使者を出せ。祖父の代からの付き合いで見知った仲だ。顔くらいは出さねば失礼だろう」


 「了解しました」


 クラウディアは椅子の背に身を預け、ようやく表情を緩めた。

 「やっと着いたのだ。一息つかせてもらおう。半刻後に食堂に全員集合だ。――今日ぐらいは酒も飲ませてやろう、当然だが私のおごりだ」


 キミトフは口元をわずかに緩め、深く一礼すると部屋を後にした。



 翌朝。



 窓から射し込む柔らかな陽光の下、クラウディアは姿見の前に立っていた。

 長い髪を丁寧に梳き、艶やかに整える。動作ひとつにも気品が漂い、華麗な令嬢の面影を映していた。

 衣装台に置かれた上着を取り、貴族的な仕立てのスラックスの皺を指先で正す。


 そのとき、扉が二度ノックされた。


 「クラウディア様」

 キミトフの声が続く。

 「商人ギルドから返事がありました。――いつでもお越しを、とのことです」


 クラウディアは鏡越しに己の姿を一瞥し、静かに頷いた。

 「では、向かうぞ」


 グラーツェルの商人ギルドは、中央広場に面して建てられていた。

 石造りの堂々たる建物は二階建てで、玄関には紋章が彫り込まれた大扉が構えられている。

 朝早くにもかかわらず、出入りする商人や文官らしき人物が絶えず、帳簿や巻物を抱えた若者たちが忙しなく駆け回っていた。


 重厚な扉を押し開け、クラウディア一行はギルドの中へと足を踏み入れた。


 帳簿を抱えた若者や、商談に向かう商人たちのざわめきが広いホールに満ちている。

 その中で、シュトラール家の紋章を掲げた一行が姿を現すと、視線が一瞬だけ集った。

 クラウディアは気負うことなく歩みを進め、受付へと向かう。


 ちょうどその途中、奥から慌ただしく駆け寄ってきた壮年の男が深々と頭を下げた。

 「クラウディア様――ようこそお越しくださいました。商人ギルド長がお待ちしております。どうかこちらへ」


 男は姿勢を正し、一行を奥の応接間へと導いた。


 案内役に導かれ、一行はギルドの奥にある応接室へと通された。

 磨き込まれた机と椅子が並ぶ静かな空間。その奥で待っていた壮年の男が立ち上がり、恭しく頭を下げる。


 「クラウディア様……遠路はるばるお越しくださり、感謝の言葉もございません」


 男はこの街の商人ギルドを束ねるギルド長であった。

 恰幅のよい体に豪商らしい衣を纏っているが、顔には深い疲労と焦りの色がにじんでいる。


 クラウディアは椅子に腰を下ろし、落ち着いた眼差しを向けた。

 「手紙には詳しいことが記されていなかったな。――それで、話というのは?」


 ギルド長は唇を噛み、机上に置かれた両手を強く握りしめた。

 「……賊の件でございます。ここ数月、街道に出没する賊の数が急増し、被害は看過できぬほどに膨れ上がっております」


 「グラーツェル侯に訴えは?」

 クラウディアの問いに、ギルド長は深い皺を刻んだ顔を曇らせた。


 「幾度も陳情いたしました。しかし、状況に大きな変化はなく……。商人達も不安に駆られ、声を上げ始めております」


 クラウディアは静かに目を細め、卓上に指先を軽く置いた。

 「なるほど。――だからこそ、私に直接手紙を送ったというわけか」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ