Eternal Glory
「ここで、雇ってください」
寒い朝の事であった。
一人の少女が、トレノの町のロゼッティ家の門を叩いた。
「誰です?こんな朝早くに…」
守衛が欠伸混じりに、訪問者の顔を覗き込んだ。
少女は、なおも続ける。
「ここで、働かせてください。私にできることがあれば何でもします」
「…お嬢さん、ちょっとお待ちになってください。今、メイド長を呼んできます」
「…どうも、ここでメイド長をしてます、ダリア・ワイエルビューと申します。…貴女、ここで働きたいということですが、…その理由を聞かせてもらってもいいですか?」
ロゼッティ家の客間に通された少女は、メイド長であるダリアと対面した。
しかし、
「あっ……、はい……、すみませ、…はい」
ロゼッティ家の壮麗な客間がそうさせたのか、あるいはダリアに"圧"を感じたのか、少女は萎縮して小さなか細い声で喋ることしかできなかった。
「…あのですね、すみませんが、理由を話していただけないとですね、こちらとしてもお仕事をお任せすることができないんです。…話していただけますか?」
「…あ、すす、すみませ、はい…」
「うーん…、お話ししていただけないという事ですと、すみませんが…」
「えーいいじゃん、雇ってみようよこの子」
横から、この家の住人、ナタリア・ロゼッティが口を出した。
「ナタリアちゃん、でも…」
「えーだってさー、普通人には話せない事の一つや二つあるんじゃないの?ダリアだって昔『いつか言う』って言ってた事いつになっても教えてくれないじゃん」
「…わかりました。貴女を雇いましょう」
「ほ、本当ですか!」
無邪気に喜ぶ少女に、「ただし」とダリアは条件を付け加えた。
「とりあえず一ヶ月だけです。それ以上契約するかどうかはまたおいおい考えます」
「え〜一ヶ月だけとかケチだなーダリアは。ずっと雇ってあげたらいいのに」
「…もう、ナタリアちゃんはいいから。メイドを雇うかどうかは奥様から全て私に委ねられているからさ、口出さないでもらえる?」
「わーダリアキレた、こわーい!」
ナタリアが茶化すのを意に介さず、ダリアは契約書を取り出した。
「では、ここにサインしてください」
少女は、渡された羽ペンを震える手で握りしめながら、契約書にサインした。
「…ミラ・J・ドゥーエさんですか。これからよろしくお願いします」
「はい、私の事はどうぞミラとお呼びください。こ、これからよろしくお願いいたします!」
…ダリアが危惧していたように、最初の一週間はミラはおどおどしていて、どちらかというと仕事に対して消極的であった。
だが、しばらくして環境にも慣れ仕事を覚え出した頃、ミラは本領を発揮し始めた。
彼女は10才とまだ若いこともあり、好奇心旺盛で気になったことを何でも質問した。
気質も優しく穏やかで、自然とロゼッティ家の者皆に好かれるようになった。
もはや、一ヶ月でクビを切ろうなどという意見はどこからも出てこず、それどころかむしろもっと長く働いてほしいというのがロゼッティ家の総意であった。
…だが、その一方で密かに頭を抱えている人間がいた。
ダリア・ワイエルビューだ。
「あー、……やっぱり私、ミラさんに怖がられてる気がするんだよね」
ダリアはナタリアの部屋のベランダの柵にもたれ一人黄昏た。
「そうなの?あたしは別に問題ないように見えるけど…」
ナタリアは腕立て伏せをしながらダリアに声をかけた。
「…まああたしの主観なんだけどさ、お爺様とか他のメイドさんとかと話してる時の方が表情が柔らかい気がするんだよね。…やっぱり最初の第一印象が良くなかったのかなぁ」
「…本人に聞いてみないとわかんないことって意外といっぱいあるよ。とりあえず聞いてみたら?」
「…ナタリアちゃんはすごいな。私にはできないことをなんでもやってのけるんだからさ」
「あたしにだってできないことはあるよ。あたしにはダリアみたいに丁寧な作業は苦手だしさ。…大丈夫だよ。ダリアならできるよ」
「…失敗したら慰めてくれる?」
「もちろん。頑張っておいで」
「…ありがとう。やってみる!」
ダリアはバタバタとナタリアの部屋を出た。
「あいよ。いっておいでー」
ナタリアは汗を拭き、爽やかな笑顔でダリアを見送った。
「ねえ、ミラさん、休憩中ごめんね。ちょっといい?」
休憩室でまかないのパスタを食べつつ談笑中だったミラの顔は一瞬で引きつった。
「…なんでしょうか、メイド長」
「ちょっと、一緒に来てもらえますか?」
「…わかりました」
「…ねえ、ミラさん、単刀直入に聞くけど、私の事怖いと思ってる?」
「へえっ!?…どっ、して、そんなこと聞く、…んですかっ!?」ミラはおどおどしながら顔を手で隠した。
「…やっぱり同じ職場の人とは仲良くしたいなぁって思って。…ねえ、よかったらさ、目を合わせてくれないかな?」
ダリアは腰を屈めてミラの顔を覗こうとした。
「ヒッ…、ごっごめんなさい!!しゅみません!!!」
ミラは一目散に逃げ出した。
「…ガーン」
…ナタリアちゃんに、慰めてもらおうか。
ダリアがとぼとぼとナタリアの部屋に戻ろうとしたその時、ダリアは意外な人物に呼び止められた。
「た、大変ですダリアさん!至急来てください!」
ダリアを呼び止めたのはロゼッティ家の守衛であった。
「…どうしました?そんなに急いで…」
「と、とにかく大変なんです!お願いしますダリアさん!!」
――――――――――――――――――――――
「よお、あんたがここのメイド長か。随分と可愛らしい顔してんじゃねーか」
守衛に連れられてロゼッティ家の門に来たダリアは、筋骨隆々の、髭を蓄えた男性と対面した。
「…誰ですか貴女?私は忙しいので重要な用事でなければお帰り願いたいのですが…」
「つれないこと言うなあ嬢ちゃんよ。俺はアレだ、ミラ・J・ドゥーエの婚約者だよ」
「…左様でございますか。では」
「おーっと、どこへ行くんだい嬢ちゃん!?俺はあんたに用があるんだよ。…俺はな、今すぐにミラに仕事をやめてもらいたいんだよ。あと二日後に婚礼の儀式があるっていうのに、奴ときたら仕事があるから出席できないなどとぬかしやがってよ。…なあ、メイドの雇用は全部お前さんが握ってるって聞いたからよ、頼むよ、助けると思ってよ、な?」
男は門の柵越しにダリアのスカートを掴んだ。
「…離していただけますか?」
「離さない、と言ったら?」
「…力であなたをねじ伏せます」
「グハハハ!おもしれえ!やってみろよ小娘!」
男は歯軋りしながら柵を握りしめ、歯を食いしばった。
「フン!!!」
…男が握りしめていた柵が、強烈な破壊音とともに木っ端微塵に吹き飛んだ。
「この俺を力でねじ伏せると言ったな。その自信があるなら俺と決闘をしないか?あんたが勝てば、俺は素直に身を引こう。…だが、俺が勝ったら、その時は俺の要求を飲んでもらうぜ」
「な、何を言ってるんだオマエは…!そんな決闘、ダリアさんが受けるわけがないだろう!!」
守衛は怒りを露わにしたが、ダリアはそれを制止した。
「いいですよ、その条件で戦いましょう」
「ダ、ダリアさん〜〜〜!!そんな〜〜〜!!!!」
「ははっ、そうこなくっちゃな。どっか決闘が出来る場所に案内してくれや」
――――――――――――――――――――――
ダリアは、ロゼッティ家の中庭に男を招き入れた。
いつの間にか中庭には、事の顛末を見届けようと、ロゼッティ家の家人や使用人が集まっていた。
「ククク、俺はいつでも構わねえぜ。何でも武器持っていいぜ、俺とあんたならそれでようやく対等だ」
「…ご配慮ありがとうございます。…私はこのままで戦わせていただきます」
一同が、ざわついた。ダリアは、パッと見武器らしいものを何一つ持っていなかったからだ。
「…そうかい。俺は構わねえぜ。とりあえず勝負しようや」
こいつ、素手でやる気か?ふざけやがって。俺を誰だと思ってやがる。『暴れ牛』アンドレだぞ。…こんなメスガキ軽く捻り潰してやる。
「…では、この勝負、このロゼッティ家の守衛である自分が審判をさせていただきます。異論はありませんか?」
「勿論」
「…まあ俺も構わねえぜ、好きにしてくれや」
「わかりました。どちらかが行動不能になったのをもって決着とみなします。それでは、…始め!」
守衛がそう言うや否や、男はダリアに殴りかかった。
「ぐらああああああああああ!!!!」
ダリアはヒョイとパンチをかわし、男から距離をとった。
「オラァ!!!」
すぐさま次の攻撃がダリアに襲いかかったが、それもダリアは回避した。
「いつまで、逃げ続けられるかなっ!?」
男は攻め手を一切緩めず、ダリアに猛追し続けた。
「……ハァ、ハァ、…ハァ」
なんだこのアマ。…攻撃が、ことごとく当たらねえ。
あれからパンチにキック、タックルとありとあらゆる攻撃を試したが、何一つ当たらねえ。
…やはり、体力切れを待ってやがんのか。
だったら、こうしてやる。
男はその場にしゃがみ、手を首の後ろに回し指を組み、防御姿勢をとった。
どうだ。これならば俺はこれ以上消耗することはない。
逃げてるだけじゃ勝てねえんだぜ、勝負ってのは。
かかってこい。殴りに来たとこを捕まえて捻り潰してやる。
男のとった選択は、決して悪くはなかった。
…相手がダリアでなければ。
ダリアの手に握られた"それ"を見て、男は仰天した。
幾本ものナイフが、ダリアの手中に収められていたからだ。
…なんだこのクソガキ。ふざけんじゃねえ。
男は、激昂した。その怒りはダリアがナイフを持っていたことに対してではなく、そんなもので自分を倒せると、見くびられていることに対する怒りだった。
「ウオオオオオオオオ!!!!!」
男が突進し始めるのを見るや否や、ダリアは何本ものナイフを男の元に飛ばした。
…しかし、ダリアもこれで男が倒せるとは思っていない。
ダリアにとってこの攻撃は、目眩しだった。
案の定、男は自分の顔を腕で覆うような仕草をした。
ナイフはほとんど命中せず、かろうじて当たった何本かも致命傷を残すには至らなかったが、ダリアにとってはもう関係なかった。
次の瞬間、
一瞬にして、男の目の前から、ダリアの姿が消えた。
「何だと!?」
次にダリアが姿を現したのは、その数秒後、男の背後だった。
「おやすみなさい」
男は首筋に強い衝撃を覚え、地に伏した。
「…カ、カウント開始致します!10!9!8!7!」
守衛が慌ててカウントを開始した。…だが、男はただ身体をピクピクと震わせるだけで、起き上がる気配はない。
「5!4!3!」
…尚も男は、起き上がることができず、ただ醜態を晒すのみだ。
「2!1!ゼロ!…勝者、ダリア・ワイエルビュー!」
ダリアは勝つのが当然とばかりに澄ました顔で右手の拳を掲げた。
その時、家人達の拍手に混じって、一際高い黄色い声援が響いた。
「ダリアさまーーーーーー!!!!」
…声の主は、ミラ・J・ドゥーエだった。
ダリアは驚いたが、すぐにミラの方を向いて優しく微笑んだ。
「ヴッ…!!!」
ミラは思わず顔を背け、手で顔を覆った。その両手で作られたカーテンの奥では、鼻血が滴っていた。
その光景にダリアは呆気に取られていたが、恐ろしい怒声によってすぐに我に帰った。
「グラアアアアアアアアアアア!!!!!」
…自称ミラの婚約者が、目覚めたのだ。
「ミラアアアアアアア!!!!俺の子を産めええええええ!!!!!」
男がミラに向かって突っ込んでいったため、ダリアは臨戦体制を取った。
だが、その必要はなかった。
「『解放』」
ハンマーを巨大化させたナタリアが、男の前に立ち塞がり、男が動きを止めた為だ。
「…なあお客人、今日のところはお帰りいただけるか。…正直言って、貴方はお呼びではないんですよ」
「……クソったれが、…どいつもこいつも俺に恥をかかせやがって…。ぶち殺してやらあ!!!!!!」
尚も怒りがおさまらない様子の男に、遂にナタリアの鉄槌が向けられた。
「どりゃあああああ!!!!!」
ナタリアは思い切り鉄槌を下から突き上げ、男を天高く吹っ飛ばした。
「ぐほおおおっっっ!!!!」
男の身体は宙を舞い、柵の外に落下した。
「これ以上やる気なら裁判所に来てもらうことになります。二度と来ないでください」
――――――――――――――――――――――
「…ふう、今日はくたびれちゃったね。…ナタリアちゃん、もう少し守衛の人の数を増やしてほしいんだけど、奥様にお願いしてもらってもいい?」
ほうほうの体で何とか立ち去った男の姿を見届け、ダリアは一息ついた。
「いいよダリア。…だけど、その前に、話をしてほしい人がいるんだけど、ちょっといいかな?」
「…うん、いいよ」
少し嫌そうに、ダリアはナタリアが呼んだ人物の方に向き直った。
そこには、ミラ・J・ドゥーエが、モジモジしながらナタリアの後ろに隠れていた。しかし、どこか意を決したような表情で、ダリアの目を見て言った。
「…あの、わ、わわ、私のせいで、こここんなことになってしまって、ももももうしわけありませんでした…。…くく、クビにしていただいて結構ですので、なな何卒お気のすむように処分してください…」
「…別にクビになんてしませんよ、…ただ私には話しておいてほしかったとは思いましたけど…、まあ、なかなか話しにくい事情ですしね、大丈夫ですよ。…あんな粗暴な人間が婚約者だったら、逃げ出したいと思う気持ちもわかりますしね」
「あああ、ありがとうございます…。…ここ、今後は身を粉にして働きますので、よよよろしくお願いいたします…。では…」
「…待って、ミラさん」
「…は、はひ?」
「…さっき、応援?してくれたのよね?…私の事、嫌いではない、の…?」
「あ、あ、あわわ…」
ミラは逃げ出したそうにしていたが、横にいたナタリアに促され、深呼吸し、ダリアの瞳の奥をしっかりと見つめ、言った。
「わ、私は…、…ダリアさんが、大好きなんです…。…だからいつも、その思いが昂ってしまって、ご迷惑を…。…しゅ、しゅみません…、気持ち悪いですよね…」
「いや別に?私なんかが好きってのは変わってるとは思うけど。…面白いね、貴女」
ダリアは少し背伸びしてミラの頭を撫でた。
「ひゃ、ひゃ、ひゃあ…。……こ、これからも、好きでいていいでっか…?」
「もちろんいいですよ、私もあなたと仲良くしたいし」
「あ、ありがとうございます……」
「…うん、いいね!最高だよ君達!!!」
ナタリアはダリアとミラの肩をガシッと抱き寄せた。
「ナタリアちゃん、ちょっと恥ずかしいよ…」
「た、確かに…」
「えーいいじゃんいいじゃん!今そんな気分なんだよ!ちょっと疲れたしさ、ダリアのさっきの殺人チョップの詳細も聞きたいしこのままダラダラしようぜ〜」
「別にあの男が貧弱なだけで、あんなのただのチョップだよ。…まあしょうがないから、ナタリアちゃんにちょっと付き合うよ。……でも、なんだか悪い気はしないね」
「…確かに…」
「ふふ、二人とも可愛いね!よしじゃあ一生懸命ダラダラするぞ〜」
ナタリア達は少しの間そうやって談笑していたが、ナタリア達にとってそれは永遠に続いて欲しいと願うほど素晴らしい時間であった。
三人を照らす黄昏の陽光が、彼女らの未来さえ照らすかのようであった。




