第7話 悪魔の子(2) 地底に咲いた花
お題「地底に咲いた花」
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俺は振り上げた斧を下ろした。目の前の機械人間は、微動だにしない。おそらく、外部情報信号の受信を自ら断ったのだろう。
「おい」
ゆさゆさと、肩を揺さぶる。それにしても触った感触まで、生きている人間そのものだ。
「おいってば!」
いくら揺さぶっても反応がないので、仕方なく、俺は再び彼を強制起動した。彼の瞳の奥、レンズの蓋が開いたのが見える。
目を開いた彼は無言で俺を見つめる。情報処理が追い付いていないようだ。
「私を破壊する行為は、取りやめされたのですか」
「そうだな」
「理由をお聞かせ願えますか」
「理由? ……気が変わったから」
「気が、変わった」
「いや、冗談だよ」
「じょうだん……」
「……参ったな。はじめっから、君を壊すつもりなんかなかった。さっきは、君に反撃の命令が仕込まれてるか確認するために、こわすふりしたんだ」
彼はしばらく沈黙した後、了解しました、とつぶやいた。思わず笑いが湧き出してくる。
「不満そうだな」
「そうですね。これまであまり、経験したことのない状況です。『冗談』……習熟できるよう、努力します」
俺は目の前の機械人間を眺める。彼は、人間が嘘をつくということを、まるで想定していないようだった。俺が機械人間を知らないと言えば素直に信じるし、まるで冗談も通じない。
「君の主人の性格が分かるな」
「……申し訳ありません、理解できません」
「いや、独り言だ」
「ひとりごと……」
「あー、なんだ、特に意味のないつぶやきだ。たいていの人間っていうのはさ、こういう無意味な行動をするんだよ。そういう時は、無視をするのが一番」
「……了解しました」
お互いうまくやっていくためには、だいぶ努力が必要なようだ。
*
頭上に延々と続くらせん階段を見上げ、俺はため息をつく。下りはなんてことなかったが、これを昇るのは、大分ツラいものがある。
「しゃーねーよなあ、降りてきちまったもんは……」
ここは地下数百メートルの地底シェルターだ。世界の終わり――終末戦争だとか、致死性の伝染病の蔓延だとか――を想定した、前時代の遺物。入り口も巧妙に隠され、100年もの間、誰にも暴かれずにひっそりと宝を守って来た。
その時突然体が浮いた。
「ひえっ」
「人間は長時間の運動で疲労する。私がお運びするのが合理的です」
頭の上から、人工音声の柔らかい声がする。次の瞬間には、俺は機械人間に小脇に抱えられたまま、恐ろしいスピードで階段を上がっていた。ありがたいが、何となく屈辱を感じる。
気づいた時には、地上にいた。ロボットというもののパワーの恐ろしさを、改めて俺は実感する。
「ありがとな。君、本当に良くし……教育されてるよな」
しつけられている、といいかけて、思わず言いなおした。何故だか彼にその言葉はふさわしくないように思ったからだ。
「おほめ頂き光栄です。――次の目的地はお決まりですか」
「うーん、まあ、何となくは」
「――お運びいたしますか」
機械人間のクセに、彼の言葉には隠しようもなく懇願の色がにじんでいて、俺は苦笑いする。……かわいいんだよなあ、こいつ。
「俺と一緒に、来てくれるのか」
「――はい、許可していただけるのなら」
今、この地球上で、まともに機能している機械人間は彼だけだ。他のありとあらゆる電子頭脳は、「悪魔の子」ジョン・ウィラー博士の手によって、電磁攻撃とウイルスで破壊しつくされた。
博士は狂人であったとされている。彼の行いによって、人類の文明や生活レベルは前史時代まで後退した。人類はすでに、電子頭脳の力を借りずに、自らの手のみで何かを行うことができなくなっていたのだ。
今の俺たちが前史時代と違うのは、手元に、紙に記された叡智の記録の数々が残されていることだけだった。
しかしとうとう、俺たちは彼を得た。
博士にとっては甚だ不本意だろうが、彼は人類復興の希望となるだろう。
あの地底の小部屋で、執念としか言いようのない丁寧さで梱包され保護されていた、最後の機械人間。博士の、矛盾のかたまり。おそらく彼の人生で唯一の、枯らすことのできなかった花。
「悪魔の子」が唯一人間くささを見せた相手が、機械人間だった。これは、人類の一世一代の「冗談」なのだろうか。
これだから、生きることはやめられない。
俺は一人で大笑いする。隣の機械人間は、しばらく不思議そうに俺を眺め、やがて納得したように無視をする。
やはり、彼の学習能力の高さはハンパではないようだ。




