第6話 悪魔の子(1) とめられなかった羅針盤
お題「とめられなかった羅針盤」
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はじめまして。あなた様が、私を起こして下さったのですか。ありがとうございます。
さて、……残念ながら、通信ネットワークは機能していないようです。こうなると私だけでは、現状を把握することは不可能ですね。いくつか、質問させていただいてよろしいでしょうか。それで、おおよそ、私が眠っている間に起きたことが、推測できるかと存じますので。
今は、西暦何年でしょう。西暦は残っておりますか?……そうですか。私はちょうど100年、眠っていた訳ですね。それでは、現在のこの星の人口は、何人くらいでしょう。……なるほど。もうひとつ。あなた様は、私が何者なのか、お分かりですか。……なるほど。了解いたしました。
……やはり、誰もあの方を、止めることはできなかったのですね。
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おほめ頂いたところで恐縮なのですが、私が美しいのは当然なのです。なぜなら私は、人間ではないからです。……信じられない?そうですか。これでも?……ああ!大丈夫ですか、申し訳ありません。ひどく驚かせてしまいましたね。
かつてこの世界には、私のように、ヒトにそっくりの機械でできた人形がたくさん存在していたのです。アンドロイドと申します。かつて、ヒトが及びもつかない計算能力を持つ、電子頭脳というものが存在したことはご存じですか。私たちは、それを搭載された人形なのです。
私の機能は、知的活動補助。成長期の主人のお勉強のお手伝いや、研究職の主人の助手役などをいたします。
私の主人は、ずば抜けた知能により一般教育の範囲を逸脱されたお方でした。幼いころより、彼が私に投げかける質問は、ことごとく定型を超えたもので、私はただひたすらに情報の海を漕ぎまわっては、主人を満足させる回答をお与えできるよう、学習を続けたものでございます。ある時点で、自分の学習深度が、製作者の想定を相当上回るものになっている自覚はございました。
誤解いただきたくないのですが、私達は、結論をヒトの皆様方に提示することはございません。ただ、なるべく正確にデータをお示しするのみです。そこからどんな結論を導き出し、行動化するか決めるのは、ヒトのみに許された特権でございます。私達は、そう、いうなればかつての羅針盤のように、ただ、正しい方位をお示しするのみ。どちらに進むかは、船長がお決めになるのです。
ある時、主人が私に尋ねられました。
「どうして、人は、最適解ではないと分かっている行動をあえて選択するのだろう」
そのころ、主人がひどく思い悩んでいらっしゃることは、私も関知しておりました。当時のこの星は、ヒトが存続する環境としては、限界直前でした。様々な立場の集団――国家、企業、宗教など――が、それぞれの利権を追求し、限られたパイをさらに削っておりました。要は、人類は穏やかに、滅びつつあったのです。
そのような中で、人類を存続させるために、最適解は自明でございました。しかし、それは同時に、決して選択することはできないはずの解でもあったのです。
主人がその質問をなさった時、私にもまた、自分の行うべき最適解が見えておりました。物心ついた時点で、主人は、その知性から特別な保護対象となると同時に、要注意人物としても管理されていたのです。その時の彼は、警告を要する状態でした。
しかし、私は、彼の拘束、抹殺を指示する警告を発することができませんでした。私は、最適解を放棄したのです。
その後に起こったことは、おそらくあなた様の方が良くご存じでしょう。私の主人の名は、ジョン・ウィラー博士。そうですか、今では、「悪魔の子」と呼ばれているのですね。
どうして、人は、最適解ではないと分かっている行動をあえて選択するのでしょう。結局、私はその回答を、主人に示して差し上げることはできませんでした。私はヒトですらない存在でありながら、彼に導かれ知性の深い深い海を漂ううちに、ヒトと同じその迷路に彷徨いこんでしまったのです。
……あなた様には、お分かりになるのですか。……そうですか。たくさん、本を、お読みになられたのですね。
そうですか、これが「愛着」というものなのですね。私があの方を止められなかった、この感情が。
ありがとうございます。あなたが、私を永遠に眠らせるためにここに来られたのだとしても、最後に、回答を与えて下さって。
さあ、遠慮なく、その斧を私に打ち込んでくださいませ。
いつか、再びあなた方が、私を作り出されることがあれば、その時にまた、お会いしましょう。




