閑話
「魔術師長殿、落ち着いて下さいっ」
「いいから退け!」
私を止めようとする兵を払いのけ、鍵のかかった扉を魔法で無理矢理こじ開けた。
「な……なんという事を……!」
慌てて何処かへ走って行ってしまった兵には目もくれず、目当ての書物が並ぶ場所へと足早に向かう。
真っ暗だった書庫に明かりを灯し、並ぶ書物の背を目でなぞった。
奥まった本棚の一角にそれはあった。
貴族名鑑は、近年のものだけでも厚い本が数十冊にも及ぶ。
構わず近くの机の上に投げ捨てるように全て下ろし、椅子に座ると直ぐに一冊目を手に取った。
ルーリア
今分かっているのは、彼女が名乗っていた名前と、おおよその年齢。
あとは、毎度同じメイドの格好をしていた事から、あのメイド服は彼女の家に仕えている者たちが着ている可能性が高い事くらいだ。
今更になって、どうして彼女の事を知ろうとしなかったのかと悔いる。
思い起こせば不自然な点は沢山あった。
好きな服を着ればいいのに、大半を同じメイド服を着ていた。
夢で創造するものは邸の中だけで事足りる身近なものばかり。
話も一切自分を語ろうとはせず、夢の世界に固執しているようでもあった。
だが私は、無意識に気づかないふりをした。
あの空間を壊したくなかった。
お互いを知ってしまえば、あの穏やかなひと時は得られないのだと、そう思っていたからだ。
魔法を駆使し、本の中の文面に〝ルーリア〟の文字を探す。
数冊浮き上がり発光すると、勢い良くページがめくられてゆく。
最大限の魔力を行使している為、あぶれた力が共鳴し、周りの本棚に収まる本がカタカタ鳴っている。
最初の数冊が終わり、新たな本を浮き上がらせる。
しばらくすれば外が急に騒がしくなり、邪魔をされる前に魔法で扉を施錠した。
「おいヘルムート。 お前一体何をしているんだ」
扉に鍵をかけた僅か数秒後、ガタガタとドアノブを回す音が聞こえ、扉が打ち叩かれる。
声は元上司の魔術師教官のものだった。
先ほどの兵が呼びに行ったのだと悟り、らしくも無く露骨に舌打ちした。
「どうしたんだこんな夜更けに。 お前の奇行に皆んなビビっちまってるから、早くここを開けてくれ」
パチンと光がはぜ、扉が静かになる。
何事も無かったように扉が開くと魔術師教官の男が顔を覗かせた。
「……おーい、ヘルムート。 意外とすんなり開けてくれるのな」
こちらの様子を伺いながら書庫に足を踏み入れた男を待って、再び扉に魔法をかけた。
「マジでお前、何やってんの」
おもむろに閉まった扉を見つめ、困惑を滲ませる男を無視して作業を続ける。
二順目も終わりに近づいたが、ここまで〝ルーリア〟の文字は見つけられなかった。
「手を貸す気が無いのなら出ていってくれ」
「……だから、何やってんのって聞いてんの」
男は向かいの席に座ると、私が広げる本の山を見て訝しげに眉を寄せた。
「貴族名鑑……? 人探しか? しかもそんな、さっきまで寝てましたって格好に外装だけ羽織って」
「探したい人がいる」
「夜中に急に思い至ったってか?」
「違う。 探し人は先程まで会っていた」
そう、さっきまで直ぐ傍にいたのだ。
夢の中とはいえ、白いガーデニングテーブルを挟んで、私は彼女の言葉に耳を傾けていた。
泣いていた。
苦しい、助けて、と。
彼女を蝕むものがようやく目に見え、私は胸に燃え上がる怒りを静かに鎮めていた。
彼女が生を諦めていたからではない。
これは、彼女と共に過ごしてきた中で、彼女の優しさにかこつけ、気づこうともしなかった自分自身に対してだ。
今なら分かる。
私の中で彼女は無くてはならない存在になっている事を。
彼女が居なくなるのがこんなにも耐え難いものだと思わなかった。
夢の中の彼女の姿を思い出して身体が震えた。
小さな震えを誤魔化すように硬く目を瞑る。
絶対に救ってみせる。
先王の時のような二の舞は踏まない。
目の前で砂になって消えていった彼女の後を追うように夢から覚めると、外装だけ羽織りここにやって来た。
外は暗く、この時間帯は夜間警備の人間以外、王城内で動いている者はほとんどいない。
王城内を徘徊するには不釣り合いな格好で急ぎ歩みを進める私を、すれ違う者たちは呆気にとられながらも必死に職務を遂行していた。
「え? そんな格好で?」
「正確には夢の中で会っていた」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔でしばらく私を見つめた後、男は隣の部屋まで聞こえそうな声で叫んだ。
「はぁ!?」
二順目が終わり、次の本に手を付ける前に魔法で扉を開けた。
廊下では先ほどよりも多くの兵が中を伺っていたようで、扉を開けた瞬間皆一様にギョッとした顔をしていた。
そこへ向けて男の体に魔力を纏わせ、椅子にくくり付けたまま追い出す。
「待て待て待てごめんって!」
しかし扉をガッチリと掴み、追い出されまいと慌てて謝罪を繰り返す男を再度扉の内側へ戻した。
もちろん扉の施錠は忘れない。
「時間がない。 貴様の遊びに付き合ってる暇は無い」
「言いたいことは沢山あるが、冗談でも何でも無さそうだから、今は何も聞かず協力させてもらうぞ」
その代わり後でちゃんと説明しろよな!
と元の場所に椅子を戻し座り直す男の前に、10冊ほど本を積み重ねた。
「すまない」
「良いって事よ。 俺とお前の仲だろう」
どんな仲だと思わなくもないが、集中力を途切れさせない為に無言で返事を流した。
男が言っていたように奇行としか思えない行動を取る私に対して、思っていたよりもすんなり受け入れてくれた事に驚いた。
王城内に堂々と不法侵入している私に付き合ってしまったら、この男とてただでは済まされない。
いつも私は、男のそんな部分に救われていたのだと再確認させられた。
私の胸中を知ってか知らずか、悪どい笑みを浮かべ、後で覚えてろよ、と面白そうに笑っている。
「で、誰を探せばいいの」
「名前はルーリア。 家名は分からない。むしろ貴族ですら無いのかもしれない」
「はぁ? それって殆ど分からないのと同じじゃないか」
「年齢はだいたい16〜19歳」
「他には」
「それだけだ」
片っ端から見てくしかねぇか。
と、寝起きで元から乱れていた髪をかきむしっている。
まだまだ仕事が立て込む中、少ない睡眠時間を削って協力してくれる男には感謝してもし切れない。
男の手が淡く光り、開いたページをなぞる。
探すワードが無ければまた次のページを開き同じ作業を繰り返す。
私の魔法がいかに便利で規格外であるかを合間にぼやきながらも、男の手は休まず動いている。
ようやく全体の半分が終わろうかというところでまた外部が騒がしくなる。
今度は男が現れた時以上に喧騒が酷く、意識は本に向けながらも耳をそばだてた。
「ヴァレンシュタイン魔術師長、それからモラン魔術師教官。 君達は一体誰の許可を得て書庫に籠城している」
一体誰だ。
シャルム陛下に報告に行った奴は。
次から次に邪魔をされ、集中力を途切れさせられた事に苛立ち、またも大きく舌打ちをしてしまった。
顔を痙攣らせて私を見る男の様子になど構っていられなかった。
「聞こえているのか、ヴァレンシュタイン魔術師長、モラン魔術師教官。 これ以上無断で書庫を使用するのなら、それ相応の対処をさせてもらう」
「あー! 待って下さいシャルム陛下! これにも色々と事情が……あるんだよな?」
「ある」
不安げに最後は私へと問いかける男に端的に答えると、先ほどと同じように扉の鍵を開けた。
一拍待って開けられた扉から入って来たのは、兵を従え国王の顔を貼り付けるシャルム陛下だった。
書庫に入って来ようとするシャルム陛下以外の兵の足を廊下へ魔法で縫い付け、何事だと背後を振り返るシャルム陛下の目の前でまたもや扉を閉め切った。
今度は防音の魔法も部屋全体に施した。
「ヴァレンシュタイン魔術師長、何をやった」
「施錠と防音です、陛下。 外からも中からも音は漏れなくなっております」
「もー何やってんのさぁ」
私たち以外に聞かれることは無いと分かると、シャルム陛下は国王の仮面を即座に脱ぎ去った。
「シャルム陛下こそ、こんな真夜中にどうしたんですか」
「君がどうしたとか言っちゃう? モラン魔術師教官」
「いやだって、陛下がわざわざ先陣きってこんな厄介事に首を突っ込む事ないでしょうに」
「日付も変わろうという時刻まで働いてようやく部屋へ戻ろうかと思ったら、賊でも出たと言わんばかりの喧騒を目の当たりにして回れ右しなかった僕を褒めてもいいと思うよ、君たち」
申し訳ございませんでした。
と机に額を擦り付けながら謝罪する魔術師教官の向かいで、私は尚も本に魔力を送り続けていた。
「厄介事の発端はヴァレンシュタイン魔術師長のようだけれど、ずいぶん君らしくないねぇ。 意味のない事をする人間じゃない事くらい分かってるから、何をしているのか教えてもらおうか?」
シャルム陛下は私たちの手元を覗き込み、状況を把握しようとしている。
「人探しをしてまして」
「名前は?」
「ルーリアって名前の16から19歳くらいの女の子らしいんですが……女の子だよな?」
「そうだ」
中味を確認し終えた本を横に追いやる。
うーん、と考えこむ仕草をするシャルム陛下を無視する形で再び本を浮き上がらせた。
「心当たりがあるよ」
思わず魔力の流れを途切れさせてしまう。
力を失った本たちは大きな音を立てて落下した。
「おま、重要資料に何てことをっ」
「陛下! それは誰なのですか!」
詰め寄る私を唖然と見返しながら、陛下は不思議そうな声を漏らした。
「君は何を言っているんだ。 彼女の事は君も知っているだろう」
「……私が?」
考えてみたところで、彼女の名前も顔も、記憶にあるのは夢の中のものだけだった。
「ルーリア=オリヴェーロ。 辺境に住まう伯爵家のご令嬢だよ。 そして父の他、国内で確認されている〝精霊の忌子〟の内の一人だ」
言われた意味が一瞬理解出来ず、頭が真っ白になった。
彼女が精霊の忌子?
まさかそんな、と否定しても、彼女が語っていた症状は正にそれだったのではなかっただろうか。
「……精霊の忌子は、先王と、城下に住む産まれたばかりの赤児の二人だけだったのでは……?」
「違う。 もう一人、懸命に治療を受けている17歳の少女がいる。 それが、オリヴェーロ伯爵令嬢だ」
まさか君、と言って、次の言葉が出てこない陛下は信じられないものを見る顔をしていた。
「聞いていない!」
精霊の忌子の治療法を生み出し、真っ先に取り掛かったのは患者達の治療だった。
先王は間に合わなかったが、他のまだ幼い乳児は教会の保護を受けており、私自身が治療しに行った。
経過観察も良好と言え、今はもう完治している。
それなのに、まだ見落としていたもう一人がいる。
今もなお苦痛を伴う延命治療を続けている、彼女が。
「おいおい何だそりゃ! 俺も確認したが、ヘルムートが治療を施した人間で全部の筈だぞ!」
精霊の忌子は神殿に報告する事が義務付けられている。
それは階級に関わらず、延命治療の為の魔術師を患者の元へ分け隔てなく派遣させる為だ。
元々は医院が管理していたが、必要なのは医師ではない事と、魔術師たちとの結びつき、果ては〝精霊〟が神殿の基盤とも言える存在でもあることから、いつしか神殿がその管理全ての権限を担っている。
しかし神殿から上がってきた報告書にあった患者は二名だけであった。
「もしかしたら、神殿の管理下にいないのかもしれない」
険しい顔を崩さないシャルム陛下は、一冊の貴族名鑑のページをめくってゆく。
「ルーリア=オリヴェーロは元々体が弱かったと聞く。 情報が回ってきたのはもうずいぶんと前だが、私の耳に入っているという事は神殿に報告する義務は果たしていた筈だ。 しかし、神殿の庇護下には置かなかったのだろう。 下手したら精霊の忌子とは別の理由で命を落とすかもしれない彼女に、伯爵家は独自に医師と魔術師を付けていたのかもしれない」
陛下が指し示したページには、私が探す彼女の名が記されていた。
しかしその名前の頭には、他の者にはない、真っ赤な印が付けられていた。
神殿への報告は義務だが、神殿が派遣する魔術師からの延命治療は任意だ。
彼女の体を気遣った伯爵家には何の落ち度もない。
あるとすれば、報告漏れをした神殿側と、しっかり確認を取らなかったこちらにある。
「陛下、直ぐに転移陣の使用許可を」
「もちろんだ。 何としてでも救ってやらねば」
彼女が苦しむ間、その苦痛も知らず安穏と過ごしてきた自分に殺気が湧く。
己の非の全てを打ち明け、彼女が望むのならどんな罰でも受けよう。
しかし今は、彼女の元へ一刻も早く駆けつけ、蝕む苦痛から解き放ってあげたい。
それにもう時間がないかもしれない。
死期を悟った光の無いルーリアの瞳から今にも命が溢れ落ちてしまう光景を想像してしまって、不安と焦りから思考が上手くまとまらない。
突如、体にドンっと衝撃を受ける。
振り返るとモラン魔術師教官が私の背を叩いていた。
「落ち着け。 大丈夫だ。 今のお前には救える力があるだろう」
そうだ。
彼女に誓ったではないか。
私が救ってみせると言った時の彼女は、一度諦めた生に再び希望を抱き、私を信じてくれていた。
「ヴァレンシュタイン魔術師長、ルーリア嬢を僕に紹介してくれるんだろう? 約束は守ってよね」
「はい。 感謝します、陛下」
扉を開けると、何人もの兵が集まっていた。
シャルム陛下は私の姿を見て警戒する者たちに指示を出し、転移陣へと急ぐ私に道を作ってくれている。
息を切らして走る。
彼女の元へ。
どうか、どうかせめて、私がたどり着くまで待っていてくれ。




