差
怖い。
命の危機に恐怖しない生物などいない。
エルは何もできずに立ちすくむ。
しかし。
相手が己を害するに値しないのであれば当然、恐れなどしない。
「問題ない」
カインは肩に剣を担いだままに無造作に歩く。
だが、それだけでゴブリンたちは本能的に後ずさる。
迫るカイン、下がるゴブリン。
先ほどまでの醜い笑みは消えていた。
が、恐怖に負けたゴブリンたちが一斉にとびかかった。
――だが
「遅い」
カインが半歩、”前"に出た。
錆びた短剣が振り下ろされるその前にカインの剣が、
一閃。
遅れて先頭のゴブリンの首が落ちた。
血が吹き出すよりも早くカインは次の敵へと踏み込む。
目の前で瞬殺された仲間を見た二匹目は怯んだように後ずさる。
その喉元へ、銀の軌跡が走った。
ゴブリンは声を上げる間もなく崩れ落ちる。
残った一匹が怒鳴りながら突っ込んでくる。
恐怖を振り切るように滅茶苦茶に腕を振り回した。
カインはその光景を無感情に見る。
――ピタリと、
ゴブリンは動きを止めた。
見てしまったのだろう。
カインの黒髪の隙間から覗く、瞳の奥に揺らめく暗い光に。
ゴブリンは喉を細く鳴らす。直後、背を向けて全力で逃げ出す。
一歩、二歩、三歩……そして、
ゴブリンの首がずれ落ちた。
カインの剣筋は切られたことにも気づかない程、鋭かった。
静寂。
最後の一体が倒れてもカインは剣を下ろさない。
静かに周囲を見渡し、気配を探る。
安全を確認してからようやく小さく息を吐いた。
刃を払い、草花をゴブリンの血が染め上げる。
何事もなかったように鞘に剣を納める。
その顔には達成感や満足感、高揚もなかった。
――無感情。
「……カイン?」
ゆっくりと振り返る。
エルはまだ、怯えていた。
「臨時収入だ」
意識して優し気な声で告げる。
フッと力が抜けた。
「そう、ね」
今度はカインが耳を削いだ。
――――――――――――
圧倒的だった。
ゴブリンが振りかぶったと思ったら既に首がはねていた。
――速い。
いや、速すぎて何をしているのか理解できない。
気づけば別の魔物が倒れ、さらに後ろの一体まで地に伏せた。
一瞬の攻防。
返り血すらも浴びずに、カインは何事もなかったように立っていた。
呼吸も乱れていなかった。
まるで、魔物の群れなど脅威ですらないように。
「……っ」
エルの口から無意識に声にもならない声が漏れる。
自分はあんなにも必死だったのに。
たったの一体ですら死を覚悟した。
なのに……彼は淡々と、恐ろしい魔物の群れを処理する。
しかし、カインの振るう剣は、
――綺麗だった。
つい、見惚れてしまった。
一体どれ程の研鑽を積めばあの頂きに届くのだろうか。
一体どれ程の修羅場を生き抜いたのだろうか。
憧憬に似た感覚を覚えた。
しかし、自分の手を見る。
収まっていたはずなのに、震えていた。
無感情に戦うカイン。
恐怖に震える自分。
彼は、慣れだと言った。
しかし、どれ程の苦難を乗り越えれば至れるのだろうか。




