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それは、治療じゃない

「……それかよ」


 


 気づけば、そう口にしていた。


 


 男の表情が変わる。

 驚いたような、縋るような目。


 


 「し、知ってるのか……?」


 

 答えない。


 答えられない。


 

 視界の奥で、別の光景が重なる。


 

 白い部屋。


 浅い呼吸。


 細い指。


 


 「大丈夫だよ」


 


 ――違う。


 


 「……名前、もう一回言え」


 


 言葉が詰まる。


 それでも、確認せずにはいられなかった。


 


 男は、震える声で繰り返す。


 


 その名前を。


 

「記憶.....侵食症です」



 最後まで聞く前に、理解してしまった。


 


 同じだ。


 


 「……そうかよ」


 


 吐き出すように呟く。



 「最悪だな....」


記憶侵食症。

 

 数年前突如確認された"本来"この世に存在しないはずの病。


 記憶を喰い、人格を削り、最後には何も残らない。


 


 周囲がざわめく。


 


 「助けられるのか……?」


 


 男の声が震える。


 沈黙が落ちた。


 本来なら、ここで断る。


 関わらないのが正解だ。


 分かっている。


 


 分かっているのに。


 


 「……できる」


 


 言ってしまった。

 自分でも愚かだとわかっている。


 でも、少女に何かを重ねてしまった。



 


 空気が変わる。


 「ほ、本当か……!」


 男が身を乗り出す。


 


 視線を逸らす。


 


 「ただし」


 


 短く区切る。


 


 「完全には治らない、きっと後悔する」


 噓では、ない。


 


 「それでもいいか」


 


 男は一瞬だけ迷って――すぐに頷いた。


 


 「それでもいい……!」


 


 その答えを聞いて、目を閉じる。


 


 ――やめろ。


 


 どこかで、声がする。




 わかっているさ。



 きっと後悔するだろう。


 しかし、無視した。


 


 「……歩けるか」



 

 ギルドから離れ、静かな場所に移動する。



 少女と2人で。



 少女の前にしゃがみ込む。


 

 


 近くで見ると、顔色が悪い。


 当然だ。


 進行が進めば体の動かし方も忘れる。


 それでも、その目は静かだった。


 


 「……で、どこまで進んでる」


 「えっと……」


 


 少女は少し考えるように間を置いてから、静かに答える。


 


 「昨日のことは、もうほとんど覚えていません」


 「……そうか」



 予想より早い。

 


 進行が早すぎる。



 ――やっぱり、ただの発症じゃない。


 


 「お父さんのことは?」


 「分かります」 


 即答だった。


 「大切な人、ってことは」


 「……“ってことは”、か」


 

 記憶ではなく、“理解”で繋ぎ止めている段階。


 かなり際どい。



 「……怖いか」


 「はい」


 これも、迷いなく返ってくる。



 「でも」


 


 少女は少しだけ顔を上げる。



 「怖いって思えてるうちは、まだ大丈夫だと思うので」


 ――強いな。


 そう思った。


 普通なら、とっくに壊れている。


 「……手、出せ」


 「え?」


 「いいから」


 少女は戸惑いながらも、ゆっくりと手を差し出した。


 


 細い指。


 体温は、少しだけ低い。


 その手を、軽く掴む。


 


 「……っ」


 


 少女の肩がわずかに震える。


 「大丈夫だ。痛くはしない」


 そう言いながら、目を閉じる。


 


 ――触れるな。


 

 昔の自分の声が、頭の奥で響く。


 

 ――それに触れれば、戻れなくなる。



 知っている。



 だからこそ、やる。


 


 「……少しだけ、借りるぞ」


 


 指先に、意識を集中させる。


 


 目に見えない“何か”が、ゆっくりと浮かび上がる。


 


 少女の中にある――歪み。


 


 絡みつくような、黒い“侵食”。


 それに、触れる。


 瞬間――


 「――っ!」



 頭の奥が焼けるように痛んだ。

 視界がぶれる。

 知らない記憶が、一気に流れ込んでくる。


 


 笑った顔。


 泣いた声。


 優しい手。


 


 そして――


 


 “消えていく感覚”。


 


 「……くそ」


 


 歯を食いしばる。



 これだ。



 これが、この病の正体。


 人の“記憶”を削り取って、どこかへ持っていく。


 ただ消えるんじゃない。


 ――奪われている。


 「……やっぱりな」


 確信に変わる。

 これは自然発生じゃない。

 誰かが、意図的に作っている。


 


 しかも――


 


 「俺のやり方、真似してやがる」


 


 舌打ちが漏れる。


 

 最悪だ。

 


 「……お兄さん?」


 少女の声で、意識が引き戻される。


 気づけば、手を強く握りすぎていた。


 「……悪い」


 すぐに力を抜く。


 少女は少しだけ息を整えながら、それでもこちらを見る。


 「今の、何を……?」


 


 「診ただけだ」


 


 短く答える。


 


 嘘ではない。


 


 ただし、普通の意味じゃないだけだ。


 「……治せますか」


 静かな声だった。


 期待も、不安も、全部混ざった声。


 俺は少しだけ考える。



 正確に言えば――



 治せるかどうかじゃない。


 「……戻せるかどうかだな」


 「戻す……?」


 「ああ」


 視線を遠くに向ける。


 


 「奪われたもんを、取り返す」


 


 それができるのは――


 


 「……俺くらいだ」


 ぽつりと呟く。


 少女が、じっとこちらを見る。



 「……すごいんですね」


 「違う」


 即座に否定する。


 「ただの後始末だ」


 俺が壊したものの、な。


 言葉にはしない。


 「……立てるか」


 「はい」


 少女がゆっくりと立ち上がる。


 少しだけ、さっきより足取りが安定している。


 ――ほんの僅かだが、侵食を削った。 


 「……行くぞ」


 「どこに、ですか?」 


 その問いに、少しだけ笑う。


 「決まってるだろ」


 空を見上げる。


 嫌な気配が、風に混じっている。


 「犯人探しだ」


 ――そして、もう一度壊す。



 今度こそ、間違えないように。


 


 そう思った、直後だった。


 


 「――見つけた」


 


 背後から、声がした。


 


 振り返る。


 


 そこに立っていたのは――


 


 黒衣の男。


 


 その手には、見覚えのある“歪み”がまとわりついていた。


 


 「どうだい?」



 男が笑う。



 「君が壊した世界の、残骸さ」


 

 ――最悪のタイミングだ。


 「……ああ、そうかよ」


 口元が、わずかに歪む。


 「なら、もう一回壊してやる」



 今度は――



 ちゃんと終わらせるために。

 

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