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不治の病

人は、どこまでなら他人の苦しみを背負えるんだろうな。


 そんなことを考えるようになったのは、いつからだったか。


 ――たぶん、あの日からだ。


 「お兄ちゃん、大丈夫だよ」


 あの時、そう言って笑った顔を、今でも覚えている。


 だから俺は、全部引き受けることにした。


 あいつの分も、誰かの分も、まとめて全部。


 それで、誰も苦しまなくて済むなら。


 それが一番いいと思った。


 


 ……結果は、まあ。


 見ての通りだ。




王都のギルドは、昼だというのに妙に静かだった。


 「頼む……誰でもいい……娘を助けてくれ……!」


 床に額を擦りつける男の声だけが、やけに響いている。


 周囲は遠巻きに眺めるだけで、誰一人として近づこうとしない。


 ――当然だ。


 「その病は、治らない」


 誰かがそう言った。


 事実だった。俺も知っている。


 


 だから、関わるつもりはなかった。


 


 視線を逸らして、その場を通り過ぎる。


 助けられる距離だ。


 それでも、知らないふりをする。


 


 「……」



 はずだったのに。


 


 視線が、引っかかった。


 


 少女が一人、こちらを見ていた。


 淡い色の髪が肩で揺れている。光を受けても強く主張しない、静かな色合いだった。


 整った顔立ち――けれど、それよりも目を引いたのは、その瞳だ。


 


 感情を押し殺したような、静かな目。


 


 助けを求めるでもなく、諦めきっているわけでもない。


 ただ、そこにあるだけの視線。


 


 ――嫌な感じだ。


 


 「……なんだよ、その顔」


 


 気づけば、足を止めていた。


 


 少女はわずかに目を伏せる。


 細い指先が、服の裾を掴んだまま動かない。


 


 「……なんでも、ないです」


 


 小さな声だった。


 


 「は?」


 「無理って、分かってるので……頼むのは…迷惑だから」


 


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が軋んだ。


 


 ――ああ、そうか。


 


 知ってる。


 


 その顔も、その言い方も。


 


 全部。


 


 「……助かりたくないのかよ」


 


 「助かりたいです」


 


 間を置いて、少女は続けた。


 


 「でも、それで困る人が増えるなら……いいです」


 


 ――ふざけるな。


 


 舌打ちが、喉の奥で止まる。


 


 「……おい。その病名、もう一回言え」


 


 気づけば、そう口にしていた。


 


 床に伏していた男が、弾かれたように顔を上げる。


 


 「え……?」


 


 「聞こえなかったのか。言えって言ってる」


 


 自分でも分かる。声が、少しだけ荒れていた。


 


 少女がこちらを見る。


 


 その視線に、ほんの僅かに揺れが混じる。


 


 「……どうして」


 


 ぽつりと、そう聞かれた。


 


 俺は肩をすくめる。


 


 「気まぐれだ。期待すんな」


 


 ――嘘だ。


 


 本当は、分かってる。


 


 無精に伸びた黒髪の隙間から、視界が揺れる。


 笑っているはずの口元とは裏腹に、目の奥だけが冷え切っているのを、自分でも自覚していた。


 


 あの時と同じ顔を、


 もう一度見たくなかっただけだ。

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