39 仕掛けられた罠
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「――ヤマト殿?これは一体……」
状況を飲み込めずにいるラントス王子の横で、息を切らし再び座り込んでいるヤマト。
その手に持っていたセイブンの杖はない。
そしてヤマトの前には、裸の少女が横たわっていた。
白銀長髪の少女。
瞼が閉じているため確認できないが、恐らく瞳は蒼だろう。
見覚えのある姿。
〔精霊界〕、精霊女王のもとで一度対面したちび女神様。
女神様の分体がそこに居た。
ヤマトは着ていたローブを被せる。
「……起きない。王子!医師か治癒師を呼んでくれませんか!?」
「あぁ、分かった。すぐに――」
「お呼びでしょうか?」
その声の主は先程の医師だった。
いつの間に来ていたのかは分からなかったが、ちょうどいい。
「……この子を見て貰えま――」
「《守護兵召喚》。奴を捉えろ!」
ラントス王子の言葉と共に、唐突に出現した三騎の騎士ゴーレム。
三騎は真っ直ぐに医師を捉えに動くが、見えない壁に阻まれる。
「――流石に不自然かつ不用心か。予定外の出来事に慌ててしまった。……それに〔擬態〕は完璧だと思ったのだが」
「確かに、見た目は完璧で防犯認証も騙されているようだが……だからと言ってこの場で私の前に出てくるのは舐めすぎであろう」
「なるほど、見破ったのは装置の管理者に与えられる〔特別権限〕の力ですか。このゴーレム共と言い、この場においてのアナタは勇者パーティーの面々に匹敵する程の厄介さですね」
「普段は脅威にはならないと言われているようで癇に障るが、割と反論できないのが悲しいな」
偽物。
もはや隠すつもりはないのか、今なら《鑑定眼》でも視える。
相手の正体。
神眼すら欺いた相手、【ジェイル(魔人/"結界師")】。
「《金剛結界》」
「――まずい!」
ヤマトは慌ててちび女神様の腕を掴もうとするが、出現した結界に阻まれ届かない。
「先日よりも強めにした。騎士団長でも苦労した強度だ、例え王子や眷属であれど易々とは壊せまい」
昨日、ヤマト達を閉じ込めた結界。
その強化版。
あの時に逃げられてしまった魔人はコイツのようだ。
――ヤマトは素手で結界をこじ開けようとするが、当然ながらその程度で破れるわけがない。
結界に直接触れるその手には傷が増えていく。
「止めろヤマト殿!守護兵よ!」
新たに召喚された三騎の騎士ゴーレムが拘束結界を破壊しようと動くが、ビクともしない。
最悪な状況。
女神様は音信不通、眠ったままのちび女神様とは隔絶された上に、ヤマトが女神の眷属である事が魔人に知られた。
いつから入れ替わっていたのかは知らないが、そこを知るならば少なくともヤマトが眠っている間に調べられた情報は全て握られているだろう。
そしてそんな状況で、王子も居るとはいえ魔人を相手取らなければならない。
「何故この娘を狙った?」
「当然じゃないか?〔女神殺し〕の策が機能し喜んでいたら、そこの女神の眷属が不審な行動を取り、その結果現れたのがその少女……警戒して然るべきだろ?」
つまりは、女神様の身に起きた何かは魔人共のせいか。
ヤマトは沸き上がる怒りを、必死に内側に抑え込む。
ちび女神様が現れた時点で不快な感覚も脱力感も消えたが、魔力消費も相まって万全な状況には程遠い。
この状況で怒りに身を任せた行動は自殺行為だ。
「お前らは一体何をした?」
「……まぁ二度通じる手ではないか。単純にその装置に細工をして女神の領域〔神域〕に〔毒〕を送り込んだ。まぁ毒は比喩ではあるが、女神を殺し得るだけの手段を用いた。そこの結界装置は〔神域〕に繋がるのだろ?普段は手出し出来ないが、修復や再起動の際に紛れ込ませる隙が出来る。そこに仕込み、装置の再起動と共に仕掛けが発動した。割と半信半疑だったが本当に上手く言ったようだな。まさか本命が失敗し、ついでの策だけが上手くいくとは思わなかった」
神域に繋がる。
だから鑑定不能だったのか?
それなら魔人は何処からその情報を?
それに神域に手出しするだけでなく、そこから女神様を傷つける事の出来る何かは一体何処から?
「おや。もしやその少女は女神の――」
「《守護兵》よ!」
六騎の騎士ゴーレムが一斉に魔人に切りかかる。
しかし全て何らかの結界に阻まれる。
「(どうやら会話で時間稼ぎをする間に色々と調べていたようだ)」
「(王子!?頭に直接?)」
「(これも権限の一つだ)」
普段女神様としているような脳内会話が、この場では王子とも出来るようだ。
「(ヤマト殿、ここは私が相手する。何とかして少女と共にここから脱出しろ!)」
「(それだと王子は!?)」
「(装置から権限を与えられ、行使している今の私には理解できる。あの少女は女神様ゆかりの者なのだろう?ならば優先順位は私などよりも遥かに上だ。何としても守らなければならない)」
神域に繋がる結界装置。
そこに繋がり、特別権限という名の力を与えられているラントス王子は、一時的に仮の眷属のような立ち位置になっているのかも知れない。
それゆえに感じ取ったものがあり、ちび女神様を自分以上に守る必要がある存在だと考えたのだろう。
女神様自身と音信不通安否不明の状態、分体のちび女神は最後の生命線になっている可能性がある。
「(……この場の転移防止などの制限を、私とあの娘の分だけ解除出来たりしませんか?)」
「(解除した。だがあの結界が貼られている限り少女の方はまともな転移は出来ぬぞ)」
「(まともじゃない策を使いますので、このままアイツの相手をお願いします)」
「(了解した!)《守護兵》よ!」
更に二騎の騎士ゴーレムを導入し、魔人の相手をする。
未だ結界のせいで無傷ではあるが、ゴーレムに意識を割かせればこちらへの手は止まる。
先程からの戦い方を見る限り、結界は一流でも攻撃の手はさほどでもないようだ。
時折飛んでくる何かは、騎士ゴーレムがキッチリ捌いている。
「(――今のうちに、《起動せよ》!)」
ヤマトは二個目の《転移結晶》を取り出し、起動させる。
これならばいかなる妨害も突破して転移が出来るが、同伴転移はあくまでも使用者と接触している相手しか連れていけない。
今のままではちび女神様は連れていけない。
――だから第二の機能を使う。
「(《あの娘をここへ》!)」
対象を使用者のもとへ引き寄せる為の《転移》
使用者の視界内、一定距離以内、面識のある者または自身の所有物、一月の再発動待機時間。
そして当然使い切り。
本来の使い方よりも圧倒的に制限が多く使い勝手が悪い、恐らくは使う機会はほぼ無いだろうと思っていた機能を使った。
だがそのおかげで、手出しの出来なかったちび女神様を、ヤマトの手元へ引き寄せる事が出来た。
そのままお姫様抱っこをする。
むしろ女神様抱っこか?
「なッ…!」
「ヤマト殿、行け!」
「――《界渡り》」
そしてヤマトとちび女神の姿は消えた。




