268 零騎士の襲撃
「――まさか…龍主様が?」
「亡くなられたようです…信じがたいですが」
その知らせは龍人族の幹部と、客人である王女とその側近しか居ない場で明かされた。
本当ならば王女一行も退室させるべきだったのだろうが、予期せぬ訃報に動揺した情報の受け手が零してしまい、仕方なく語ることになった。
だがその知らせは信じがたい事実。
龍主の死亡。
特殊な道具によって限られた一部の者だけに伝わった悲しき報せ。
その最後の話し相手となった者達は未だ口を閉ざしたままだったが、彼らからもその現場からも遠く離れた者たちのもとへと訃報は届いたのだった。
「まさか、龍主様はスライムにか?」
「あれがいくら常識外れとは言え龍主様をとは思えないが…」
「ではなぜに?」
「死因までは分からん。だが死は確実。そして…次代はまだ霊廟の中だ」
うろたえる龍人達。
その事実は伝わっても原因までは知り得ない。
そしてもう一つ把握している事実。
次代の龍主を継ぐ者は、未だ継承の最中であること。
「つまり今は龍主様の不在の時。結界は?」
「いまだ健在。ですがいつまで保つかは分かりません。すぐに消えるとは思えませんが…」
現在龍界の歴史の中でもとても珍しい龍主不在の時が訪れていた。
正常な継承が行われていれば起こるはずのない空白期間。
現代の龍人達には完全未知の状況。
本来は龍主が支える龍界の結界もいつまで維持できるか分からない状況。
「族長!スライムは残り一体となりましたが…その一体は巨大化して龍の姿へと変貌したとのことです!」
「スライムが龍の姿に…本当になんなんだ、そいつは本当にスライムなのか?」
そこに飛び込んできたスライム討伐の続報。
おかしな変貌を遂げた巨大龍スライムに苦戦させらえる龍人部隊。
「そして…現場は切り札を使用する準備に入ったとのことで――」
「そいつはそれほどのものなのか…非戦闘員からも人員を抽出してすぐに送り出す!人手は多い方が後遺症も軽くなる。少しでも負担を分散させろ!」
「はい!」
その知らせにはすぐさま追加の人員を送る。
だがその人員は非戦闘員が中心。
戦えぬ者を戦場に送ることになるが、それには〔切り札〕と呼ばれる何かに必要な数のようだ。
「族長様。私どもの方からも幾人か騎士を…」
「いや、今彼らに必要なのはあくまでも龍人の増援なのです、リトラーシャ王女」
そんな増援に自らを守る騎士たちも預けようと語りだす王女リトラーシャ。
しかしその申し出は断られる。
必要なのはあくまでも龍人。
騎士は、人はこれから行うその切り札に必要ない。
「だが気持ちはありがたい。そこでだが…あちらに力を貸しては貰えませんか?王女様直々の指揮の下で」
だがその代わりに族長は別の役割を提示する。
示した先は龍人たちの安息所。
例のデバフ結界の影響で体調を崩した者、更には負傷して運ばれてきた龍人や龍の看病をする場。
龍人の増援はそこからも引っ張り出すつもりのようで、人手が減ったそこへの穴埋めとして王女一行の手を借りたいという申し出。
「…了承いたしました。では早速失礼させて頂きます」
「頼みます」
その申し出を受けて王女一行は作戦司令室となっていたその場を後にする。
王女含め龍人ではない者は全員、その部屋を出る事になった。
「…王女様、いまのは」
「人払いですね。恐らくその切り札というものを他種族には可能な限り知られたくないのでしょう」
あえてわざわざ王女の指揮下でと加えたその言葉。
それは王女自身にもあの場を後にさせる為の申し出。
体裁上『出ていけ』と言わない、あくまでも話の流れで自然と出ていくように仕向けたその提案。
勿論人手不足になるのは本当の事で、手助けして貰えるなら有難いコトこの上ない。
しかしその本質は人払い。
龍人が秘密にしたい情報を王女一行に伝えぬ為。
「こちらも深入りするつもりはありませんし、素直に救援に向かいましょう」
「はい勿論」
その意図を知りつつ、そもそも異論などない王女一行はそのまま素直に託された役目を果たしに行く。
元々少数精鋭の王女護衛。
室外で待っていた従者や騎士とも合流して、早足で移動を始める。
「王女様、こちらで…す――」
「え…くぁッ?!」
だがその道中で事件は起きる。
先頭を駆けていた一人の騎士が突然倒れ、それとほぼ同時に世話役も崩れ落ちる。
「どうし――きゃ!?」
「失礼、おさがりください王女様!」
その異変に手を伸ばそうとした王女リトラは近衛騎士によって止められる。
同時に王女の前に立ち、未知の存在への盾となる。
「ライラ!」
「はい!襲撃です王女様!この身に代えてもお守りします!」
同時に従者のひとりであったライラも、勇者パーティーのレインハルトの義妹であり、かつての七英雄の末裔である少女はその身を盾に王女を守ろうとする。
王族付きの従者は例え使用人であっても相応の守り手としての訓練を受けている。
流石に騎士には及ばずとも、基本的な護身に護衛術、そしてその身を盾にしてでも王女を守るという心意気も鍛えられている。
ゆえに騎士が倒れたこの状況でも臆さず役目を全うしようと立ち続ける。
「…そこだッ!」
すると無言の襲撃者の見えぬ刃が王女を襲った。
だがその凶刃の盾となるのは近衛騎士。
刃を弾き、その守護者としての役目を全うする。
「…くそっ!お前か!零騎士!!」
「え…」
すると近衛騎士はその数撃で相手の正体に気付いた。
それは未知なる敵ではない。
むしろ味方であったはずの存在。
「…流石は近衛騎士ですね」
その答え合わせのように姿を現したのは、仮面を被った一人の人間。
彼か彼女か分からない、闇に紛れる為に整えられた装備。
その姿を露にしても、相手が零騎士であるという確証を得られる情報はない。
しかし近衛騎士は断言した。
影ながら王女を守っていた、味方であるはずの零騎士の裏切りを。
「一体何をしている!なぜ裏切るような真似をした!?」
「裏切ってはいませんよ。我ら第零騎士団の御役目、本懐は変わらず国の為です」
「…国の為に、王女様に刃を向けるのか?」
「はい。これも大事なお役目。国を守る為に必要なことですから」
だが当人は裏切りを認めない。
あくまでもこれは自分たちの本来の役目通りのお仕事だと。
「させません!!!」
「きゃ!?」
だがその語りも一行の注意を引き付ける役目。
視線誘導によって僅かに増した近衛騎士の死角から別の零騎士が姿を現し、その刃を王女に突きつけた。
「これは…結界ですか?」
「ま…間に合いました!」
しかしその刃はライラが発動した魔法の壁に阻まれる。
ライラ・ブロッグス。
その家名はかつての七英雄"聖騎士"が授かった、守護者の名にも恥じぬ名誉の名。
ゆえにブロックスはその家系において〔守る為の力〕を培ってきた。
始祖たつ聖騎士のような剣盾共にとは行かないものの、盾の役目に関しては一家言持つ。
物理的に盾を得意とする者も居れば、ライラのように守りの魔法を習得した者も居る。
「ブロッグスの名に懸けて王女様は必ず守ります!でもまだ私未熟なので後はお願いしまーす近衛騎士さまー!」
補欠からの昇格とは言え一国の王女の側に付くことを許されたライラは、その守りの腕前は平均以上。
ただしまだ若い事もあり、この場を一人で背負うのは重過ぎる。
ゆえにこそ彼女は近衛騎士に頼るしかない。
自身の結界で王女を守り、敵を倒すのは騎士の役目。
「不意打ちが効かぬと悟って数で来ましたか」
するとその守りの展開に、隠れるより数で攻めるべきと判断した残りの零騎士も姿を現した。
総勢五名の暗殺者。
一種の特殊部隊である第零騎士団の人員をただの騎士と侮れるはずもなく。
単純な戦力差は明確に劣勢。
「…近衛の騎士を、実力と数だけで押し切れると思うなよ!!」
だがそれでも怯むことなき近衛騎士。
相手が特務の一流なら、こちらも守護の一流。
普通に考えれば実力を兼ね揃えた数を相手にすれば敗北必至。
しかしこのような苦境にこそ、近衛の真価が発揮される。
「ライラ殿!貴方はただただ守りを!」
「は、はい!任せてください!!」
更に今は頑丈な守りの中に護衛対象は守られている。
考えるべきは目の前の戦いのみ。
「我ら近衛が授かりし不滅剣デュランダル!その忠誠の証を今ここに示そう!!」




