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 ライバルがいなかった過去しかない伊月には、ライバル関係にある二人のわだかまりの解決方法が見つからない。見つけきれないのだ。

(だから、俺にできることは全力でサポートすることだけだ)

 力み、伊月はラケットを勢いよく振り抜いた。回転のほとんどかかっていないフラットショットはむつみから大きく離れた場所に、絶対に取れないであろうコーナーを駆け抜ける。思わず本気に近い打ち方をしてしまい、すぐにむつみのほうを見る。コート上で頬を膨らませていた彼女はずんずんと歩み寄って来てネット前で立ち止まった。

「今、本気でしたよね? せっかく気持ち良くラリーができていたのに」

「悪い」

「……何だか複雑です。もう少しで心が通じそうな気がしたのに」

 は? と伊月は眉をひそめた。

「こう、表現するのが難しいんですけれど、打ち合っている最中に立花さんが何を考えているのかとか、どういう気持ちでいるとか、そういうのがわかりそうだったんですよ。それなのに、いきなり断ち切りバサミでばっさり切られた気分です」

 ムスッとしてサービスラインまで下がった彼女はサーブの構えをして見せた。そして、伊月が構えるより前にサーブを打ち込んできた。当然打ち返すこともできず、後ろに跳んで行ったボールを拾いに行く、しかしそれですっきりしたのか、伊月側のコートに入ってきた彼女は笑顔で伊月にこう言ってくる。

「今日、立花さんはどうしてコートに立っているんでしたっけ?」

「……試合前に、あいつらと同じ感覚でいたいから」

「だったら、雑念は捨てましょう。私たちはあの子たちと一緒に試合は出られませんけれど、一緒に戦っていることには変わりありません。あの子たちと同じ感覚でいたいのであれば、雑念は捨てて、目の前の相手に集中してください。私を見てください」

 くるっと背中を向けて、少し空を見上げるように言う。

「今だけでも、私だけを見ていてほしいです」

 言われて苦笑いを浮かべる。確かにそのとおりだ、と伊月は「後ろ姿はミックスダブルスのときだけ、俺に見せろ」とむつみの頭を軽く叩く――あの二人のわだかまりは、あの二人にだけしか解決できない問題だ。フォローはする。しかし、根本的な部分には触れてはいけない。そして、これを彼らが自分の力で乗り越えたとき、それは必ず二人の糧となる。そう確信する。その根拠は、二人がテニスを心から愛していることがプレーから伝わってくるからだ。だとしたら、自分が気を揉んでいても仕方ないのだ。それこそ、伊月がやる気に満ち始めた部の雰囲気を壊す可能性もある。その可能性を排除するためには、伊月もまた前を向いて突き進むことが重要なのだ。

 彼らと一緒の舞台には上がれないぶん、自分たちは彼らの道を切り開くために最大限のサポートをするほかない。戦うのは自分ではない、重圧に押しつぶされそうになりながら戦うのは、彼らのほうだ。

「俺が悩んでいたら、あいつらにも心配をかけるよな。悪い、もう雑念は捨てる。俺にできることは最初から何も変わらないんだ。信じるしかないんだ」

 振り返り、表情を明るくして見せる。むつみは後頭部を抑えながら顔を赤くさせていた。何故、と思ったが、伊月は彼女の気持ちなどわからない。「まったく、もう」と少し怒ったように彼女は自分側のコートへとぶつぶつ言いながら戻っていく。まだまだ、彼女のことは理解できていない。それはテニス部員全員に言えることだ。入屋の気持ちも、明智の気持ちも、全部を理解することはできない。それでも前に突き進むしかない。今できることを伊月はするしかない。

「あとで何かおごってもらいますからね」

 彼女に言われて、伊月は「好きなだけ食え」とだけ言ってサーブを打ち込んだ。心地良い音が響き、コートを走るボールが風を割いた。夏の足音が近付いてきている。もうすぐ、集大成を見せるときだ。

 わくわくしている反面、ドキドキしている。勝てる勝てないだけではない。わだかまりを残している不安や、自分が今までしてきたことが正しかったのかどうかといった不安、大会当日が今日のように広く澄み渡るような快晴に包まれるかどうかの不安、レギュラーが怪我や病気にならないかの不安、些細な不安や小さな不安、くだらないと鼻で笑われそうな不安――それらが一斉に集まって一つの塊となって伊月の身体にのしかかって来る。だが、次々に沸き起こる不安も、むつみのおかげで軽くなったように伊月は思えた。自分にできることをしてきた。後悔のないように、できるかぎり、全力で。

「叶えてあげたい」

 ぽつりと呟いて、空を仰ぐ。心地良い風が吹き抜け、汗ばんだ背中にぶつかってきた。爽快感が身体を突き抜ける。重く下がっていた瞼を持ち上げ、転がったボールを拾い上げたむつみに微笑みかける。

「勝つぞ」

 一瞬戸惑いの表情を見せたむちみだったが「勝ちましょう」とラケットを空に向かって突き出した。



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