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 学校に到着して、伊月とむつみは黙ったまま並んでコートに向かう。今日は、テニスコートから声は届かない。四月から二年生になる一年生がコート整備を念入りに行っているのが遠くから見える。四月から最上級生になる二年生は、壁打ちコートで念入りに自身の調整を行い、精神を安定させ、集中力を高めているようだった。脇に抱えたホワイトボードを抱え直し、伊月は「行くぞ」とむつみに言ってフェンスの先へと足を踏み込んだ。明智が二人を見つけて「集合!」と声を出す。女子テニス部の部長も同じように声を出し、全員が四面のコートの中心部に集まった。ずらりと並ぶ部員の表情は硬く、緊張から顔色の悪い部員もいる。

 顧問の古藤先生も合流し、伊月が代表して今日の流れについて説明をする。

「今日は公式戦のレギュラーを決める部内戦を行う。斗洲高校テニス部の伝統に則って現時点の一年生と二年生で、AとBに分かれての6ゲーム1セットマッチ・タイブレーク無しの総当たり戦。その結果からAとB、それぞれ上位3名を選出する。勝ち数が同じ選手がいれば、その中で総当たりをして選出、合計6名によるトーナメント戦を行う。その後、上位三名を順にシングルス1、2、3のレギュラーに決定。その後3ゲーム1セットマッチ・タイブレークなしの試合でAとBの四位選手によるダブルスのレギュラー一席を懸けて試合を行い上位一名を選出、合わせて四名の組み合わせで二組のダブルスのレギュラーを正式に登録する」

 抱えていたホワイトボードをそれぞれ古藤先生とむつみに手渡す。二人がボードを仕切り用のネットに掛け、表を書いていく。

「くじには番号が書いてある。番号を確認し、ホワイトボードにあるその番号の下に自分の名前を書いてくれ。長くなれば数日かかる部内戦になる。だが、公式戦では勝ち進めば勝ち進むほど連戦となっていく。それを想定した上での形式だ。男女ともに怪我のないよう、そして体調管理をしっかりとするように」

 言い終えて、伊月は男女それぞれの部長にくじの入った袋を手渡す。そして、袋に群がり、楽し気に会話をする部員を見て――伊月は口を開いた。

「お前らに、部内戦を開始する前に言っておかなきゃならんことがある」

 強めの口調で言うと視線が集まり、入屋がニッと笑って「コーチ、なに怖い顔してんの?」とおどけて見せる。しかし、伊月はさらに目を鋭くさせ、一瞬だけ怯えたような顔をして見せた入屋を見た。それから全体を見渡し、続ける。

「この部内戦、当たった相手を徹底的に叩き潰す気持ちで戦ってくれ」

 入屋から笑顔が消え、場の空気が凍り付いたかのように静まり返った。構わず、伊月は言葉を紡いでいく。一言一言に重さを乗せ、ぶつけるように、投げかけるように。

「相手が友達だろうが、仲間だろうが、今はレギュラーの座を奪い合う敵同士だ。下級生だろうが上級生だろうが関係ない、強い者だけが勝ち残る。その試合の中で手を抜いている者や試合の最中に諦めている者がいれば、俺の判断で即座に試合を止めて、部内戦からそいつを除外する。誤魔化しは無駄だ、そういう奴はプレーに出てくる」

 伊月の言葉に全員の目に動揺の色が見え始める。両隣に並んできた古藤先生も、むつみも、伊月の言葉を受け、真剣な面持ちを部員たちに向けた。

「遠慮も情けも無用だ。物騒な言葉かもしれないが、相手を叩き潰す気持ちで戦え。どうして俺がここまで言うのかわかるか?」目を閉じ、心を鬼にして伊月は言葉を口にする。「ここで手を抜き、試合を途中で諦める奴がレギュラーになったとき、お前らは素直に応援できるか? もし自分がレギュラーから落ちたとして、適当な試合を見せつけられたらどう思う?」

 瞼を持ち上げ、一人一人の目を見て話す。

「レギュラーとしての誇りは、重い。皆の思いを背負い、その代表として戦う。そのレギュラーがへらへらとして、適当な試合をして、それでお前らはいいのか? いいわけがないよな。だったら、己の全力を相手にぶつけろ。負けるかもしれないと考えるな。勝った自分を想像しろ。餓えて、噛みついて、最後まで喰らい付け。死んでも諦めるな。執念は恥ではない。勝って証明してやれ。それができんと思う奴は、今すぐ帰れ。残念なことに、俺は憎まれようとも恨まれようとも嫌われようとも、まったく気にしない人間だ。憎んでくれて、恨んでくれて、嫌ってくれておおいに結構だ。帰りたい奴は帰ってくれて構わんが……ここまで言っておいてなんだが」

 伊月は、一転し、挑戦的な表情を浮かべる。

「この場において、そういう奴がいるようには見えないんだが、どうだろう」

 言った瞬間、伊月が見たのはぎらぎらとした、炎を目に灯した部員たちの姿だった。熱気が残雪を溶かしてしまいそうなほどこもり始め、男女ともに、闘争心に火が点いた様子だ。その光景に古藤先生とむつみも表情を緩め、そして――入屋が両の頬を思い切り自分で叩いた。その音がコート中にこだまし、それはまさに、試合開始のホイッスルの代わりとなった。伊月は踵を返しながら叫ぶように言う。

「これより部内戦を開始する。審判と副審は男女関係なく手が空いている者が率先して入れ。壁打ちコートは試合直前の者だけが使用しろ。ちんたらしていたら春どころか、さっさと夏が始まっちまうぞ」

 声を大にして「はい!」と部員全員が返答し、慌しく、しかし活気に満ちた空気が満ちて行った。ひと仕事を終えてベンチに座ると、古藤先生がニコニコしながら「わたしも頑張りましょう」と学校の備品と私物を合わせて四台のビデオカメラを取り出し、三脚にセッティングをし始めた。むつみは腕まくりをして「手伝います」と鼻息を荒くさせて、古藤先生から受け取ったビデオカメラと三脚を女子コート側にセッティングしに行った。

「……さあ、流れは作ってやったんだ。あとは」

 見渡し、呟く。

「お前らが全力を出して戦うだけだ」


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