傷
ーー海原市ーー
かつて私が住んでいた地方都市。
ここで 、ちょっとした『事件』が起きていた。
もちろん私は知らなかった事だが……
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「痛っ……」
家の玄関を出た瞬間、一希の右頬を
何かがかすめた。
一希は慌てて右手で自分の右頬に触れた。
血が滲んでいる。
「もう!誰だよ‼︎ 何投げたんだよっ!くそっ‼︎」
イライラしながら一希は、もう一度家に入り、
顔に絆創膏を貼った。
「ああ! もう遅刻しちまうっ‼︎」
凄い勢いで自転車にまたがり、学校へ向かって
猛スピードで こぎ出す一希……
彼は『山田 一希』
現在、高校2年生。
この地域で5本の指に入る進学校に通っている。
決して近所の評判も悪くない。
友達も少なくない。
ただ、幼い頃から 習い事や塾など、友達と遊ぶ時間より、
将来に向けての備えをする時間の方が多かったせいで、
常にストレスがかかった状態で過ごしていた。
何がストレスなのか本人も分からない程、
いつもイライラしていた。
彼には、『ガス抜き』が必要だった。
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友人と談笑しながら通学途中の
彼女の左手の甲を何かが かすめた。
「痛っ」
小さく声を上げて、右手で、手の甲を押さえた彼女……
彼女は『藤本 みなみ』
現在、中学1年生。
いたって普通の活発な女の子だ。
友達に「大丈夫?」と聞かれ、
血の滲んだ手の甲を確認する みなみ……
「何が飛んで来たんだろう……」
辺りをみんなで見回したが、これと言って
ケガの原因になりそうな物は見当たらない。
友人の1人が、持っていた絆創膏を、みなみの
手の甲に貼ってくれた。
「ありがとう」
素直に、みなみは お礼を言った。
本当は、貼られた絆創膏を、今すぐ剥がしたい気持ちだった。
みなみは、その友人の事が嫌いだったのだ。
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『小松 亜希子』は、車で出勤途中だった。
ラッシュに巻き込まれ、時計とにらめっこしながら、
ジワジワとしか流れない道で、
彼女のイライラはピークに達していた。
その時、フロントガラスに何かが かすった。
「えーっ!何 ⁉︎ 飛び石?」
そんなはずはない。
まわりの車も渋滞で、全く動いていないのだから。
彼女のイライラに、ますます拍車がかかった。
傷自体は、ごくわずかなものだった。
それでも、今の亜希子を苛立たせるには十分だった。
娘のピアノの発表会の度に
新しいドレスを着せたり、出場費、月謝、
情報交換のためのママ友ランチ会、
家のローンもまだまだ残っている。
夫婦共働きで働いても、働いても、焼け石に水だ……
周りのママ友は、比較的裕福な家庭の専業主婦で、
亜希子よりは、時間にも余裕があった。
亜希子は彼女達を恨まやしく感じていた。
ガラスの傷を見つめながら、深い溜息をつく亜希子だった。
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「ギリギリセーフ‼︎」
校門前に立つ、生活指導の顔をチラリと横目で見ながら、
山田 一希は、学校内へ入った。
出がけに、思いがけず 顔に傷ができてしまったが、
ちゃんと本鈴に間に合ったし、ま、上出来か……
退屈な授業が始まる。
学校って、一体何を教えてくれる所なんだろう……
一希は最近、そんな漠然とした疑問を抱くようになっていた。
いい大学へ入る為?
その後、自分は何処へ行くんだろう?
彼は、ボンヤリと考え事をしながら、頬の絆創膏を撫でていた。
幼い頃から、ちゃんと親の言いつけを守って、お稽古事も
塾も、頑張って来た。
受験だって……
ちゃんと両親の希望する高校へ入学できた。
大学も、両親の勧めるところへ行くことになるだろう……
きっと、卒業後の就職先も……
「ああ…… つまんね…… 」
一希は思わず呟いていた。
同時に、次の『ターゲット』を考えていた。
一希のガス抜きは、『ターゲット』を決めて、
その子を学校から追い出すこと。
勿論、直接手を下したりはしない。
一希自身が作った、グループチャットに、
『ターゲット』を招待し、ジワジワと言葉によって攻め立てていく。
《空気読めない》とか《ウザい》とか、数人で叩く。
そのうち、相手のメッセージを無視し続け、
ターゲットが退会してしまうというやり方だ。
結局、『ターゲット』にされた子は、居場所を無くして
学校へ来れなくなってしまう。
一希にとっては、ただのガス抜きでしかなかった。
学校へ来なくなった相手の事なんて、最初から
どうでもいいと思っていた。
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藤本 みなみは、授業中、手の甲に貼られた
絆創膏を見つめていた。
「アイツに触られた……」
休み時間、忌々しい絆創膏を剥がして、
ゴミ箱へ投げ捨てた。
みなみが『アイツ』と呼ぶのは、幼馴染の
『柴田 麻衣』の事だった。
互いの母親同士も仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。
でも、みなみは、ずっとコンプレックスを感じていた。
麻衣は成績優秀。みんなに優しい。
何と言っても可愛いし、男子にも女子にも人気があった。
みなみが密かに想いを寄せていた男子も、どうやら
麻衣の事が好きらしい……
みなみは麻衣に嫉妬していた。
自分に無いものを、彼女は、全部持っている。
その上、彼の気持ちまで……
みなみは自分のグループチャットで、麻衣についての
ありもしない噂を流した。
麻衣がクラスの男子、何人もと同時に付き合っていると……
裏でクラスの女子の悪口を言っているという 嘘も付け加えた。
それを鵜呑みにした子たちは、麻衣を避けるようになった。
みなみは心の中で、ほくそ笑んでいた。
麻衣はどんどん孤立していった。
やがて学校へ姿を見せなくなった。
『麻衣が悪いんだ』みなみは、そう 自分に言い聞かせていた。
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小松 亜希子は、パートを終え、車に乗り込んだ。
今朝付いた フロントガラスの小さな傷に
「はあーー」と再び溜息をついた。
この程度なら直さなくてもいいか、とも思った。
でも、他のママ友にみっともないと思われるのは嫌だった。
また無駄な出費が生活を圧迫するのか……
あれこれ思い悩んでいると、携帯から着信音がした。
開いてみると、ママ友のグループチャットが入っていた。
祐子《迫田さんが、スーパーで万引きしたんだって》
未知子《本当?》
祐子《さっきスーパーにパトカーが来てた。何考えてるんだろう》
弘子《怖いね》
未知子《あの人ならやりかねないよ。無口で何考えてるか謎だもん》
弘子《生活、大変そうだしね》
亜希子は驚いた。あの迫田ユキさんが……
物静かで、優しい人だと亜希子は思っていた。
スーパーで万引きする様な、
大胆な事をする様なタイプには見えなかった。
亜希子《何かの間違いじゃないでしょうか?》
亜希子は、そう返した。
祐子《私がこの目で見たんだから間違いないわ》
未知子《亜希子さん、あの人の味方するの?》
亜希子《そういうつもりじゃありません!ただ、信じられなくて》
慌てて亜希子は返した。
この人達を敵に回しては、子どもも友達を
失ってしまう。
ピアノだって続けられなくなる。
それだけは避けたい。
祐子《私達が、嘘付いてるって言うの?》
弘子《亜希子さん、迫田さんとは もう関わらない方がいいわよ》
祐子《そうね。あなたまで泥棒扱いされちゃうかも(笑)》
亜希子《分かりました。そうします》
亜希子は、そう答えるしか無かった。




