12.襲撃者の正体
小さなローテーブルの上には湯気の立ち上るマグカップが三つ。これはテレザが淹れてくれたハーブティーで、口にすれば柑橘類と蜂蜜がほんのり顔を出す。優しい味のお茶はお酒の後に胃を休めるのには丁度良い。けれどお酒を呑んだ当の本人はお茶を楽しむ所ではないようだ。
今菜月達が居るのはトカゲの酒場の二階に造られた住居スペース。つまりテレザの自宅である。リビングの三人かけの花柄布張りソファには菜月、二人がけにはタクトと小柄な少女が座っている。この少女が先ほどタクトに体当た――いや、抱き着いてきた人物だった。
あの後、大声を聞きつけたテレザが顔を出したかと思うと少女の脳天に拳骨を落とし、「あたしの店の前で騒ぐんじゃない!!」と一喝。半ば強制的に皆をここへ連れてきたのだ。テレザはすぐに店へと戻って行ったが、どうやら菜月以外は皆顔見知りらしい。でなければ初見の子供――増して少女に拳骨など落とさないだろう。
話の流れで共にここへ連れてこられたものの、あくまで菜月は部外者。如何すれば良いのか分からず、ハーブティーを啜る以外することがない。一方、当事者の少女は拳骨を落とされた時は涙目になったものの、以降嬉しそうにべったりタクトの腕に張り付いていた。
「会いたかったよタクトぉ。今までどうしてたの? どこにいたの? どうして連絡くれなかったの?」
ずっとこの調子である。彼女も十年前の知人だとすれば質問責めにしたい気持ちも分からないではないが、それにしても彼女の言葉は随分情熱的だ。
「いっぱいいっぱいい―――っぱい探したんだよ? すっごくさみしかったぁ~~」
あまり注視してはいけないとは思っていても、他にやることもなくついつい二人の様子を見てしまう。しかし不思議な二人だ。実は彼女、控えめに言っても十二歳程にしか見えない。となれば以前タクトに会ったのは二・三歳頃。これほど強い執着心を持つ程、はっきりタクトを記憶しているとは考え辛い。
それに良く見れば少女はテレザとは違う意味で華やかな人物だった。高い位置で括られたツインテールは鮮やかな金色。白い肌に映えるサファイアブルーの大きな瞳と淡いピンク色の唇。フリルがふんだんに使われた水色のドレスが人形のように整った容姿に良く似合っている。唯一落ち着いた色合いの深紫色のフード付マントを上から羽織っていた。
「もしかして病気してずっと外出できなかった? それとも怪我?」
「いや……」
「悪いやつに捕まってたとか? 盗賊? 山賊? 魔物?」
一方タクトは苦笑いを浮かべるだけ。返事をしようとはしているのだけれど、隙間無く並べ立てられる言葉の波に口を挟む隙が無いようだ。
「じゃなきゃタクトがコレットに会いに来てくれない訳ないもんね。タクトのこと信じてずっと待ってたんだよ?」
因みに少女はまるで菜月の事など見えていないかのようにその存在をまるっと無視している。一方的に少女がまくしたてるばかりでちっとも話が進まないので菜月はもうしばらく空気と化しているしかなさそうだ。
先に帰りたい所だけれど、一度釘を刺されているから流石に同じ提案はし辛い。しかもここはテレザの自宅。勝手に席を外して他の部屋に移るわけにも行かず、菜月の持つ選択肢は彼らのやり取りが終わるまで眺めているという一択のみ。
そんなことをつらつら考えていると不意にタクトと目が合った。申し訳なさそうに眉を下げたその表情に、菜月は肩をすくめるしかない。
「あ、そうそう! 大事なこと忘れてた! 式はいつにする? やっぱりね、こういうのは早い方が良いんだって! 本当は春の方が良いんだけど~。だって沢山お花が咲いていた方がロマンティックでしょ? でも今再会できたってことも大切だと思うの。だから……」
「ちょっと待てコレット。それ何のはな……」
「きゃ――――!! 久しぶりにタクト名前呼ばれちゃった―――!! ねぇねぇタクトもう一度言って!!」
「いやだから何の……」
「あ―――もう!! うるさい!!!」
怒鳴り声と共に再びテレザが顔を出した。少女特有の甲高い声で叫べば流石に下の階まで響くだろう。そして再びその拳が少女の頭の上に落ちる。
「いった――――――い!!!!」
「だからうるさいって言ってんだろ!! いつまでピーチクパーチクやっているつもりだい!」
「ひど―――い! だってタクトだよ! タクトがいるんだよ!!」
「そんなこと目ん玉ついてりゃ誰だって分かるんだよ! いい加減その口閉じな!!」
「無理だもん! これから結婚式の日取り決めるんだから!」
「結婚式ぃ!?」
「っ、ケホッ!」
突拍子もない展開にそれまで傍観していた菜月が驚きのあまり咳込む。タイミングが悪かった。お茶に口をつけていた所だったのだ。
タクトも菜月も先ほどから少女が何を言っているのか理解できなかったけれど、どうやら彼女、本気でタクトと結婚するつもりらしい。思わずタクトを見れば、驚きすぎて放心していた。
しかしタクト……、まさかロリコンだったとは……。菜月が思わずじとっと視線を送れば、それに気づいたタクトが顔を青くして、慌てて首を横に振った。
「馬鹿言うんじゃないよ! 大体タクトにはナツキちゃんがいるだろう」
「ナツキ……?」
その言葉に初めて少女が菜月の方を見た。先程までタクトに甘え声を出していた少女と同一人物だとは思えないほど、その目は冷え切っている。
「誰アンタ……」
容姿が整っているだけに、そんな表情も迫力がある。しかし、この状況で名乗れと?
「呆れた。まだお互いに紹介してなかったのかい?」
「コレットのタクトとどういう関係?」
目が怖い。どう見ても年下の少女に押されているのは情けないが、何一つ悪いことをしていないのに責められている気がするのは何故だろう。
「いや、どういうと言われても……」
どう説明したものか。タクトとは特別な関係ではないけれど、神殿の宿舎で同居している身である。友人にしては付き合いが短く、他人にしては距離が近い。
中々口を開かない菜月にじれたのか、テレザが腰に手を当てて爆弾を落としてくれた。
「なんだい。はっきり言ってやんなよ。タクトの女だって」
そうだ。その誤解が解けていなかったんだった。慌てて少女の顔を見れば、アンティークドールのような美しい面が見る見るうちに般若へと変わっていく。
「女ぁ!!? ちょっとどういう事タクト! コレットと二股なんて許せない! コレットとこの女どっちが好きなの!!!?」
(うわ――……)
ぎょっとした顔で慄くタクトが気の毒すぎる。とにかく誤解を解かなくては。
「あの―……」
「何よ! コレットとタクトの間に入ってこないで!」
その容姿に見慣れてくると、ただの独占欲丸出しの子供にしか思えない。呆れた顔で傍観しているテレザの気持ちが菜月もようやく理解できた。
「はぁ……。とりあえずこれだけは言っておきますけど、私タクトの恋人でもなんでもないですよ」
「え……?」
「おや、そうだったのかい?」
意外そうにテレザが形の良い眉毛を上げる。少女の矛先がそちらに向かったようで、鋭い目つきでテレザを睨んだ。
「テレザ? どういうこと?」
「あははっ。ごめんごめん。アタシの早とちりだったみたいだね」
それを聞いた少女が態度を変えるのは早かった。再び満面の笑みを浮かべてタクトにしだれかかる。
「なぁんだぁ、良かった! ごめんね、タクト。タクトがコレット以外の女に興味を持つはずないもんね」
いやはや。すごい自信である。確かに誰もを魅了するその容姿は素晴らしいけれど、中身がこれでは……。勿論そんなこと口に出して言えやしないけれど。再び般若が顔を出されたら余計に面倒なのは菜月もこの短時間でしっかり学んでいる。
テレザも彼女の勢いは止められないと思ったのか、菜月の隣に腰を下ろした。機嫌が直った少女はますますタクトの腕をぎゅっとからめとって離さない。
「ごめんな、ナツキちゃん。変なことに巻き込んじまって」
「いえ。私は傍観しているだけですし……。あの……」
「ん? なんだい?」
「この国って、彼女ぐらいの年齢でも結婚出来るんでしたっけ?」
婚姻に関する法律など改めて確認したことがないので菜月には分からないが、少女は婚約ではなく結婚するつもりでいる。法律は国によって様々であるけれど、これ程幼い子供でも婚姻可能だなんてことあるのだろうか。
「あ~~。そうか。そう言えば自己紹介もしてないんだったね」
菜月はタクトとテレザの関係も知らない。店で食事をしていた時も城下の話とか、今の季節おいしい魚の話などが中心で彼らの過去は出てこなかった。それは単に秘密にしていたのではなく、二人とも気を使って菜月が分からない話題を避けてくれたのだと思う。
「アタシ達はね、十年前一緒に魔物討伐していた仲間なんだ」
「え……、お二人もですか?」
「あぁ、そうさ」
テレザと少女の顔を交互に見る。握手した時に気付いたテレザの手のひらにあったマメの感触は、もしかしたら武器を持つために出来たものかもしれない。けれどあの少女も? しかも十年前に?
困惑する菜月の目線が少女に注がれているのを見て、テレザは苦笑した。
「知らなければ驚くのも無理はないね。実はあの子、コレットはエルフの血を引いているんだよ」
「エルフ……?」
初めて聞く言葉だ。血を引いているという事は、家系や血族のことだろうか。そう思ったけれど、テレザが教えてくれたのは菜月の予想とは違うものだった。
「精霊は分かるかい?」
「はい」
「宗教上エルフと精霊を同一とする国もあるけれど、この大陸では大体が別々に分類されてるね。人間や動物のような肉体を持たないエネルギー体が精霊、肉の記憶を持つのがエルフと言われているのさ」
まさか人間とは違う種族のことだったとは。聞きなれない言葉に菜月の首が自然と傾く。
「肉の記憶?」
「難しい言い回しだけど、要は精霊と動物の間ってことさ。彼らはエネルギーと肉体の両方から体が出来ているんだ。エルフを妖精と呼ぶ国もあるね」
「成程……」
明日エルフのことをランスロットに質問してみよう。そう心に留めながら頷く。菜月が知るよりもずっと多くの種族がこの世界に存在しているらしい。
「精霊もエルフも人間よりはるかに長命な種だけど、エルフは肉体を持っているから長い歴史の中で人間と交わることもあってね。その子孫がコレットなのさ」
「つまり、彼女も長命ってことですか?」
「純粋なエルフに比べれば人間に近いけど、人よりも歳を取るのは大分緩慢だね。だから子供に見えるけれど、実は私やタクトよりもずっと年上なんだよ」
「え……」
再びコレットを見る。一体何歳なのか聞いてみたいが、流石に失礼にあたるだろう。しかし少女と言える歳ではないのだとすれば、ツインテールにフリフリドレスはいかがなものだろうか。いや、容姿に似合っているからこれはこれで良いのか……。
「はぁ……。だから結婚」
「そ、十分可能な年齢ってことさ」
年を取るのが緩慢だとすれば、十年前からほとんど見た目に変化はないのだろう。よく魔物討伐のパーティーに入れたものだ。
「でも、あの容姿でよく魔物討伐に参加が許されましたね」
「おや、そんな心配は無用だよ。ハーフエルフの魔力が強力なことはこの業界じゃ有名だからね。むしろどこのパーティーも諸手を挙げて大歓迎さ」
「へぇ、すごいんですね。あの、お二人とも今もそのお仕事を?」
「いや。その頃父が倒れてね。アタシは店を継いだから、途中からパーティーを抜けたんだ」
「あ、すいません……」
「気にしないでいいさ。アタシはたまにギルドから手伝いに駆り出されることはあるけれどね。コレットは勇者パーティーの一員だから、魔王を倒した後そのまま王宮お抱えの魔術師になったんだよ」
「魔術師……」
「流石にあの性格だから筆頭魔術師とはいかないけどね。一流ではあるのさ」
タクトも彼女も国を救った英雄同志。成程お似合いというわけだ。
「……かつての勇者とその仲間の魔術師の結婚ともなれば、国中盛り上がるでしょうね」
「まぁ、実現すればね……。でも、ナツキちゃんはそれでいいんだ?」
「え?」
「あぁ、ごめん。やっぱりタクトの恋人じゃないんだなぁと思ってさ」
「あはは、そうですね」
「…………。ま、あの様子だとタクトが了承するとは思えないし、しばらくコレットが付きまといそうだね」
「あぁ……」
「タクトもはっきりつっぱねりゃいいんだろうけど、多分負い目があるんだろうさ」
「…………」
「十年間連絡一つよこさなかったね」
多分、テレザさんの言葉は当たっていると思う。例え結婚がコレット一人の我儘だったとしても、タクトは彼女の気の済むまで話を聞いてあげるのだろう。厄介ごとを避けるより正面からぶつかるような不器用な人だ。だからこんな風に色々な人から好かれるんだろうけど。
「ところでナツキちゃん。もう結構な時間だけど帰らなくて大丈夫かい? あまり遅くなると神殿には帰りづらくなるだろう」
「あ、そうですね。でも……」
ちらりとタクトの方を見る。先程よりもべったりと少女がくっついていて、どう見ても今ここで帰るとは言えなそうだ。それを察したテレザがコレットの腕を引いた。
「ほらコレット。いい加減タクトから離れな」
「いや!! 十年ぶりなんだよ? やっと会えたのに離れるなんて無理無理!!!」
「コレット……」
「あ―――ん!! タクトぉ!」
正面から抱き着くコレットに困ってはいても、やはりタクトは無理に引きはがそうとはしない。
「全く。一人で帰す訳にもいかないしねぇ。もし良かったらマオに送らせようか?」
「マオ?」
「お―――い! マオ! ちょっと上おいで!」
テレザが階段上から店へ向かって叫ぶ。しばらくして顔を出したのは菜月に助言をくれたあの店員だった。灯りを落とした店内よりも明るい部屋でこうして近くで見た方が幼い印象を受ける。ひょっとして彼未成年ではなかろうか。
「コレットがしつこくてねぇ。ナツキちゃんを神殿まで送ってあげてよ。どうせコレットを呼んだのアンタでしょ」
指摘されたマオはすんなりと頷いた。
「タクト、見つけたら教えろって、言われた」
「はぁ、そんなことだろうと思った。いくらコレットでも現れるのが速すぎたからねぇ」
どうやらマオとコレットも知り合いだったらしい。黙って様子を見ていた菜月にテレザが顔を向けた。
「あぁ。ナツキちゃん。この子コレットの親戚なんだよ」
「じゃあ、彼もエルフの血を……?」
「そうさ」
改めて少年を見る。話し方からして少し世間離れしているなぁとは思っていたけれど、まさかハーフエルフだったとは。酒場で働くには幼いと思ったばかりだが、実年齢を聞けばきっと成人しているのだろう。
気付けばマオもじっと菜月を見ていた。
「ナツキ……?」
「あ、はい。ナツキです」
すると自分を指さしてささやくような声で呟く。
「マオ」
「うん。マオくん。よろしくね。でも本当にいいの?」
この冬の寒い中、わざわざ店を抜けてまで送ってもらって良いのだろうか。初対面の相手にそこまで甘えてしまうのは流石に気が引ける。けれどマオは少しも悩む様子もなく、こくんと頷いた。
「じゃあ、タクト先に戻ってるね」
「あぁ、ごめん。マオ、悪いけどよろしくな」
再びマオが無言で頷く。相変わらずコレットはガン無視なので、テレザにお礼を言って店を出た。
店外の玄関前で菜月とマオを見送ったテレザは、降っていた手を下して小さくなっていく背を眺めた。艶やかな黒髪の彼女は見た目は二十代の娘に見えるけれど、中身はテレザと同じか年上のように落ち着いている。それ以上に不思議なのは彼女とタクトの関係。恋人ではないと言うけれど、人付き合いの上手くないタクトがわざわざ親しくない相手と共に外食するなんて考えづらい。けれど彼女の言葉に嘘はないのだろう。タクトへの恋心は確かに抱いていないように見えた。
それなのに――
「…………。不思議な子だよねぇ。嫉妬心は少しもないのに、あんな寂しそうな顔するなんてさ……」
まぁ、男女の仲は人それぞれ。野暮な勘ぐりはすまい。そう呟いてテレザは客の少なくなった店内へと戻って行った。




