猫顔の蛟(みずち)
息を殺し、短剣を構えたヤマトの前に現れたのは…。
管狐だった。
「なんだ、お前かよ…。脅かさないでくれよ」
管狐を見て、少し安心したヤマトの緊張が少し緩む。そんなヤマトの様子をまったく気にしていない管狐は、ヤマトの足元で周囲を見回している。
気持ちを切り替え、再び湖の方に顔を向けた、そのとき。
ザザッ
水面が激しく揺れ、湖から何者かの影が見える。
魚のような顔をした魔物が次々と姿を現した。
サハギンだ。
一体、二体…十体以上はいる。多い。これだけの数を相手にするのは、今の俺には厳しい。
俺は短剣を構えたが、サハギンたちは一斉にこちらへ向かってきた。
「管狐!」
足元から駆け出した管狐が、サハギンの前に回り込む。管狐を見た個体の動きが鈍り、足元がおぼつかなくなった。
その隙に、俺は距離をとった。
だが、数が多すぎる。管狐の力だけで、サハギン全員を足止めすることはできない。
俺は頭の中で、呼び出せる妖怪の名を探った。
そして、一つの名を口にした。
「猫顔の蛟!」
湖面が大きく波打った。
水しぶきとともに現れたのは、猫のような顔を持つ巨大な蛟だった。長い身体をうねらせ、サハギンたちへと向き直る。
蛟が口を開く。
次の瞬間、吐き出された息が近くにいたサハギンたちを包み込んだ。
毒の息だ。
毒の息に包まれたサハギンは苦しみながら次々と倒れていった。しかし、効果の範囲が狭いため、半分も倒せていない。
突然現れた巨大な生物にたじろいでいるサハギンの隙をつき、近くまで来ていた一体を斬り捨てる。
我に帰った残りのサハギンたちは、俺と蛟両方に襲いかかった。
蛟の毒の息は効果範囲が狭いとはいえ、近づいてくる敵に息を吹きかけるのは簡単だ。あっという間に、襲いかかってきたサハギンを全滅させた。
……すごい。
かくいう俺は、管狐とともに一体ずつ相手にする。
管狐がデバフをかけサハギンの動きを乱す。その隙に俺が倒す。
危なげなく残りのサハギンを倒した俺は、改めて湖の方を見た。
猫顔の蛟は、じっとこちらを見つめていた。
敵意があるのか、それとも何かを求めているのか。俺にはわからなかった。
しかし、このままここに存在されると、サハギンが蛟に変わっただけで何一つ状況が変わっていないことになる。
いや、むしろ本来この世界に存在しないものがいると知れ渡る方が問題だ。
どうにかして帰ってもらわないと…。
蛟退治が描かれた伝承を思い出す。
たしか、神の使いとされる大きな蛟に三つの瓢箪を使って挑み、知恵比べをしたという話だった。
試してみる価値はあるかもしれない。
しかし、瓢箪は持っていない。
代わりになりそうな物もみつからない。
しばらく考え込んでいたヤマトが、ふとあることに気づいた。
「なにも、伝承そのものをなぞる必要はないんじゃないか?」
伝承で蛟を追い払うために取った行動は『知恵比べ』だ。この伝承の本質はそこだと見抜いたヤマトは猫顔の蛟に向かって叫んだ。
「この湖映っている大きな星を捕まえてみろ!」
湖面には、空の光が映り込んでいた。俺はその中でも、一際大きく輝いて見える光を示した。
猫顔の蛟は湖面を見つめた。
手で映った星を握ろうとするが、水面が揺れるだけで捕まえられない。蛟は何度も水面を掴む。だが、掴もうとすればするだけ、星は形を崩し、手からこぼれ落ちるように消える。
猫顔の蛟は湖面をじっと見つめる。
しばらくすると、蛟は大きく体をくねらせ、勢いよく星に向かって頭から突っ込んだ。
水面が大きく盛り上がる。
しかし、星を捕まえることはできない。
蛟の長い体はそのまま湖底へ沈んでいき、やがて姿が見えなくなった。
……逃げたのか?
蛟の真意はわからないが、逃げたのであればありがたい。俺は周囲を見渡し、サハギンがいないことを確認すると、調査を終えることにした。
湖岸を離れようとしたとき、管狐が湖面へ視線を向けているのに気づいた。
「どうした?」
管狐は答えない。ただ、じっと水面を見つめている。俺もその視線を追った。
水面の下に、何かが揺れているように見えた。
目を凝らすと、魚のような影が一つ、また一つと現れた。
いや、一つや二つではない。
数えきれないほどの影が、湖の底を漂っている。
サハギンなのか、それともただの魚なのか。確かめることはできなかった。
俺は湖を振り返りながら、その場を後にした。
調査は終わった。けれど、この湖にはまだ何かが潜んでいるのではないか。そんな気がしてならなかった。
調査終了!
湖の底にいたのはなんだったんだろ?




