第一話
キャンベリー領の親愛なる牧師といえば、カルバンがいる。誰に対しても親切であり、親身であるから、多くに尊敬される人だ。
領内の都市、古びた教会。
素朴な石造りの建造物と控えめな装飾。そして、決して汚れることのない清らかな聖堂。清貧を貫く姿勢がよく現れた教会だ。
その教会は、決して信仰のためだけの場ではなかった。交流を行うコミュニティとしても扉を開けていたし、孤児や遺児を育てる孤児院としても扱われ、また浮浪者に対する擁護も行われていた。キャンベリー領に住まう人々の心の拠り所でさえあった。
カルバンの献身は、多くの寄付で成り立っていた。信心深い街の住民から、また遠くの貴族からも、さらには外国の有力者からすら寄付を貰っていた。その寄付の中には親友とすら呼べる領主貴族、キャンベリー公爵その人もいた。キャンベリー家現当主、アルバートだ。
「思うに、カルバンよ。貴様はもっと欲を持った方が良い」
アルバートは多忙を極める身である。しかし、余暇の合間を縫って、カルバンと食事を共にすることも多々あった。
「牧師の身で、欲を問われることになるとは思ってもみなかったですよ。アルバート」
その食事はとても貧しい。キャベツが浸ったスープと硬いパンだけだ。硬いパンはスープで溶かして、何とか食べられるといったところ。
吹き抜けた風が、燭台の火を揺らす。この教会で最も高価なものは、この食事テーブルの上に置かれた銀の燭台だ。これでさえ、アルバートが感謝の品として送ったから置いているのであって、おそらく、この教会にはカルバンが自らの意思で置いたものはない。
もちろん、聖堂の物はカルバンが細心の注意を払って置かれたものであるが、しかし、それさえも彼自身のために置かれた物ではなかった。
「貴様のことはもちろん、尊敬しようぞ。敬ってさえいる。それは我が領に住む民草もまた同意見であろう。なれば友よ、我々が貴様に良き暮らしをして欲しいと思う心もまた、真実であることを図らねばならんぞ。民草の旗印たらんとす、その姿もまた、貴いものだ。しかし、その旗印が豪華絢爛でなくてどうする」
「いいえ、いいえ。貴方の助言は大変参考になりますが、しかし、私はあくまでも私のために清貧を貫きたいのです。貴方は私に、欲を問われましたが、ふふ。実をいうと私は我欲が強い方にございます。私は私のために、人を救う旗印となっているのです。清貧であるのです。なぜなら、救われる人の姿は、私を喜ばせてくれますからね」
アルバートは片眉を上げた。
反骨の印だ。
行儀悪く肩ひじをついたまま、返す。
「清貧の旗印であることが、人々を救うと?」
「ええ。私はそう信じております」
「ふん。意見の相違だな。人は金を持たねばならんぞ。富めばそれだけで幸せを呼ぶ。我を見よ、我という豪華絢爛の旗印を。これこそが、人間が辿り着くべき幸せであろう」
アルバートは立ち上がり、自慢げに胸を反らせる。
カルバンは細やかに笑い、パンを口に運んだ。
その行動に、信念が変わらないことを察したアルバートは座り直し、姿を正した。
「貴様は変わらんな」
「貴方も、どうかそのまま、お変わりありませんように。…あえて差し支えるならば、私は貴方の説く幸せを否定する気はありません。貴方のような富を、すべての民が持てる時代が来るとすれば、それは紛れもなく歓迎すべきことです」
カルバンは水を含んだ。
アルバートはつまらなさそうに、半目でその話を聞く。
「それでも、盛者は必衰であることもまた世の理です。人が天井から天下へと落ちた時、底の底で生きることが、死ぬほどの苦痛であればいけないのです。盛者でなくても、金を持たなくても、富めなくても。貧の内で、幸せを魅せる旗印だって、あっていいでしょう」
清らかな笑顔をカルバンはアルバートに見せた。
アルバートは口をヘの字にして、これだけ。
「つまらん」
「ふふ。そういうと思いました。この宵の席を盛り上げるといたしましょう」
ぼろぼろな木の席を外す。
カルバンが奥の部屋へと引っ込み、すると赤い瓶を引っ張ってきた。
「ワインを、いかがですか?公爵」
「…ふはっ。それでこそ貴様だ、牧師」
燭火の影を赤く濁す、乾杯の音がした。




