唐揚げ弁当
休憩室のドアが雑に開かれる音がした。ガタッ、と勢いよく踏み込んできたのは、尾口先輩。
ズカズカと足音を響かせながら、中身のパンパンに膨れたビニール袋をテーブルへどさりと置く。そこから取り出されたのは、大盛りの唐揚げ弁当――いや、もはや “バケモン級” の弁当だ。
でかい。何もかもがでかい。
弁当の箱も、唐揚げも、そして――尾口先輩自身も。
巨漢という言葉がこれほど相応しい男を伸一郎はいままだ見たことがなかった。首なんてどこからどこまでが首なのかわからないし、スーツのシャツは常にパンパン。
「警備員」じゃなく「用心棒」とか「執行人」とか、そんな肩書きの方が似合いそうな見た目だ。
……実際、この人はすごい。
元・某国際大会候補の柔道家がどうしてこんなしがないビルに警備員の社員としているのか伸一郎には理解できなかった。顔は怖いが根は面倒見が良くて、意外と後輩には優しい――というか、“雑”に甘かった。
そんな尾口先輩が、唐揚げ弁当のビニールを豪快に破りながら、じとっとした目で伸一郎を見下ろした。
「……なんだその浮かれようは」
「えっ」
「ついに万年童貞にも女ができたのかい?」
「雪ちゃんはそんなんじゃありません」
即座に否定するが、その瞬間――
ふわっ……
唐揚げの 濃厚な香り が鼻をくすぐった。
カリッと揚がった衣、じゅわっと溢れる肉汁、染み込んだ甘じょっぱいタレ……。
これは――間違いなく美味いやつだ……!
「……」
ごくり。
喉が鳴る。
だが、違う! 違うぞ!
オレには雪ちゃんのお弁当があるんだ!!
雪ちゃんがオレのために作ってくれた、愛情たっぷりのお弁当 が……ここに!!
「……なんだよ、唐揚げ分けてやろうと思ったのに」
尾口がボソリと呟く。
「そう、オレには雪ちゃんのお弁当が……」
一瞬、揺らぐ。
「……嘘です。ください。お願いします」
即座に土下座する勢いで頼み込む伸一郎。
尾口は呆れ顔で、唐揚げをひとつ箸でつまみ、そのまま伸一郎の弁当のフタの上に ポンッ と置いた。
「……ほれ」
「尾口先輩……!!」
神か? いや、仏か?
感涙しながら唐揚げを頬張ると、じゅわっと肉汁が口いっぱいに広がる。
「う、うまい……!!」
「チッ、そんなことで感動してんなよ」
尾口は舌打ちしつつ、湯を注いだインスタントの味噌汁をかき混ぜる。
「そんな女に浮かれてて、夜間学校の方は大丈夫なのかよ?」
「こう見えても優秀なんですよ、オレは」
唐揚げを頬張りながら、伸一郎は自信たっぷりに胸を張る。
「そうは見えねぇがなぁ……」
尾口は味噌汁のフタを開けると、湯気とともに小さく溜息をついた。
餌付けされる主人公。