63話 取引成立
俄かには信じられない。
こんな誇大妄想には付き合ってられない。
だが──東京大災害の記憶が、まざまざと蘇る。
崩壊する駅のコンコース。響く悲鳴。瓦礫の間から見えた、巨大な異形と、それに立ち向かう光をまとう少女の姿。
けれど。
その時、尾口の目には “奇妙な光景” が映っていた。
──怪人は、魔法少女に対して明らかに 手加減していた。
瓦礫を砕く怪力も、灼熱の炎も、本気を出せばもっと広範囲に壊せただろう。なのに、それはまるで「ある程度の範囲を越えないように調整された戦い」だった。
それに対して、魔法少女は……“あまりにも躊躇がなかった。”
光の刃が怪人の肉を断ち、灼熱の光が街を焼いた。
あまりにも躊躇がなかった。
まるで、敵を倒すためなら、その先に何があっても構わないような——そんな戦い方に見えた。
ほんの一瞬そう思っただけだ。
英雄を称える熱狂の中で、そんな違和感を口にできるはずもなかった。
──尾口は、いままでずっとその違和感を胸の奥深くに封じ込めた のだ。
「で、どーすんの? オグチせんぱーい」
ケイのふざけた声が、思考を現実に引き戻す。
後部座席の”伸一郎”が、ニヤつきながら首を傾げていた。その仕草が、彼本来のものと微妙にズレているのが 不快だった。
「伸一郎の真似をするな。怪人」
尾口は低く言い放つ。
ケイは口元を吊り上げると、肩をすくめた。
「いーじゃん、ちょっとくらい。俺は今、この身体の持ち主なんだぜ? せんぱいには、こっちの俺にも優しくしてほしいなぁ?」
「……さっきの話をオレの上司にもしてもらう」
「あー?」
ケイの声の調子が変わる。尾口は息を吸い込み、できるだけ冷静に言った。
「オレは単なるしがない公務員だ。オレに決定権があるわけじゃない」
ケイは鼻で笑い、天井を見上げる。
「……やれやれ。ニンゲンはめんどくせー生き物だな」
不満そうに言いながらも、その口元には笑みが浮かんでいる。まるで、すべてを見通しているような、余裕のある笑みだった。
尾口は反射的に寒気を覚えた。
この取引を飲むべきなのか。
それとも、気づかないうちに——もう選ばされていただろうか。




