ルームメイト
「……リア……ザリアさん」
長い髪で目が人から見えない様にロザリアは居眠りをしていたが、何処かで彼女を呼ぶ声が聞こえその声にこたえる様に頭を上げて寝ぼけ眼だけで周囲をゆっくり見渡すとさらに強い口調で名前を呼ばれてビクリとする。
「ロザリアさん!!」
「えっ!?」
気が付くと、すでにレクリエーションは終わり生徒達が各々講堂を後に移動し始めていた。そして目の前には派手目の金髪の女生徒と二人の令嬢がロザリアを眺めていた。
「まったく生徒会長の大事なお話の途中で居眠りなんて、それでよくジルベール殿下の婚約者候補を名乗れますね」
「え!?何故それを……」
驚くのも無理はない、彼女が父親にその話を聞いたのは昨日の夜の事だ。何故目の前の彼女らが知っているのか目を白黒させてると扇子を口元に当てて話し出す。
「何を寝ぼけた事を言ってるんですの?当然同じ候補が上がれば事前に連絡を受けるに決まっているでしょう?」
目の前の令嬢には見覚えがあった。メティス侯爵令嬢……父親と同じ派閥のキオーネ侯爵様のご息女で、唯一お茶会に誘ってくれた方だった。
「申し訳ございません、あの、それでメティス様は何か私に御用でしょうか?」
扇子を口に当て値踏みをするかのような視線を送って来る彼女を、少し引き気味になりながら聞いてみる。
「同じジルベール殿下の婚約者候補になったと聞きご挨拶がてらに様子を見に来たのです」
半分開いていた扇子をパチンッと畳んでこちらを睨むと、後ろに居二人の令嬢も呆れた顔をしている様子だ。
「そ、そうでしたか、本来なら私からメティス様に挨拶するべきでしたのに……」
「別にそこは気にする必要はありませんわ。それよりロザリアさん、候補とは言え周りは私達に注目をします。恥知らずな行動をすればそのまま殿下への評価にも直結するのですから今後はその辺りをよく考えて行動なさい。それではね」
少し困った様な顔をし、溜息を軽くついてから踵を返すと二人の令嬢も慌てて付いて行く。そんなメティス令嬢の後姿を眺めながらロザリアは大きな溜息をついた。彼女の言う通り、今後はジルベール殿下の婚約者候補として周りから好奇と嫉妬にさらされるのは必然だろう。
少々高圧的な所もある方だが同じ歳とは思えないほど彼女は大人である。中途半端な自分をわざわざ候補などに加えないで殿下の婚約者に決めてしまえば良いのにと彼女は思いつつ寮に戻る為、席を立った。
寮へ続く連絡通路を歩いていると、会いたくないなと思ってる相手に会ってしまうというのは世の常。女子寮と男子寮の分かれ道の所で二人の男子生徒を数人の女子生徒が囲んで談笑してる。その内の錆色の髪の男子がロザリアの顔を見て、手を振って来た。
見覚えのある彼は辺境伯子息のレイソード・アナンケだった。以前どこかの宴に参加した際、親娘であいさつに伺った時に会った覚えがある。伯である厳格な感じの父親と違って、ちょっとチャラい感じが印象的だったのを思い出していた。
「おー、新しいジルの婚約者様じゃない、ロザリアちゃんだっけ、久しぶりだね」
彼の一言で囲んでいた女子が敵意に近い目つきで見て来るのを受け流し、一応挨拶だけはしておいた。
「ジルベール殿下、並びにレイソード様、ご機嫌よう」
スカートを摘まんでカーテシーをしながら挨拶をする。
「うん、元気そうでなにより」
「…ロザリア嬢、会うのは俺の誕生会以来だね。それはそうとこの学園ではそこまで畏まった挨拶は必要ないよ」
レイソードはニコニコしているが、殿下は氷の王子の異名通りブルーグレーの髪を揺らしこちらを見る。”その雰囲気がステキ!”と他の令嬢達に人気ではあったがロザリアにとっては感情を測りにくく苦手なタイプだった。
「え、はい、申し訳ありません」
慌てて思わずカーテシーをして頭を下げるとレイソードが噴き出す。
「プッ、ハハハハハ、だからそう畏まらないでいいからさ。ロザリアちゃん面白すぎ」
慌てた自分に羞恥で顔を赤くしながらチラリと殿下の顔を見ると僅かに微笑を湛えてる様に見え思わずドキっとした。
「引き留めて悪かったね、もう失礼するよ。レイ、行こう」
「おう、またね~」
殿下に促されたレイソードは二人で男子寮へ向かって行く。元々彼女らから離れたくて自分を利用したのではないかと思っていると、案の定アピールタイムを邪魔されたご令嬢達がロザリアに聞こえるよう嫌みを言って来た。
「折角、殿下とお知り合いになれるチャンスだったのに…」
「たかだか候補のくせに調子に乗っているのではなくて?」
「あの薄気味悪い黒髪って魔族の血が混じってるんじゃないかしら」
「いやだ、こっちを見たわ」
別になりたくてなったのではないと、そう心の中で愚痴りながら軽く会釈をしてそそくさとその場を後にした。
彼女にとって朝から婚約者候補に選ばれ、同じ候補の侯爵令嬢に怒られる、殿下のファンに睨まれると、なんて最悪の日だろう。今後求めてもいないステキな学園生活が待っていると考えれば考える程頭が痛くなってくる。そういえばあちらの世界では頭痛薬なんてものがあった気がする。もっとも薬で悩みがなくなるのならヤバい薬だなと思いながら寮の階段を駆け上って行く。
三階までの階段をへーこらと上って、自分の部屋312号室にやっとたどり着きドアの鍵を回して開けようとすると鍵が閉じる。
鍵をかけ忘れたかと不思議に思いながら再び鍵を回しドアを開けて中に入ると、夕方の赤い光に照らされた薄暗い部屋を見渡す。すると片隅の使っていないはずのベッドに人の姿を見つけギョッとした。
焦る気持ちを押し殺し意を決してベッドにそっと近づき、寝ている人物をみると銀色の髪の娘が寝息を立てている。見た感じ自分の制服と同じ色のリボンをしている所をみると同級生と思うが記憶にない。切れ長のまつ毛と小麦色の肌、そして上下する大きな山脈をみて絶句する。
(何?このふざけた大きさのおっぱいは、あたしの倍以上あるんじゃない?)
「それにしても……」
寝息を立てている女の子の顔をしばらく見つめていると、フワっと良い香りがして何か奇妙な感覚に囚われて徐々に引き込まれていく。
……ジーッ
自分でも訳が分からないうちに、何かに引き寄せられる様に目を瞑りながら顔を近づけて行くと不意に小さな何かに鼻頭を小突かれた。
――ペシ!
「あいた!?」
驚いて顔を引き、寝息を立てている彼女の方を見ると特に何もみつからず不思議に思いつつも、それより今自分がした行為について思い出し、改めて赤面してしまう。
(……あ、あたしったら何してんの?)
慌てて寝ている彼女から離れ自分のベッドに戻ると初対面の相手に自分がしようとした事が頭の中でグルグルして思わず冷静さを取り戻そうと深呼吸をした。
「ふ~、少し落ち着いたかな」
息を吐くと改めて寝ている彼女を見る。自分に変な性癖があるんじゃないかと思い再び赤くなる。
「と、とりあえず、片づけの続きやろっと」
気恥ずかしさを隠すように声に出しながら、散らかっている服や本の片づけを始めた。
最初の内はベッドの方をチラチラ気にするように見ていたが、黙々と片付けをしてるうちに時間を忘れ作業に没頭していた。ふと気が付くと大分外も暗くなってきたので灯りを付けようと立ち上がると、不意に頬を掠める冷たい風を感じた。
振り返りかえると西側の窓のカーテンが僅かに揺れて窓が開いているように見えた。寝ている娘が開けたのかと思い窓に向かって二、三歩歩みだした瞬間、それを見て思わず体が硬直する。
――誰かがカーテンの影に居るのだ。
「きっ!?」
悲鳴を上げようと口を開きかけた瞬間、カーテンの影に居た黒づくめの男は素早く飛び出し、彼女の口を押え首にナイフを突きつけて、腹の底から絞り出すようなくぐもった声で耳元に囁いた。
「静かに。首に息を吸う穴を作られたくなかったら大人しく来てもらおう」
「うっ……うう」
(最悪だ、本日一番の最大最悪の事態だ、なんで今日のあたしはこんな目ばかり……)
そう思い、目から涙が零れそうになったその時、ナイフを持った男が奥を見ながら驚いた様に声を絞り出す。
「なんだ…貴様は」
男の視線の先に目をやると、東側にベッドの上に座り、こちらを煌めく宝石の様な金色の目でこちらをジッと見ている彼女がいた。