見えた思惑
膝を着いて泣き崩れるコボルドの横でまだ生きている魔物は息も絶え絶えでこのままでは長くは持ちそうにないのは何となくわかる。
私を襲った魔物…いや元々コボルドであった者は、魔剣の瘴気にあてられ変貌してしまった姿のままだった。おそらく魔剣から受けた穢れがまだ体中に残っているのだろう。隣のロザリーに耳打ちをして、そんな彼らに一つの提案をしてみた。
「ねえあなた、私と取引しない?」
「……と、取引だと?」
私はうずくまった魔物の背中に抱きついているコボルドの小男に声をかけた。彼は涙目になりながらこちらを睨むが、目の奥は迷いが見える。
「ええ、貴方の雇い主の情報を私にくれるなら貴方の大事なお友達を助けてあげる」
「お、お前のような釣った魚を鳥に取られるドジな奴に兄貴が直せるわけないだろ、それに依頼者の情報を流せば俺達は裏の世界で信用を失って食っていけなくなる」
「でも先に裏切り騙した者を義理立てしたって何の得にもならないし、今後も同じように適当に使い捨てられると思うけど」
「……」
「じゃ、皆さんこんな所にいつまでいても意味がないから帰りましょう」
立ち上がり、彼に背中を向けて飛竜に乗り込もうと歩き始めると、小男は慌てた様に声を掛けて来る。
「ま、待て!…ほ、本当に兄貴を元に戻せるのか?」
「もちろん、こちらの彼女は聖女だから穢れなどを振り払い治癒する事が出来るの」
ロザリーの手を引っ張り、抱き寄せると彼はなお疑念を持ちながらも瞳の奥に小さな希望が灯った事を確認出来た。
「わ、わかった。話す、話すから兄貴を助けてやってくれ…頼む」
「じゃあロザリー、お願い」
「ええ、任せて」
あまり命を駆け引きの道具にはしたくはなかったが、こちらとしても命令した者の手掛かりが少しでもほしい。事前に話していた通り、ロザリーは魔物になった男に近づくと深呼吸を一度して顔をパンっと叩くと両手を男の背中にかざして浄化を始めた。
皆が見守る中、両手から発せられた光はやがて全身を包み込み、更に光が増すと黒い瘴気が徐々に霧散してゆく。光の中で男の体は元の大きさに戻りながら、光が晴れた後にはコボルドは元の姿になったのだ。
「あああ、兄貴…」
「まだよ、その腕持ってきて」
喜び勇んで近づこうとする小男をロザリーは制止して、切られた腕を持って来るように指示すると、男は慌てて近くに落ちていた腕を傷口に当てたのを確認し、再び両手を掲げ傷口に光を当てると腕は泡の様な物に包まれてあちこちの傷と共に元へと戻って行く。
「ふぅ~、上手くいった~」
「素晴らしい出来だわ」
「へへへ、どう?見直した?…ってエエ?なに?」
振り向いて私に自慢げな顔を見せようとした途端、目の前にコボルドの顔がアップで近づく。
「ありがとう!聖女様ありがとう!!この恩は必ずきっとお返しします!!」
「あ~ははは、き、気にしないで」
ロザリーは突然、小男に両手を捕まれ何度も何度も頭を下げなら感謝をして来る彼に困惑しながらも自分がなした事で誰かを助けた実感が湧いて来たのか恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべていた。
私も皆も多少呆れながらその光景をしばらく眺めていた。
その後、ある程度回復したコボルトの二人組から聞いた話ではやはりマントを着たドラゴニュートである事以外は素性は分からないとの事らしい。そして、受けた任務が私を対岸から監視して様子を見るだけという奇妙な依頼だったが、それでも依頼料が破格だった為に仕事を受けたそうだ。
只の誘拐でない事を考えると、あのマントの男の狙いが見えて来る。明らかに環境を変えて、女神のギフトを使わせようとしていたのだろう。しかも私はその思惑にまんまと乗ってしまって最後の最後、透明マントを焼き払う為に発火能力を使ってしまったのは悔やまれる。
まだ足元がおぼつかない相棒の為に肩を貸して自分達の船に戻って行く彼らを見送り、私達も一旦街に戻る為に飛竜へと乗り込んだ。
「なあペルちゃん、あいつらそのまま返しちゃっていいのか?重要参考人かもしれないぞ」
「うん、まあ彼らに誘拐されたわけじゃないし、尋問とかされても答えは変わらないと思うよ。それに直してくれたロザリーに心酔してきってる様だし、たとえ後で捕まっても嘘はつかないと思う」
甘い対応だと思うが、やはり利用され死にかけた者を突き出す気分でもないし、きっと彼らは裏の仕事に精通している分、よい人脈になってくれるのではないかとちょっと期待をしている。
「とにかく君の判断は尊重するけど、ペル君のお金って彼らが持ってたんじゃないのかい?」
「あ”!!」
思いがけない殿下の一言に愕然とし、ガックリ肩を落とすとキュローが体をこすり付けて慰めてくれるのが何とも悲しい。
その後、無事に帰ってからは大変だった。突然帰って来た事で屋敷は上へ下への大騒ぎになり、お父様とベクタールのおじ様にコンコンと小一時間説教され、兄上には尋問さながらの調書を取られ、その後はお母様とノイが何処へ行こうとしてもべったりずっとくっ付いて来てゲンナリしていた。
翌日、特別滞在をしていたレイ達は私を救出した功労賞として気を利かせてくれたベクタールのおじ様が迎賓館で勲章を授与して一日遅れの帰国と相成ったのだった。
「ではまた学園で」
「外出る時は気を付けてください」
殿下とサージ君にお礼を言いながら握手をしているとロザリーが抱きついて来る。
「ペル、一緒に戻らないの?」
「お嬢様、わたしもそう思いますが早く戻らないとメイド長のディア様に怒られてしまいますぅ」
セティアの説得に頷き、渋々手を惹かれて飛竜に乗り込む姿に苦笑いを浮かべていると、レイがやってきて私の髪を触りながら声を掛けて来た。
「まあ、君の所為じゃないのはわかってるけどあんまり無茶な事はしなさんな」
「うん、わかってる」
「キュローもご主人を守ってやってくれよ。それじゃあ今度は学園で会おうな」
肩に居るキュローは分かったように前足をクイクイ動かすと、レイはいつもの笑顔に戻ってスルリと手を引くと、そのまま後ろ向きに手を振りながら飛竜に乗り込んで行った。
その後ろ姿を見ていると、いつの間にかやって来たツバキがニヤニヤしながら見ている。
「いや~熱いですな」
「なによ、来てたの?」
「まあね、さすがに急な事だったからあたいしか来れなかったけど」
「うん、それでもありがとう」
上昇してゆく飛竜から身を乗り出してロザリーやレイ達が手を振って来る事に対し、私達も地上から見上げながら大きく手を振りかえし、見送りながら小さく呟く。
「また学園で」
◇◇◇
――とある屋敷
大きな肖像画の前にある書斎に座る女性は詰め入りの軍服の様な姿で出で立ちで、目の前に立つ例のドラゴニュートの男の報告を黙って聞いていた。
「彼女は魔力操作もなく炎を任意に扱える能力を有していました。おかげでインビジブルマントを一枚失いましたが」
「あら変ね?魔女から聞いた話だと物体を自由に動かす能力だと聞いたんだけど」
「残念ながらそれは確認出来ません。恐らく父親あたりから厳しく使用制限を受けているのかと」
「なるほど、まあそれでも能力を確認出来た事でこれまでの疑問に確信が持てたわ、ご苦労様。それと明日の予定を教えて頂戴」
「は、明日は定例の御前会議となります」
「ああ、そうだったわね。となるとペルディータちゃんの婚約と件と誘拐の話しがセットで話題に上がるわね。となるとわたくしも約束通りカルメ一族の許しを貰わないと」
彼女は窓に自分の手を翳し、紅いマニュキアを施した自分の指先をながめていた。




